家族
ボロボロの卵に覆われたケチャップライスを、スプーンですくう。
オムライスと呼ぶには、それはあまりにも形が悪すぎた。
自分がオムライスを苦々しく見ていることに気がついた春が尋ねてくる。
「美味しいよ? 食べないの?」
「味の問題じゃないんだよ、料理って」
「味だけじゃダメなの?」
「見た目も大事なんだ」
「見た目がキレイでも、味には関係ないでしょ?」
「食欲が湧かないだろ、汚いと」
「そうかなぁ。芥お兄さんが作る料理、給食と比べるとボロボロだけど、美味しいよ?」
「プロと比べるな。あと比較するときは片方を貶す言い方をするな、悲しくなるだろ」
ろくに飯を食えなかった人間の思考は、口にできればそれでいいとなるのかもしれない。
ここら辺は要教育だろう。
見た目も食事の楽しさの一つだと教えるため、青色のカレーでも作ってやろうかな。
青は食欲減退の効果があってダイエット食にも使われるらしいし、見た目と味のギャップに苦しむ体験になるだろう。
……いや、自分が食べたくないな、そんなもの。
キレイなものを食べさせて、それが普通だと思ってもらおう。
結局、自炊の腕前を上げる必要があるのだから、それが一番近道だろう。
ちらりと春の方を見る。
美味しそうに小さな口にオムライスをスプーンで運んでいる。
その横には買ってあったココアの缶が置いてあり、プルタブが開いている。
うげぇ、食い合わせ悪いだろ。
そう思ったが、そもそも学校の給食って似たようなものだったなと、思い直して口にはしない。
和洋中問わずに毎食牛乳がついてくるのは、食い合わせが悪いどころではない気がする。
栄養バランスを考えるならそれが最適なのかもしれないが。
……栄養も考えなきゃいけないのか。
大変だな、自炊って。
避けられないこれからの苦労から目を逸らすために、話題を変えた。
「はぁー、何か、一泡吹かせたいよなぁ」
「?」
「いや、春の両親にさ。関わらないって選択をしたはいいけど、だからといって腹は立つし」
「私はもう、パパとママのことは気にしないよ?」
「切り替えがお早いことで」
切り替えが早い、というよりも思い出が無いからだろう。
言ってしまえば、血が繋がってるだけの赤の他人だ。
クラスメイトといた時間の方が長いだろう。
下手したら、自分と居た時間の方が長いかもしれない。
いや、赤ん坊の時期を考えたらまだ負けているか?
……家政婦雇って、任せきりとかにしてそうでやだなぁ。
「春って、なんで両親にほったらかしにされてんの?」
2人で逃げる選択をした今、以前のような遠慮をした態度は取らない。
聞きたいことは聞く。
それに答えたくないと言われたらその意思を尊重する。
社会不適合者にも二種類。
好奇心を我慢できる奴とそうじゃない奴。
俺は後者だ。
それに、知っていた方が下手に地雷を踏み抜くことは減るだろう。
春は少しだけ考えて、それから首を横に振った。
「分からないよ。だって、ほとんど記憶にないんだよ?」
「顔見て母親って分かるくらいには、会ったことあるんだろ?」
「......多分だけど、3歳ぐらいまでは育ててくれたんだと、思う」
食べ終わった春はスプーンを置いて、記憶の奥底を思い出すように両の人差し指を頭に当てて唸っている。
中学生がやるにはいささか、その仕草は幼過ぎると思ったが口にはしない。
それよりも、口にされた事実の方が衝撃だった。
「......3歳から、ずっと一人だったのか?」
「うん、その時から机の上に1000円だけ置かれててね、それで生きてきたんだ」
「よく、死ななかったな......」
「お金でご飯は買えるって知ってたから、毎日コンビニでパンを買ってたんだよ。一番下の棚にある、一袋に6本入ってるスティックパンばっかり食べてたんだ。だから、芥お兄さんの手料理は、新鮮で美味しいよ?」
自炊、頑張ろう。
手の込んだものじゃなくてもいいから、しっかりと心を込めて作ろう。
改めて春の境遇を聞くと、自分の怠慢を思い知る。
もっと早く聞くべきだった。
「あ、カップラーメンとココアも好きだよ。初めて人からもらった物だから」
「カップラーメンは当分なしだ」
「えぇ、簡単で美味しいのに?」
「栄養によくありません」
「芥お兄さん、私が学校に行ってる時のお昼ご飯、ずっとカップラーメンなのに?」
「......栄養によくありません」
なんで知ってるんだと思ったが、ゴミ箱を見たら一発で分かるんだろうな。
掃除を徹底させてるから、ゴミ箱を見る機会は多いだろうし。
自分も食生活を見直すかぁ。
いかん、話を戻そう。
「病気の時とはどうしてたんだ?」
「床でずっとうずくまってたよ。小学校に入ってからは、風邪引いたことないかも」
「なんというか、見た目に反して生命力あるな......」
奇跡の産物だ、素直にそう思った。
この年まで生きているのが不思議でしょうがない。
春の体は、この環境で風邪を引いたら死ぬと感じていたのかもしれない。
生き物の底力を感じる。
こんなことで感じたくはないが。
「あ、ママが一回だけ看病してくれたことがあったよ」
「親らしいエピソードが初めて出てきたな」
「そのときに、『産むつもりなんてなかった』って、言ってたよ」
「……」
怒りを通り越して呆れた感情になる。
何をどうしたらそのセリフを、腹を痛めてまで産んだ子どもに言えるんだ?
