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「……誰も居ない」
大きな扉を開けて中に入ったガベルを待っていたのは、【大地の慈母】の教主でも大勢の兵士達でも無く、味気無い無人の空間だった。だが、室内の灯火や配置された調度品の上に残された茶器の類いから見てさっきまで誰か居たに違いない。
「侵入者が来たら即座に退出させる段取りか……用意周到だな」
「……知らずにここまで来た割りに、表の二人は退けたのか」
室内を見回しながらガベルが呟くと、呼応するように一人の兵士が姿を見せる。どうやらその場所に隠し通路が有ったのか、相手の言葉と共に大扉が静かに閉まる。
「いつも同じ対応で、来客を迎えているのか」
「……来客は常に予め知らせて来る。【護りの十傑】を殺して来る奴は居ない」
「表の二人は殺していないぞ?」
直ぐ斬り掛かって来ない相手の様子を観察しながら、ガベルが答える。この兵士が【護りの十傑】だとして、教主を逃がす為の時間稼ぎをしているならば……一番の実力者だろう。
「……自分は【護りの十傑】筆頭衛士、サラシニア。名前を聞いても良いか」
被っていた兜の面当てを上げながら話す相手の問いについ肩越しにアベラの顔を見ると、あなたの好きにすればと小声で囁く。
「【炭鉱街】のガベルだ。後ろの女は只の道先案内人、だと思う」
「部下か何かじゃないのか」
サラシニアにそう問われ、ガベルは頭を搔く。たった一日しか顔を合わせていないアベラの手引きで教会に侵入し、【護りの十傑】の筆頭とこうして相対しているのに彼女の事はよく知らないのだ。
「後で聞くつもりだが、今は先にやるべき事がある」
「教主を狙いに来た……のではないか」
「違う、確かめたい事が有って来た」
ガベルがそう言いながら曲刀を構えると、サラシニアは彼の意図を悟り、面当てを下ろして剣を構える。
「【護りの十傑】の筆頭が、奇跡の技でその地位に登り詰めたのかを知りたくてね」
「……異教徒とは試技をする筋道はないからな、それが知りたければ手段は限られているか……良かろう。死なない限り、判ろう」
その言葉を合図にガベルとサラシニアは一気に距離を詰め、固い床の木材が軋む程の踏み込みで互いの剣が重なる。
「……っ!! 言うだけの事はあるな」
「軽装歩兵かスカウトの割りに、重い剣筋だ」
二人は互いに見合いながらそう呟き、再び距離を取る。そして次の一撃に己の全てを籠めんと身構えたが、
「仲良さげな所を申し訳ないが……【宵闇の眠り】」
アベラの詠唱が二人の間をすり抜けた瞬間、男達はぷつりと糸が切れた人形のように膝から落ちる。まるで全身に鉛を詰め込まれたように意識と身体が睡魔により分断され、ガベルは指先すら動かせない。必死に眠気を払おうと瞬きを繰り返していると、彼の目の前に今まで一切関与して来なかったアベラがしゃがみ込み、顔を覗き込む。
「あら、どうして。サラシニアはともかくガベルまで……あ、そうだ」
アベラはそう言いながら立ち上がり、彼を見下ろす姿勢で告げる。
「ガベルは、ゴブリンとヒトのハーフ。魔導に抵抗出来ない体質だから、仕方無い」
「……どうして、邪魔を……する」
ガベルがやっと絞り出しながら掠れた声で尋ねると、アベラは淡々と話し始める。
「どうして? 簡単な事。サラシニアに死んで欲しくなかった。ガベル、お詫びに教えてあげる。私は魔導士協会ゆかりの者。だから【大地の慈母】教会の現状を知れればそれだけで良い」
「……魔導……士……」
「ガベル、力を失ったのは教会だけじゃない。魔導士達も今まで有った様々な力が弱まっている。だから、魔導士協会はサラシニアのように神の加護を強く与えられていた者に、どれだけ影響があるか知りたがっていた」
そこまで話したアベラは部屋の隅まで下がると、懐に手を入れて美しく磨かれた魔石を握り締めて詠唱する。
「……【縁深き旅路の道程】……ガベル、逃げるなら早くした方が良い」
詠唱と共に魔石が光り輝き、やがてアベラの姿は宿屋の一室に現れた時と同じように搔き消えた。
「……可哀想に、仲間から見放されたか……」
「……違う……仲間じゃ……ない」
サラシニアが同情しながら呟くと、ガベルは強く否定する。だが互いの事情もありサラシニアは匍匐しながらガベルを捕まえようとし、ガベルはそれを丸太を転がすように足蹴にしてでも逃げようと試みる。その後二人の睡魔が消え立ち上がれるようになったが、その頃には精根尽きていた。
「くそぅ……何故足が上がらん!」
「……しつこ……いぞ……」
運良く先に扉に辿り着いたガベルが部屋から出ると、歩く速度しか出ないサラシニアが悔しがりながら追う。だが、通路の角を曲がりその先の突き当たりでガベルを見失い、サラシニアはそこで再び膝から崩れ落ちた。
「それで、あっさり帰って来れたのか?」
「冗談じゃない。それから散々追い回されながら、教会中を走って逃げて塀を乗り越えた」
問われながらガベルは話し、その内容にロキシーが耳を傾ける。結局、ギルド協会に報告出来たのは【大地の慈母】の力が何らかの影響により弱まり、信徒達の巡礼を拒む結果に至ったという事だけ。確証の無い憶測だけで「大地の慈母は秘術を失った」と断定出来ないし、まさかサラシニアと一緒に自分までアベラの魔導を喰らい寝落ちしたとは説明出来なかろう。
「……それにしても、守護騎士の加護も薄まっていると知れ渡ったら【大地の慈母】も反対勢力を抑え込めないな」
「反対勢力? 只の教会にそんなものが付くのか」
ガベルの話にロキシーがそう付け加えると、ついそう答えてしまう。だが、その言葉を聞いたアルマもそうだと言いたげに頷いている。
「本来無力な羊の群れも、大きな勢力になればただ動くだけでも周辺に影響を与えるさ。ガベルも見たろう? 巡礼者がひっきりなしに訪れる町の栄え具合は」
「そうだな……確かにこの炭鉱街も昔は只の田舎鉱山だったが、炭鉱で栄えた今は大きくなった」
「そうさ、そして大きくなれば他の町から疎まれる。【大地の慈母】も教義に反する他の宗派を実力排除してきた過去がある、そうして弾圧された連中はいつか【大地の慈母】を倒そうと機会を窺ってるぞ」
ガベルとロキシーの話が長くなり、アルマがあくびを噛み殺す。そんな彼女の様子にガベルは目を細め、そんな感じで今回の報告は以上だと締め括った。




