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社会不適合者とネグレクト  作者: アストロコーラ


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変化

「あー、何も思いつかんなぁ」


 ゲーミングチェアに深くもたれ、腕を組んで虚空を見つめる。

 パソコンデスクに向かってはいるが、パソコンの電源は一度消した。

 意思の弱い自分のことを信用していない。

 悩みがあるときは、意味もなく動画を見たりゲームを触ったりして時間を浪費してしまうからだ。

 内容自体は一刻を争うようなものではないから、なおさらサボりたくなってしまう。

 椅子に座り、ただただ時計の針が刻む音を聞いている。

 悩みというのは簡単なものである。

 単純に、小説を書くアイデアがないだけだ。

 春と話して、趣味であった創作活動に前向きになったのはいいのだが、だからといって筆が進むわけではない。

 子どもの頃は、もっと想像力が豊かだった。

 ファンタジーを読んで、剣と魔法の世界に思いを馳せてオリジナルの詠唱を考えていた。

 学園物を読んで、自分がその世界の住人になったストーリーを作りもした。

 布団にくるまって眠るまでの時間に、脳内では広大な世界で自分が活躍する妄想を何度もしていた。

 今は、そうではない。

 本を読む楽しさは変わらずにあるが、その物語やキャラに強く感情移入をすることはなくなった。

 子どもの頃の読書は自分にとって未知の世界を知ることであったが、今は単なる娯楽だ。

 大人になったと言うべきか、つまらない人間になったと言うべきか。

 床を軽く蹴って、椅子を回転させながら考え続ける。

 文章を書くことに問題はない。

 数年間、ウェブライターなり同人活動なりで書き続けてきたのだ。

 多少の経験の蓄積はあるし、知識もだいぶ増えた。

 それが、逆によくないのかもしれないが。

 ある程度、形になろうとしたものを作ろうとしてしまうのだ。

 キャラクターの設定をしっかり作って、物語の起承転結を考えて、プロットを練る。

 創作の基本を忠実に守ろうとしてしまう。

 なんというか、楽しもうというよりも、ちゃんとしたものを作ろうという気分が先にきてしまう。

 自分が書いたもので金を貰っているという経験が、思考を固くさせてしまう。

 ウェブライターであればクライアントに指定された題材で、決められたフォーマットで書き上げる必要がある。

 サークルであれば、買ってくれる人がいるし、自分が考えたストーリーを時間かけて形にしてくれる藤川さんがいる。

 自分にとって書くということは、責任を伴う行為だ。

 そういう生活を続けてきたから、趣味は趣味、仕事は仕事と割り切ることが困難になっていた。

 うーん、気持ちが前向きになったところで、手が進むわけではないのだなぁ。

 煮詰まった気持ちを切り替えるため、立ち上がってストレッチをする。

 固まっていた筋肉がほぐれる感覚に目を細めながら、時計の針を見る。

 もうすぐ12時になる頃か。

 そろそろ、来る頃だろう。

 そう思ったと同時に、玄関のドアが開く音がした。


「ただいま、芥お兄さん」

「おかえり」


 制服姿の春が立っていた。

 息を少し切らし、顔が赤くなって表情が少し苦しそうだ。

 その手にはぱんぱんに膨れたカバンが、重そうに握られている。

 朝家に来たときは、そんなに物が入っている様子ではなかったのだが。


「教科書、重くて疲れちゃった」

「あぁ、教科書の配布って入学式の日にするんだっけ」

「うん。入学式見て、教科書貰って今日は終わりだったよ」


 そう言いながら、カバンから新品の教科書を取り出して本棚の空いた場所に置いている。

 本棚の最下部はもう、春の教科書に占拠されている。

 2年生の教科書とかうちに置いていくなよ。

 そう思うが、口にはしない。

 春の話を聞いている限り、家に本棚も勉強する用の机もあるとは思えない。

 中学3年生、受験生なのだ。

 勉強できる場所があった方がいい。

 うちに来ることが当たり前になっている今、下手に遠慮をさせて勉強しなくなる方がマズいだろう。

 ぼんやりと様子を眺めていると、春が不意に口を開いた。


「そういえば芥お兄さん。前に聞けなかったんだけど、どうして恋愛小説を書いてたの?」

「......どうして、とは?」

「この棚には恋愛小説ないから、好きじゃないのかなって」


 春の言う恋愛小説とは、書籍化された自分の本のことだ。

 あの時は自分が勝手に機嫌が悪くなって、感想どころじゃなかったからな。

 改めてジャンルについて聞かれると恥ずかしいものがある。


「芥お兄さん、そういう経験って多いの?」


