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社会不適合者とネグレクト  作者: アストロコーラ


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そのままの意味

 誰かが言っていた。

 服装自由を額面通りに受け取ってはいけないと。

 行けたら行く、一生のお願い、怒らないから正直に言いなさい。

 これらと並んで、言葉通りに受け取ると痛い目を見ると力説していたのは、藤川さんだっただろうか。

 プリントに書いてあった春が通っているだろう中学校の手前まで来て、そんなことを思っていた。

 息子娘の学校生活を見に来たであろう、フォーマルな服装に身を包んだ大人たちを見比べる。

 立派なスーツを着た父親やメイクも髪型もバッチリと決めた母親と比べると、自分がひどく場違いなように感じる。

 高校を中退しちゃんとした職についたことのない自分が、スーツなんて持っているわけもない。

 持っている服の中で一番綺麗なものを選んだが、それでも浮いているような気がする。

 誰も彼もが似たような服装をしており、そこには服装自由なんて気配は微塵もなかった。

 それに、当たり前の話だが自分の年齢が若すぎる。

 周りの人は40代前後が一番多いだろうか。

 自分を見る大人たちの目線は、どこか生暖かく感じる。

 面倒見のいい兄だと思われているのだろうか。

 怪しむような視線でないのは救いだったが、見られているという事実に胃がキリキリと痛む。

 その場の勢いで、物事を決めるのはやめよう。

 グラウンドに置かれた案内板に従って歩きながら、しっかりと反省をする。

 ここまで来てしまった以上、引き返すのも不自然だ。

 周りの人に怪しまれないように、音が立たないようにゆっくりと深呼吸をする。

 年季の入った、曲がった背中をしゃんと伸ばす。

 ……なんで背筋を伸ばす擬音って、しゃんなんだろうな。

 覚悟はしっかりと決まらなかったが、深呼吸のおかげでくだらないことを思いつくぐらいにはリラックスできた。

 校舎が近づくと、案内をする用務員らしき人の姿が見えた。


「2年生のご両親の皆様はお並びください。1、3学年の授業参観日は別日になります」


 来客用の玄関まで歩けば、クラスごとに名簿が置かれている。

 生徒の横に、来た人の名前を書く必要があるらしい。

 名前を書くと受付の人から来客を示すネームプレートがもらえるらしく、自然と列ができていた。

 列に並びながら、春のクラスを知らないから名前を見て探す必要があるな、なんて考えていた。

 そして、はたと気づく。


(名字、知らねぇ)


 春から一度も、フルネームを聞いたことがない。

 出会った日も名前しか名乗らなかったし、自分から名字を聞いたこともなかった。

 そのことに、衝撃を受けた。

 自分は、実はしっかりと春を見ていなかったのではないか?

 名字も、誕生日も、好きな食べ物も、自分は何も知らない。

 ただ金と屋根を貸してやるだけの関係は、ネグレクトの親と何が違うのだろうか。

 受け入れるつもりなどなかった。

 それは、言い訳だ。

 春を受け入れた後に、彼女のことを知ろうとしなかったのは、変えようのない事実だ。


「次の方、どうぞ」


 受付からの声に、ハッと我に返る。

 緊張していると思われたのか、人の良さそうな中年の女性がこちらに笑いかけてくる。

 気がつけば、自分の番であった。

 時間がかかる申し訳なさから、周りの人にペコペコと頭を下げながら目的の名前を探す。

 1組から4組まである中で、2組に唯一春と一文字の名前を見つけた。

 2年2組 降旗 春

 文字だけで見た少女の名前は、いつもの少女と結びつかなかった。

 その横に自分の名前を書く。


(俺も、春に名字教えてないな......)


 自分の苗字と春の名字が一致していないことに、受付の人は一瞬怪訝な表情をしたが、すぐに元に戻った。

 深く聞くほどの怪しさを感じなかったのだろう。

 プレートはしっかりつけてください、という声掛けだけで終わる。

 内心で安堵の息を漏らす。

 胸ポケットにネームプレートを付けながら、人が流れていく方についていく。

 一度も足を踏み入れたことのない学校だから、2年生の棟がどこにあるか自分には分からない。

 しっかりと掃除された廊下を歩くと、段々と子供の話し声が大きくなる。

 休み時間のようで、学生服の生徒が廊下に出て仲良く談笑している姿が見えてくる。

 中学生の年齢では、まだ表情を隠すということができないのだろう。

 自分に向けられる視線には、好奇心をありありと見ることができた。

 居辛くて、仕方がない。

 まだ本来の目的である授業参観が終わっていないのに、とても疲れた気分であった。

 好奇の視線に晒されながら、2階に上がる。

 廊下で談笑する姿は1階と変わらないが、生徒たちの顔は少しだけ大人びたものになった。

 一番近くのクラスプレートを見ると、2-1と書かれている。

 2年生の棟になったらしい。

 廊下で話す人の姿に、保護者の姿が混じり始めた。


「遠藤さんとこは大人しそうで羨ましいわ。うちの子はいつになってもきかん坊で」

「そうでもないわよ。こないだなんて塾サボってお友達と出かけたなんて言うんですもの」

「思春期って大変よねぇ。言うこと全然聞いてくれないわ」


 コミュニティがもう既にできているようで、廊下は子育ての愚痴大会と化している。

 そうか、塾とか考える時期なのか。

 2年の冬だもんなぁ。

 春は、高校どうするんだろうなぁ。

 話を聞き流しながら、その横を通り過ぎる。

 一つ横の教室には2-2とクラスプレートがぶら下がっている。

 開かれたドアから、チラリと中を見る。

 教室の後ろの方には既に入っている大人もいるようで、自分の子どもと話している姿が見られる。

 友達と話すか、親と話すか。

 和気あいあいとした空気の中、一番後ろの窓際の席で一人首を忙しなく動かしている少女の姿があった。

 目が、合った。


「芥お兄さん!」


 聞いたこともない大声で春が叫ぶ。

 教室が一瞬静まり返って、大小さまざまな瞳が自分を捉える。

 胃がキリキリと痛んで、唇がピクリと痙攣するように吊り上がった。

 周りの人が、言葉通り兄だと勘違いしてくれればいいが。

 駆け寄ってくる少女の姿に、苦笑いするしかなかった。


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