2ー(5)
アベラと合流したガベルは、彼女の計らいで【大地の慈母】教会の中に潜り込む事となった。だが、そうはいっても大勢の門番が守る場所をアベラはどうやって通り抜けるつもりなのか。
「……まあ、当然といえば当然か」
「あっちは多数の信者を通す為に広いけど、閉鎖の時間になったら厳重に鍵を掛ける。こちらは一日中開いているが、不審者は問答無用で蹴り出される」
ガベルを伴いながらアベラが向かったのは門番がひしめく正門側ではなく、ぐるりと回って辿り着く裏口通用門だった。無論、そこには守衛の類いも居るのだが、正門側とは違い人一人がやっと通り抜けられる狭さである。
「……何だ、あんたら」
「以前伺った際にお約束していた、ボイラー機構の点検で来ました」
教会にボイラー? とガベルは不審に思うがアベラは意に介さず、彼を助手だと番兵(門番と違い鎧と短槍できっちり武装している)に告げながらあっさり通り抜けた。
「よく教会にボイラーがあるって知っているな」
「大きな施設には、ボイラーの一つや二つは有って当然。それにここのボイラーを設置したのは身内だ」
アベラに言わせれば【大地の慈母】教会の本部といえど、湯を沸かしたり昇降機を動かす為にはボイラー機関を利用しているそうだ。そうした設営技師の中に間者を潜り込ませられれば、諜報に与する者も動き易いだろう。
「第一関門は問題無しだったな」
「私が居なかったら、塀を乗り越えて入るつもりだったでしょう」
「……何か問題が有ったか」
「塀の上に鉄線が仕掛けられているから、安易に乗り越えると直ぐ番兵が飛んでくる」
「そりゃ面倒だな」
塀の外と違い、敷地の中は信者の姿が見えないせいでガベルには教会らしく感じられなかった。人の姿が疎らな廊下は綺麗に掃き清められているが、外の喧騒と無縁な静けさはまるで廃墟のようである。
「アベラ、行き先の当てはあるのか」
「【大地の慈母】教会の大司教が居る筈で、彼を守る為にここには【護りの十傑】と呼ばれる衛士が常駐している。その中に例の騎士も必ず居るから、宜しく頼むぞ」
「……俺は只のギルド員に過ぎんのだが」
「それを言ったら私は只の女だ」
不意に戦う理由を持ち出され、ガベルは苦い顔になる。だが、アベラは彼の言い分など最初から聞くつもりは無いようだ。
「別に相手を殺す必要はない、適当に戦って途中棄権して構わない」
「その塩梅はどうやって決める」
「……死にそうになる直前で、何とか逃げ出して」
「酷い話だな」
多勢にわざわざ飛び込めと言われてガベルは呆れるが、その割りに拒絶しない。アベラにしてみれば彼の細かな性格まで判らないにしても、ガベルは何故そこまで死地に無頓着なのか。
「もしかして、他に代替案が思い当たらなかった?」
「そうではないが……二百人を一度に相手する訳じゃないなら何とかなる」
「なら、大丈夫ね」
アベラの問いにガベルが正直に答えると、彼女は表情を変えずそのまま廊下を進んで行く。すると明らかに装飾の違う場所に差し掛かり、がらりと雰囲気が変わる。
「……この先、進むべからずかしら」
「だったら引き返すか」
「まさか……行きましょう」
そう言い交わしながら二人が角を曲がると、今まですれ違ってきた教会の者とは掛け離れた装備の兵士が二人、大きな扉の前に立っていた。
「……止まれ、この先は」
そう言って二人の片方が剣に手を掛けながら身構えると、ガベルは背負っていた木箱の肩紐を解く。すると木箱は床の上にガチャンと音を立てながら落ち、その拍子に蓋が跳ねて中から曲刀と小盾が真上に飛び出す。
「便利な箱ね」
「いちいち待って貰えないだろう?」
身体を回しながら器用に武具を掴むガベルに、アベラは感心したように言うと、
「但し、私は参加しないから」
そう告げて後ろに下がる。そしてそれが開戦の合図になった。
「……冷たいもんだな」
自分に迫る相手を捕捉しつつガベルが言い放ち、左手に持った盾の切っ先で相手の一撃を下から薙ぎ払う。
「っ!? 只の侵入者じゃないな……」
相手は痺れる掌の感触に驚き、ガベルと距離を取る。流石に盗賊共とは違うなと兵士の動きを捉えながらガベルはそう思い、体勢を崩させる為に敢えて更に前に出る。
「わざわざ二対一の状況に踏み込むか!!」
後方の兵士はガベルの奇手に引き込まれ参戦するが、それこそが彼の狙いだった。一度に二方向から攻撃されない為にはどうするか、答えは単純だった。
「た、盾も武器として使うか!?」
ガベルは先攻した兵士の構えを崩す為に素早く動いて盾ごと体当たりし、相手の剣を跳ね上げる。そのまま流れを作り、盾の切っ先を一人目の兜を叩き割る勢いで真上から振り下ろした。
ガツンッ、と火花が出そうな音と共に兜がひしゃげ、危うく砕けはしなかったものの一人目の兵士が気絶する。
「くそっ、強過ぎる」
「そうか、だったらもう少し本気出そう」
二人目の兵士の呟きにガベルが呟き、彼は剣技から乱打に切り換える。一人目の時とは違い、相手の反応速度を超える左右の猛攻を繰り出し、シールドバッシュから更に曲刀を持ったまま右手掌の形で額の真ん中が凹む強打を叩き込む。
「……ガベルって、強かったんだ」
「今更かい?」
ガベルが常人離れした動きで二人目も沈め、アベラは手を叩きながら彼を称賛する。だが、この騒ぎで中の人間に状況は丸判りだろう。
「不意打ちはもう効かない」
「最初から狙っていないが」
ついさっきまで吹き荒れる嵐の真中のような技を見せながら、ガベルは表情一つ変わらない。アベラがそんな彼の後ろで他人事のように告げると、ガベルは素っ気無く言い返して大きな扉を押して開けた。




