(1)ー②
廃坑の案内を終えたガベルが若者達とギルドに戻ると、暇そうに爪を磨いていた受け付け嬢のアルマが慌ててヤスリを引き出しに仕舞い、
「が、ガベルさんおかえりなさい! ご無事で何よりです!!」
と猫人種特有の柔らかな雰囲気に反し元気良く挨拶する。ガベルはそんな彼女に落ち着けといわんばかりでカウンターに寄りかかり、ガイドの終了を報告する。アルマは彼に預かっていた指導料入りの袋を差し出すと、魔石代よりも多く入ったそれを受け取る。
「廃坑の先導は終わったが、向こうも疲れてるだろうから宿の手配を頼む」
「はい、かしこまりました! で、次の予定とか決まってます?」
「……炭鉱の仕事に空きはあるか」
「あっ……それは、まぁ……その……」
アルマは今までと違い急に言葉を濁すが、ガベルはさして気にしない。また明日顔を出すよと言ってカウンターから離れるが、
「あの、もし良ければ慰労会しませんか?」
「そうですよ! 色々お世話になったからおごらせてくださいって!!」
そんな彼に若者達は無邪気に声を掛ける。だが、ガベルはまたなと告げながらそのまま外に出てしまった。
「……何か悪い事でも言っちゃいましたか」
泊まれる予定の宿を選びながら、気まずげにそう尋ねるそばかす顔の娘だったがアルマは、
「ガベルさんは、そんな細かい事を気にしませんって! ただ、ゴブリンと人の半人ですんでいつもあんな感じですよ〜」
そうあっさり告げると困ったように微笑む。そんな彼女の説明に娘は一瞬考え込み、そして漸く口を開いた。
「……えっ、あの人ってハーフだったんですか!?」
「ん〜、普通ならそう思うよねぇ〜。でも、ガベルさんは純粋な人種じゃなくてハーフよ、ハーフ」
そう聞いた若者達はざわめき始め、やがて何となく黙り込んでしまう。
ガベルはゴブリンと人間のハーフだった。そう聞けば大半の者は黙り込み、気まずげに視線を逸らして話を止めてしまう。大方、人間の娘がゴブリンに犯されて孕んだ末の忌み子なんだろうと。だが、ガベルは人間の母親ではなくゴブリンの父親に育てられたせいか余り苦労はしなかった。炭鉱の町では力仕事に従事するゴブリンは珍しい存在ではなかったし、炭鉱夫として働いていた父も例外ではなかった。そして肝心な事は、父親と母親は互いの同意の元でガベルを産んだのだ。
「おい、ガベルじゃねぇか! どこ行ってたんでぃ!!」
ギルド会館を出て暫く歩いていると、彼に向かって大声で叫びながら大柄な老人が手を振る。炭鉱の町らしく至る所で石炭の選り分けや樽詰め作業がされていて、老若男女問わず顔や腕を黒く染めながら人々が働いている。その中の一人なのだろう、ガベルが老人に手を振り返すと頷きながらレバーを引いて石炭を積んだトロッコを坂の下へと送り込む。
「そいつぁ、クズ炭んとこに積んどけ!! ……で、ガベルよ! 今から飲まねぇか!!」
「悪いが今さっき廃坑から戻ったばかりなんで、少し寝たいんだ」
「おーおー、そいつぁ悪かったな! ま、それなら仕方ねぇな!」
「また今度付き合うよ」
「おう、またな!!」
ガベルがそう答えると老人は手を振り、炭塗れの黒い顔を綻ばせる。
ガベルは炭鉱の町で生まれ、炭鉱夫だったゴブリンの父親に育てられた。だが、彼は炭鉱夫にはなれなかった。
この世界でドワーフ達が石炭によるボイラー機構を発明し、その技術が人間の手で広まるとエルフ達は大いに落胆し、人間とドワーフ達から逃れるように森の奥地へと消えていった。そして、ドワーフが何百年も掛けて確立した石炭とボイラー技術を人間達はたった五十年で著しく発展させ、我が物にする姿にドワーフ達は恐れ慄き地中深くへと引き籠ってしまった。
エルフとドワーフから離別した人間は、石炭さえ有れば良いとそう思っていた。だが石炭は採掘時に細かい粉塵が発生する。そうした石炭の粉塵は静電気で容易く爆発する為、大半の炭鉱には巨大な通気筒が空に向かって伸ばされ坑内から粉塵を逃している。肝心なエネルギー源の石炭を採掘するのは、炭鉱夫や周囲の人間の健康と引き換えにするしか方法は無かった。ガベルはその通気筒から近い場所で育った為に肺を患い、成長した今も炭鉱夫として働く事が出来ない。彼は炭鉱で賑わう街に住みながら、その恩恵を与えられない爪弾き者でしかなかった。
ガベルは父親のように炭鉱で働いて金を稼ぎたかったが、それが叶わぬと知り仕方なく父親似の恵まれた体躯を活かせる仕事を探す。そんな彼の働き口になったのは、ギルド会館が斡旋する昔ながらの派遣業……つまり、腕力で荒事を解決する【冒険者稼業】しか無かった。但し、石炭ボイラー技術により魔物の跋扈する環境もすっかり無くなった今は、昔のような魔物退治より都市部からやって来る観光客相手のガイドや盗賊狩りが主だった。
「……ガベル、おかえり!」
下宿先の女将、マザレが庭先で洗濯物を干していると彼の姿を見つけて愛想良く声をかける。
「で、宿代稼ぎは順調かい?」
「その心配は要らない、ほら」
いつもの調子でマザレが尋ねると、ガベルは今日の報酬の中から貨幣を取り出して彼女に手渡す。
「はいはい、毎度ありだね! 飯にするなら食堂においてあるよ!」
宿代を受け取ったマザレはきっちり自分の懐にそれを仕舞うと、支払いを溜めないガベルにはいつもこの調子でにこやかだ。しかし彼女は下宿屋の裏で金貸し業も為していて、本性は悪どい守銭奴である。
ガベルの住む下宿屋はマザレの仕事振りが反映され、手抜きだらけの粗末さだった。お世辞にも褒めようの無い雑な掃除で廊下の隅にホコリが溜まり、軋む扉はいつもギシギシと鳴りっぱなしである。食堂にはいつ置かれたか判らない乾いたパンが皿に積まれ、その横に鍋に入ったままの薄く具の少ないスープが鎮座するだけ。時折、他の皿に惣菜が一種類だけ盛られる事もあるが、それはマザレが博打で大儲けした際の気紛れでしかない。
ガベルは食堂に入りパンを二つ掴むと、期待せず鍋の蓋を開けて中身を眺めてみる。油が浮きサラッとした風合のそれは、果たしていつ作ったものか。
「ガベル! そんなの毎度お馴染みの塩汁よ!」
不意に背後から声をかけられて振り向くと、食堂の入り口にいつの間にか女が柱に背をもたれさせて立っていた。