 子どもの純真な好奇心に対して、どう答えたものかと口ごもる。

 春の顔を見ても、特に深い意味があるようには思えない。

 いや、少しキラキラとした目をしている。

 女子というものは、生まれ育ちに関係なしに恋愛話をしたがるものなのだろうか。


「俺が、恋愛できるように思えるか?」

「どうして、芥お兄さんはできないと思うの?」

「根暗で、人といるより一人が好きで、大して性格がいいわけでもないから」

「そうかな? 芥お兄さんは、カッコいいし優しいと思うよ?」

「……ひいき目が過ぎるな、それは」


 春の評価を鼻で笑う。

 男の見る目がないのかもしれない。

 自分の顔がカッコいいと思うなら、テレビに出ている俳優を見たらあまりのイケメンぶりに卒倒するだろう。

 ……テレビ、見たことなさそうだ。

 自分も持っていないし、学校生活でテレビ番組を見るようなことはないだろう。

 評価軸が学校しかないのなら、偏った好みになるのも致し方無いのかもしれない。

 テレビ、買うか?

 さすがに出費が痛すぎるな、それは。

 明後日の方向に飛んだ思考を引き戻すように、春は会話を続けてくる。


「好きでもなくて、経験もないなら、どうして恋愛小説を書いたの?」

「いいだろ、経験なくても恋愛小説書いたって。ミステリー作家は殺人犯じゃないし、ファンタジー作家は異世界には行ったことないんだ。恋愛未経験でも恋愛小説書くことはなにも問題はないだろ」


 恋愛小説を書いた理由は簡単だ。

 モデルがたくさん身近にあったから、それだけだ。

 小説を書いてるうちに、オリジナリティを出したいと思うようになったことがある。

 ファンタジーは自分の知識量では他の作家と似たようなものにしかならなかったし、ミステリーもトリックや動機が思いつかなかった。

 それならば、身近な人間を題材にすればいいと思ったのだ。

 思春期真っ只中の中学生、観察対象には事欠かなかった。

 世界に同じ人間が一人といないなら、それを題材にした物語は唯一無二の物語になると思っていた。

 学生の恋愛なんてありふれた物でしかないが、当時はそれに気づかなかった。

 同級生を観察し、仕草や表情を書く。

 今まで書いた小説で一番具体的なものであったが、現実をただ書いただけのそれはあまり面白いとは自分には思えなかった。

 それが本になったのだから、現実とはよく分からないものだ。


「......経験、ないんだ」

「バカにしてんのか?」


 年下の少女に、恋愛経験がないと面と向かって言われるのは心にくるものがあるな。

 いいだろ別になくたって。

 現代日本の生涯未婚率は3割近くもあるのだ、珍しいことではない。

 そう、自分がおかしいわけではない。

 3割の同志がいるのだ、恥ずかしいことではないのだ。

 ……虚しいな、この言い訳。

 モテなかっただけの一言で済むのに。

 人付き合いもいい方ではなかったし、いつも本ばかり読んでいる男子がモテるわけないのだ、ははは。


「そっか、経験ないんだ」

「なに、俺のこと嫌いなの? いいだろ別に未経験でも」

「私も、ないよ」

「あっそ」


 春の笑顔に、ついそっけなく返してしまう。

 いつもの、お揃いだと嬉しい、みたいな感覚なんだろう。

 その感覚のために自分が辱められたのだ。

 叱っても許されると思わないか?

 ……もっと惨めになるだけか。

 やめだやめだ、切り替えよう。

 創作の悩みも、恋愛未経験の悲しみも、一旦全て頭から追い出す。


「どっか飯、食いに行くか。めでたい日だしな」

「朝みたいに、料理はしないの?」

「いいもん食いたいだろ。そんなに料理したいなら、帰りになんか材料買って夕飯にすればいいよ」

「卵焼き、作ろうよ」

「夕飯のおかずにしては物足りないかなぁ。どうせならオムライスにしよう」


 外出用のアウターを羽織って外に出る。

 春の日差しはポカポカと暖かく、心地がいい。

 昼は、何を食べようか。

 隣を歩く春に聞こうとして、ふと思った。

 ……自分もずいぶん、人間らしくなったものだ。

 趣味に悩み、人間関係で悩み、ご飯に悩む。

 少し前までとは大違いだ。

 部屋でパソコンとだけ向き合う日々、会話らしい会話は藤川さんだけで、食べるものもカップラーメンがほとんどだった。

 自分も、成長しているようだ。

 その思いが表情に出たのか、春がこちらの顔を見つめている。


「芥お兄さん、嬉しそうだね」

「気のせいだろ」

「そうかな?」

「そうだよ」


 会話の中身は出会った頃と同じ、他愛ないものであった。

 ただ、あのころと違って、お互いに遠慮はなかった。

 その距離感が、日差しのように心地よかった。


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