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社会不適合者とネグレクト  作者: アストロコーラ


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誕生日

 4月にもなると、道端に固まっていた雪は跡形もなく消え去り、段々と草花の芽吹きを感じる。

 雪化粧をしていた山々も徐々に雪解けを始め、白くない部分も多くなってきた。

 吹き抜ける風に肌を切り裂くような冷たさはなく、春が来たのだと実感し始める。

 換気のために開けた窓の方から目を離して、前を向く。

 美味しそうにカップラーメンをすする少女がいた。

 この少女と、同じ名前の季節がくる。

 クリスマスに出会った時は、ここまで一緒にいることになるとは思ってもいなかった。

 人生、何があるか分からないものだなぁ。

 そんなことを考えて頬杖をつきながら見ていると、視線に気がついたのか春と目が合った。


「なにか、顔についてる?」

「ネギ」

「あ、本当だ」


 唇の端っこにかやくのネギをくっつけていたことに気がついた春が、少し恥ずかしそうにしている。

 その姿を見て、羞恥心を覚え始めたんだなぁと感慨深いものを感じて無言で見つめる。

 平気で風呂場から裸で出てきていたことと比べると、なんともまあ成長したものだ。

 日頃からこんこんと常識を説いてきた甲斐がある。

 無表情で不健康そうだった、あの少女の姿はもうどこにもない。

 あれだな。

 捨てられた子猫を育てる動画を見ている感覚に近い。

 痩せこけて毛並みもボロボロになっていた捨て猫が、元気になっていくだけの動画を一時期ずっと見ていた。

 身銭を切り労力をかけた分、動画を見て感じたものよりも覚える感動は深いが。

 ……いかんな、ケンカまがいのやり取りから仲直りして以降、だいぶ甘くなっている気がする。

 切り替えよう、親ではないのだ。

 適切な距離感で、ほどほどに楽しめばいい。

 深入りはしない、それを忘れてはいけない。

 春の居場所になることと、春を甘えさせることは、イコールではない。

 懐かれるのはいいが、依存させてしまうことは別の問題だ。

 いずれ自立するときの足枷にはなりたくない。

 笑って、いい時間だったと振り返ってもらえるような保護者になるのだ。


「芥お兄さん、ずっと難しい顔してるね」

「親の気分を味わってる最中だ」

「?」

「いや、なんでもない。それより、今日が何の日か分かるか?」


 強引に話題を変える。

 4月1日、世間一般ではエイプリルフールと呼ばれる日だ。

 最近では手の込んだ嘘が増えてきて、企業が力を入れている一大イベントになりつつある。

 架空のキャラクターやアイデアが実際に商品化したりすることもある。

 噓から出た実というやつだ。

 冷静に考えて、その日は嘘をついてもいいという文化がなぜ受け入れられたかは甚だ疑問ではある。

 ただ、自分の疑問に関係なく世界で共通の知識となっているのだから、春に教える必要があるだろう。

 この日だけは世界に嘘があふれるのだと知らないと、素直な春はそのまま信じてしまいそうだ。

 自分が口を開くよりも早く、春が答えた。


「今日は、私の誕生日だよ」

「......嘘だろ?」

「なんで、嘘をつく必要があるの?」


 疑う自分に、春はキョトンと首をかしげている。

 その姿を見て、エイプリルフールを知らないことは察することができる。

 そうだよな。

 嘘つく理由分からないよな、普通は。

 春がエイプリルフールを知らないのは、理解はできる。

 両親がそういうことを教えるわけがないし、春休みの期間だから学校でも体験した事がないのだろう。

 問題は、誕生日を何にも感じていないことだ。

 自分のように擦れた人間なら分かる。

 年を取ることが嬉しいとは思えないからアピールもしない。

 ただ、中学生の少女が誕生日をただの一日だと思っている姿は、不健全に見える。

 もっとはしゃいだり、プレゼントを要求したりするのが自然だろう。


「名前の理由なんだ」

「理由?」

「春に生まれたから、春なんだって。親に名づけの理由を聞こうってプリントに、そう書いてあったんだ」

「……そうかい」

「芥お兄さん、急に顔が怖いよ......」

「元からだ」


 特にイヤな顔をすることなく名前の意味を語る春を見て、何度目か分からない殺意を覚える。

 もちろん、春の両親に。

 なんだ、そのふざけた命名理由は。

 十月十日も腹を痛めてまで出産した子どもに、そこまで無関心に名前をつけることがどうしてできるんだ?

