(1)ー①
埃と蜘蛛の巣だらけの真っ暗な廃坑の中、後続が持つランタンの明かりに照らされながら進む一行だったが、先頭の男が振り向いて口を開いた。
「で、この先に虫が溜まってる」
「……おいっ、虫だってよ!!」
「いやぁ! で、でも……まだ虫の方が戦い易いって感じするし……」
「だよなぁ、血が出るケモノは嫌だよなぁ!」
ガベルがそう言いながら短剣の先で指すと、後続の四人は一瞬だけ黙り、暫くしてから堰を切ったように騒ぎ始める。その様子にガベルは舌打ちしたくなるが、何を言ってもどうせ観光客である。短槍や短剣を手に探検気分で廃坑を進んだ末、お土産代わりの魔石が手に入れば良いだけなのだ。
(気楽なもんだな、都会っ子共は)
ガベルが内心そう思うのも仕方ない。昔のように血眼になって魔石を集めるのは今では一部の者だけで、わざわざ危険を冒してまで集める輩は居ない。金さえ払えば幾らでも数を集められるし、タダで手に入れようと思わなければガベルのような【案内人】を仕立てて割りと安全な廃坑か廃墟にでも潜れば良い。
「……じゃあ、俺が先に行く。手本を見せるから各々で倒してくれ」
ガベルがそう後続に声をかけると、まるで死地に赴く勇者のような表情で四人が頷く。ただのデカい甲虫退治に過ぎないのに、何とも仰々しい限りだ。そう思わなくもなかったがガベルは口を閉じ、小さな盾と短剣を提げながら曲がり角から先に進んだ。
その虫達はガリガリ、と足元を引っ掻いて何かをほじくり出すと小さな顎を開き噛み砕いていた。虫といっても人の腰程まである大きさで、艷やかな丸みを帯びた甲虫固有の外殻は硬そうに見える。
「……こいつらは坑道に穴を開けて悪さするんで、定期的に駆除しないとロクな事にならん連中だ」
「ひっ! 気持ち悪いぃ!!」
「ああ、でもやっつけないとな……」
ガベルがそう説明すると後ろから小さな悲鳴や呻きが上がるが、彼はほっとく事にした。どうせ都市部に戻って一泊二日の旅で得た武勇伝(但し保護者同伴だが)を吹聴するつもりだろうし、自分抜きであらかた倒した事になるかもしれない。だが、そんな些末事は知らん方が良い。
「……見りゃ判るだろうが、羽根の表面は硬くて刃が通らない。連中の弱点は関節か羽根の継ぎ目、後は腹側の柔らかい場所だ」
ゴリゴリと土石を咀嚼し続ける甲虫についてガベルが短剣を振りながら説明するものの、目の前の魔物に気を奪われている若者達の耳に果たして届いているのか怪しい。だが、手本を示さなければ彼等は怖がって近寄りもしないだろう。
やれやれと思いながらガベルはありきたりな短剣を手に持ち、ぞんざいな足取りで巨大な甲虫に近付く。だが、無造作に見えて甲虫はぴくりとも反応しない所を見ると、足音には気を遣っているようである。そして盾を前に突き出しながら短剣を引き付け、間合いに入った瞬間……甲虫の外皮に沿わせながら切っ先を滑らせてサクッと突き立てる。
その途端、ジジジッ!! 外皮の裏から折り畳んでいた薄羽を出して飛ぼうとするが、急所を一撃で貫いたのか羽根を伸ばしたまま動かなくなる。
「……ま、こんな感じだ。最初は手こずるだろうが慣れれば誰でも簡単に出来る」
そう事もなげに言いながらガベルは足で蹴って短剣を抜き、甲虫の死骸を裏返す。そしてしゃがみ込むと六本の脚が交差する箇所をザクッと切り開き、指先を挿し込んで小さな魔石の欠片を取り出した。
「さぁ、やってみろ。先ずは先頭のあんただ」
そう言って長髪を束ねた若い男を指差すと、彼はギョッとしながら周囲を見回し、やがて諦めたのか口を真一文字に閉じながら恐る恐る甲虫に近付いて行った。
「あああぁ~っ! 見慣れた日の明かりが眩しいいぃ〜っ!!」
「うーわーぁ、口の中がじゃりじゃりするぅ……」
口々にそう呟きながら四人の男女が次々と廃坑から外に出ると、ガベルは彼等の脇を抜けて管理所に足を向ける。そしてその窓口で帰還の報告を入れると顔馴染みの老人が彼の背後をちらりと眺め、
「ふんっ、ヘタレ共が……たったの半日じゃねぇか。それにしてもガベル、相変わらずいい腕じゃないか?」
ガベルが集めた魔石の欠片を受け取り、彼の手腕が衰えていない事を褒める。だが、言われたガベルは返答せず害虫退治の僅かな報酬を手に取り、その中から水場の使用料を支払って引き返した。
「……でも、あんな思いしてこれっぽっちしか取れないもんなんだな」
仲間と共に無事戻れて解放された安堵感と興奮の余韻も次第に薄まったのか、一番最初に魔石を手に入れた若者が小指の先程度の欠片を眺めていると、
「……水場の使用料は払ってある、ホコリと虫の体液を洗い流しておけ」
そうガベルが告げて初めて、自分の手が甲虫の体液で薄紫色に染まっている事に気付き、うわっと叫びながら慌てて水場に走っていく。
「もう、何してんのよ……あ、今日は先導ありがとうございます」
一行の中で唯一頭の回りそうな娘がガベルにそう言うと、彼は気にするなと言いたげに手を振る。
「俺はギルドの依頼を受けただけだ、礼を言われる程じゃない」
「でも……やっぱり、私達みたいな素人だけじゃ魔物なんて狩れなかったし」
「だから、あんたらの選択は正しいって訳だ。もし野良の魔物を狩るつもりだったなら、ギルドも俺も止めたぞ」
昨今、冒険者気取りで魔物に挑むような無謀者はほぼ居ない。彼等のように魔石を欲しがるのは【非日常を味わいたい】等の意味しか無く、金さえ積めば手に入る物を記念品的に求めているだけだ。
「ところで、あれ位の魔石って幾らで買えるんですか」
「……あれか? まぁ……魔導士とかに直接売れば一つ五百レン程度だな」
「ご、五百レン? たったそれだけ!?」
まともに働いても半時分の賃金に満たないその額に唖然とする娘に、ガベルはそんなもんさと笑いかける。
「昔は魔石で稼ぐ奴もいたがね、魔物も人里から離れた場所に逃げちまってる。そいつらを追い掛けて何日も野宿する羽目になる位なら、牛や豚でも飼って売った方が遥かに儲かる」
「そうなの、でも……そうよね。私達の街の周りも魔物なんて全然居ないし、田舎の町でも魔物より盗賊が出た方が話のタネになるもん」
娘はそばかすの浮かぶ顔で笑い、私も行かなきゃと言いながら水場に向かって駆けて行った。