……腹を痛めてまで、育てたくないものを産んだからか。
憎しみとか怒りの対象になってしまったんだろうな。
じゃあ無責任に子どもなんて作るなよ。
やはり、何か目にものを見せてやりたい気持ちになる。
ただ、今最優先されるべきは春の生活だろう。
パンと手を叩いて、暗くなった空気を変える。
「生活スタイル、変えるか」
「?」
「春がイヤじゃなければ、今日からずっとうちに居ていいぞ」
「え、ホント!?」
「学校に行く時間は、親は家に居ないんだろ? うちで暮らして、学校に行く前に家に寄って金だけ回収すればいい」
「......芥お兄さんと、ずっと居ていいの?」
「いいって言ってるだろ。あ、掃除は今まで以上にしっかりな」
両親にとって春は、今は興味のない対象であるが、いつ事件に巻き込まれるとも限らない。
例えば、父親の仕事が上手くいかなくなった時、母親が恋愛でヒステリックに陥った時。
そんな時に春が近くに居たら、きっとその感情の矛先はこの少女に向くだろう。
そうならないように、うちに住んでもらった方がいい。
人の生活音が気になる自分の悪癖が無くなったわけではないが、春が立てる音ならまぁ許せなくもない。
ルールをしっかりして、八畳一間に仕切りをつけてプライバシーを確保すればなんとかなるだろう。
最悪、もう一部屋借りてそこに春を住まわせればいい。
ストレスを貯めこむくらいなら、懐が寒くなる方がマシだ。
「あと保険証とハンコ回収してこい、俺が親代わりになる」
話を聞いている限り、予防接種なんて受けているわけがない。
義務努力として何種類かする必要があったはずだ。
はしか、水ぼうそう、おたふくかぜ、よく今までかからなかったものだ。
保険証は有事の際に備えて持っておきたい。
それにハンコがあれば自立するとなった時に便利だ。
新しく作ってもいいのだが、もし印鑑登録されたものがあったら面倒になりそうだ。
やることが多いなぁ。
部屋の模様替えもしなければならないし、春の家から荷物を持ってくる必要もある。
仕事も増やす必要があるだろう。
高校の学費っていくらだ?
公立なら無償なんだっけ?
美容師に興味を示していたから、専門学校代も貯めねばならない。
専門に行かないとしても、大学は行きたいと思うかもしれない。
生活費も単純に考えて2倍だしなぁ。
頭の中でパチパチと電卓を叩く。
そう考えていると、いつの間にか立っていた春が後ろから抱きついてきた。
最近ボディタッチが多かったからな、癖になっているようだ。
これも、要教育だな。
「えへへ! 芥お兄さんが家族になってくれるの!?」
「おい、抱きつくな」
「やった! やった! やった!」
「聞けよ......」
耳元で嬉しそうに叫ぶ春に、強く注意することはできなかった。
喜びの感情を爆発させる姿は初めて見た。
家族。
そう呼ぶには歪な関係だが、春にとってはかけがえのない関係なのだろう。
そこまで喜ばれて、水を差すようなことはできなかった。
抱きついた春が感情を表すように体を左右に揺する。
同時にぐわんぐわんと自分の頭も揺れるから、やめてほしい。
そこでふと、天啓が舞い降りた。
「春、いいことを思いついた」
「なぁに? 芥お兄さん」
「幸せになってやろう。お前の両親に、逃した魚は大きかったって思わしてやる」
産むつもりはなかった娘が、世界で一番幸せだと知ったら、あの女はどんな顔をするだろうか。
顔も知らない父親は、どんな風に思うだろうか。
きっと、悔しいだろう、歯ぎしりが止まらないだろう。
嫉妬で歪んだ顔を想像するだけでスッキリとした気分になる。
自分が捨てたものが、とてつもない価値があったと気がつかせてやる。
自分たちが逃げながらできる、最大限の復讐だ。
「私、もう幸せだよ?」
「それを知らしめてやるのさ。5年だ、5年、俺にくれ」
「うーん、よく分からないけど、5年間は一緒にいてくれるんだね」
「あー、そういうことになるな。春がイヤになったら出て行ってもいいからな」
「絶対に出ていかないよ、芥お兄さん」
「そうかい」
肩に回された春の手を外して立ち上がる。
春は少し寂しそうな顔をしたから、はぁとため息をついて手を握ってやる。
細く今にも折れそうな指は、確かな熱を持ってこちらの指に絡んでくる。
「春の部屋に、物を取りに行こうか。今日からここが、春の居場所だから」
「うん! 芥お兄さんの隣が、私の居場所だよ!」
あぁ、ずいぶんと表情豊かになったものだ。
頬は緩み、瞳は輝き、真っ白な歯を覗かせている。
花が咲いたような、キレイな笑顔だった。
悪くない。
この顔を、一番近くで見られるのだ。
悪くない。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
手を引いて、街灯もまばらにしかない夜の道に2人で消えていく。
少女と青年の楽しそうな声だけが、夜空に響いていた。
評価、感想、誤字指摘等していただけると嬉しいです。
次回、後日談で終わりとなります。