 季節として春が特別好きだとか、そういうわけではないんだろう。

 冬に生まれていたら、冬という名前になっていたに違いない。

 なんて機械的なんだ。

 でなければ、ネグレクトなどできないか。

 ……ここで怒っても何の意味はない。

 春を怖がらせることに、意味はない。

 気持ちを切り替えるために、話題を変える。


「早生まれなんだな」

「早生まれ?」

「4月1日と2日の間で学年が変わるから、1月から4月1日までに生まれた人は早生まれって言うんだ」

「そうなんだ」


 学年の割に線が細いという理由が、図らずも分かった。

 満足な栄養状況ではないという以外にも、背が小さく体重が軽い原因はあったのだ。

 今からでも、しっかり食べさせれば大きくなるだろうか。

 小柄で平坦な体を見る。

 もっとメリハリがあってもよさそうなものだが、そういうものには無縁な体であった。

 ……カップラーメンなど与えている場合ではないか。

 今日は、良いものを食べさせてあげよう。


「夕飯、どこか食いに行くか」

「え、急にどうしたの?」

「誕生日はな、特別な日なんだよ。1年に一回しかないからな」

「今日も明日も、1年に一回しかないよ?」

「そういう意味じゃない。ただの平日じゃないんだよ」

「そうなんだ」


 頭の中で近場の飯屋を思い浮かべる。

 良いものと言っても、フードコートやチェーン店しかあまり外食は知らない。

 あとは精々、ラーメン屋ぐらいか。

 カップラーメンと比べれば良いものではあるが、誕生日にしては味気ないような気もする。

 かといって、料理ができるわけでもないからなぁ。

 普段から自炊をするべきだった。

 誕生日プレゼントも、どうしようか。

 変に高いものを買うのは違う気がするし、安物を買い与えるのも心苦しい。

 あぁ、自分は親にはなれそうにないな。

 毎年この苦労を味わうのは、勘弁願いたい。

 社会不適合者にも二種類。

 人に物を与えることに抵抗がある奴と、そうじゃない奴。

 俺は前者だ。

 ほどよいバランスというものが分からない。

 経験値が足りないのだろうか。

 一人で頭を抱えていると、春が話しかけてきた。


「ねぇ、芥お兄さん」

「なんだ?」

「芥お兄さんの、誕生日はいつなの?」

「あー、3月1日」

「芥お兄さんも、早生まれなんだ」

「そうだけど」

「じゃあ、お揃いだね」

「......お揃いの範囲、広すぎるだろ」


 それだと、3か月の期間に生まれた人間がお揃いになってしまう。

 ただ同じカテゴリであるというだけで嬉しいらしい。

 よく分からないが、言葉一つで機嫌が良くなるならそれでいいか。


「芥お兄さんの誕生日は、お祝いしなくてよかったの?」

「俺はいいよ、別に」

「なんで?」

「なんとなく、かな」


 なんでと聞かれても困る。

 特に理由はない。

 強いて言うならば、年を取ることがめでたいと思えないからだろうか。

 年齢が増えても、自分の精神は成長した気がしないそのギャップが辛い。

 精神が中学生の時から円熟した気がしない。

 だから、あまり自分の誕生日は気にしないようにしている。

 そう思っていると、春は突然座布団から立ち上がった。

 椅子に座っている自分の前まで歩いてきた。

 最近になって、こうして近くに寄ってくることが増えた。

 強く否定しなくなったからだろうか。

 最初の頃は触るなと言っていたが、もう言っていないからな。

 春はこちらを見つめて、ほほ笑みながら口を開いた。


「一緒に、祝おうよ」

「あ?」

「誕生日、2人で一緒に祝おうよ。誕生日おめでとう、芥お兄さん」


 久しく自分に向かって放たれたことのない言葉に、思わず面食らう。

 春の顔が、少し赤くなる。


「ちゃんと祝うのって、恥ずかしいね」

「......そうだな」


 そうだ。

 どこに行くだとか何を渡すだとか、それよりも前にするべきことがあった。

 まだ、自分は言葉にしていなかった。


「春、誕生日おめでとう」

「えへへ。ありがとう、芥お兄さん。言われる側も、恥ずかしいね」


 言葉一つ。

 それだけここまで喜んでくれるのなら、悪くない。

 自分の顔も赤くなっているような気がするが、気のせいだろう。


「何が食べたいんだ? 今日は、好きな物を食べに行こう」

「うーん、カップラーメンが食べたいな」

「さっき食べただろ......」

「じゃあ、ココアがいいな」

「......ラーメン屋にでも行って、帰りに公園で休もうか」

「うん」

「夕飯までに時間もあるし、それまでどっか歩くか」

「いつも芥お兄さんが散歩している道が知りたいな」


 ずいぶんと安上がりな誕生日になりそうだ。

 まぁ、俺たちらしいか、それも。

 風が強く吹いて、カーテンが揺れた。

 春の匂いがした。



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