(2)ー③
危険性の低い只の偵察、ガベルはそう考えていた。たかが教会の中に忍び込んで向こうの兆候を調べ、報告するだけだと。だが、この状況はどうだろう。
「なぁ、ただ入るだけだろう!」
「参拝するだけなのに、駄目なんですか!?」
口々にそう叫びながら数百人の信徒の前で、門は固く閉ざされたまま。鉄製の頑丈な柵の向こう側には無言で信徒達を見つめたまま動かぬ衛士達が居るのみで、誰も門を開けようとはしない。
「……なあ、随分と荒れてるようだが何時からこうなんだ」
ガベルは近くに居た初老の女性に尋ねてみる。
「……私もさっき来たばかりなんですが、もう二日も門を開けてくださらないって皆さん仰有ってましたよ……酷い話でしょ?」
「ああ、全く……困ったもんですね」
話を合わせてみると女性はそう零し、これじゃ巡礼に来た甲斐もないわと悲しげに呟く。遠近様々な場所から彼等の聖地に辿り着いたのに、目の前で文字通り門前払いされているのは見ていて痛々しい。だが、ガベルは人助けをしに遥々やって来た訳ではない。閉ざされた門の方に女性が向いた直後、ガベルはそこから離れた。
【大地の慈母】教会の本部がある街には、当然だが参拝者を相手に商売する者が多く居る。宿屋や食堂、土産物屋に雑貨店……裏町に行けば娼館すら存在し、教徒相手以外の商売もある。人の流入が新たな商機を生み出し、信徒達が居ても居なくても住人は増えた。
「……一泊で宜しければ空きは有りますが」
「構わない、それでお願いする」
素っ気無い仕草で女将が鍵を差し出し、ガベルは素泊まりの相場からすればかなり高い料金を手渡して受け取る。人が行き来する町中で野宿は許されておらず、勝手に軒下で寝泊まりすれば警吏に突き出されかねない。町の中では町の法に従うしかないが、ガベルは余計な騒ぎに巻き込まれたくなかった。
「……食事は一階の食堂か外で、それ以外の持ち込みは別料金を貰います」
相手の懐具合を掴む気配を漂わせながら女将がそう付け加え、ガベルは無言で頷く。そのまま二階に上がり部屋のドアを鍵で開けると、女将の接客態度そのままの簡素な部屋はベッドと衣装掛け以外何も無かった。
「……さて、どうしたものか」
町中で目立ちたくなかったお陰で武器の類いは全て背負い箱に入れていた為、ガベルは箱を降ろして肩を回す。それから箱の中身を取り出そうとして、ガベルは一瞬動きを止める。
「……誰だ」
「目敏いですね、流石は【人間狩り】のガベルさんだ」
部屋の隅に声を掛けると、誰も居ない筈の場所から闇が形を成すように何者かが立ち上がる。
「俺が誰か知っているのか」
「……そんな怖い顔しないでくださいよ、見た目通り非力なんですから」
相手は男女か判らない中性的な高い声でそう言うと、顔の下半分を布で隠したままガベルを見る。
「そちらが到着してから後を付いてきましたけど、いつから気付いてました?」
「宿屋に入る時、何かが抜けて二階に上がった気配はあった。それに匂いだな」
「……ありゃ、それは失礼。風呂に入る暇がなかったもんで」
相変わらずの態度でそう言いながら、相手は自分の腕を嗅ぐ仕草を見せる。その様子にガベルは警戒を解き、
「臭い訳じゃない、汗止めの香料が効き過ぎてたんだ」
「度々、そりゃ失礼」
どうやらガベルに敵対心が無い事を悟り、顔に当てていた布を外す。
「……女か」
「ええ、そうですよ。一応こちらは名乗れない立場なんで、それ以上はご容赦」
顔をあっさり晒した割りに、女はそう言ってはぐらかす。だが、ガベルは詮索せず話を進める。
「わざわざ会いに来た訳じゃないだろう、目的は……」
「そう、お察し通り。ギルド協会以外にも、【大地の慈母】の様子を探りに来たうちの一人って事で」
女はそう言いながら勝手にベッドに腰掛け、ガベルを見上げる。
「……ここには、教会が信徒達を守る名目で守護騎士団を囲ってる。駐留規模は四百人位」
「随分と大掛かりな人数だな」
「勿論、ここだけじゃないけどお膝元だから練度は一番って噂……」
そこまで告げてから、女はガベルの身体を隅々まで眺めて再び話し始める。
「……で、特に直轄の【大樹の護り】って連中が要注意。剣で斬っても槍で刺しても、倒れず戦う不死身の騎士団だとか」
「そんな連中が……本当に居るのか?」
「さぁ、噂だから。過去に【大樹の護り】が出たのは一回だけで、その時はマルドロの町を占領してた傭兵崩れの掃討戦」
「掃討戦? そりゃ随分激しいな」
ガベルも詳しい事は知らないが、マルドロの町は領地争奪の戦火に晒され多くの犠牲者が出た場所である。その際、契約切れで収入の途絶えた傭兵団の一部が本隊から離脱し、町を略奪した事は聞いている。だが、そこに【大地の慈母】お抱えの騎士団が何故出てきたのか。
「……マルドロの町の教会に、【大地の慈母】でかなり高名な導師が祀られていたらしくて。そこを焼き討ちして、沢山の信徒その他を殺したそう」
「そりゃ怒るな」
「そう、【大地の慈母】は直ぐ【大樹の護り】を派遣したって訳。でも、派遣されたのはたった一人だけ」
ガベルは女の話を聞いて一瞬黙り、眉を寄せる。
「……たった一人だと?」
「そう、たった一人。【大樹の護り】でも腕利き中の騎士を派遣したから、それを見てた奴以外は誰も詳しい事は知らない」
女はそう言ってクスリと笑い、敢えて何かを強調するように口調を変える。
「兜被って顔を隠したまま、その騎士は傭兵の群れに向かって突っ込んでったの。そこからは……お察しの通り。五十人は居た完全武装の傭兵達を皆殺しにして、身体中に槍や剣を突き立てたまま居なくなったの」
「【大地の慈母】ってのは、化け物を飼ってたのか?」
「……さぁ、そこまでは知らない。でも、そいつが【大地の慈母】の【大樹の護り】に所属してた騎士だって事は間違いない」
ガベルが問い返すと、女は再び抑揚を欠いた口調に戻り淡々と告げる。
「……で、わざわざ俺に貴重な話をしにきて帰るだけじゃないだろ」
「噂に名高いガベルさん、話が早くて助かる」
女は彼をそう持ち上げながら布を顔に当て、目元だけ覗かせるとベッドから立ち上がる。
「……【大地の慈母】教会直轄の【大樹の護り】騎士団は、ここからまだ一歩も出ていない。今、教会で騒ぎを起こせば、もしかしたら出てくるかも」
「俺は不死身の化け物を相手に戦いたくない」
「……賭けてもいい。信徒を門前払い、引き篭もったままの【大樹の護り】、ここまで破片が散らばれば答えは一つ……」
「……【大地の慈母】は何らかの力を失っていて、それを隠したがってる」
女はそう言うとまた会いましょうとガベルに告げ、彼の横を通り抜け部屋から出て行った。




