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錆びた空の、その先で  作者: 月影 みよ


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9/11

第九章 閉ざされた記憶



 二人は、廃材区画の奥にある古い整備倉庫へ身を隠した。


 そこは、ガレスが若い頃に何度か利用したことのある場所だった。


 かつては、空中都市の貨物艇を修理するための施設だったらしい。


 今では屋根の半分が崩れ、壁には蔦が絡みついている。


 だが、地下にはまだ、旧時代の電源設備が残っていた。


 ガレスは、リラを作業台に寝かせた。


「……しばらく動くな」


「はい」


「右脚を直す」


「はい」


 彼は工具を並べ、修理を始めた。


 駆動軸の歪みは深刻だった。


 代替部品はない。


 現代の荷役用アンドロイドの関節部を流用することも考えたが、リラの構造には合わない。


 ガレスは、古い部品箱を探した。


 そこに、見覚えのある歯車があった。


 薄く、軽く、異常なほど精密な歯形。


 旧時代の航空機関用部品だった。


「……これなら」


 彼は、歯車を取り出した。


 リラの駆動軸に合わせて削り、寸法を調整する。


 作業を進めるうちに、ガレスはふと、少女の頭部にある小さな端子に気づいた。


 首の後ろ。


 普段は外装の下に隠れている部分。


 そこには、通常の診断端子とは異なる、特殊な接続口があった。


 彼は手を止めた。


「……なんだ、これは」


 端子の形状は、旧時代の軍用データポートに似ている。


 だが、規格が違う。


 まるで、機械の記憶領域へ直接アクセスするためのもののようだった。


 ガレスは、倉庫の端末を起動した。


 電源を繋ぎ、古い診断ソフトを呼び出す。


 接続ケーブルを、リラの端子へ繋いだ。


 画面が点灯する。


 しばらくして、文字が表示された。


 L-09 / 生体模倣型支援ユニット


 ガレスは眉を寄せた。


 生体模倣型。


 それは、古い研究資料でしか見たことのない分類だった。


 一般的なアンドロイドは、人間の形をした機械だ。


 生体模倣型は違う。


 人間の感覚、反応、記憶の形成過程を模倣することで、より柔軟な判断能力を持たせるための機械。


 つまり。


 この少女は、ただ命令に従うだけの機械ではない。


 人間のように経験を積み、学び、変化することを前提に作られている。


 ガレスは、画面を見つめた。


 そして、さらに下へスクロールした。


 記憶領域:制限アクセス


 人格核:保護ロック


 開発計画:第九天計画


 ガレスの指が止まった。


 第九天計画。


 その名前を、彼は知っていた。


 第三整備局にいた頃、極秘扱いの技術資料に一度だけ、その名前が出てきたことがある。


 空中都市連合が、旧時代の技術遺産を利用して進めていた研究計画。


 目的は不明。


 資料はすぐに回収され、閲覧記録も消された。


 ただ、一つだけ記憶に残っていた。


 計画の責任者の名前。


 主任研究員、エリアス・ヴェルナー。


 ガレスは息を呑んだ。


 エリアスは、グレイハウンドの事故調査に関わっていた人物だった。


 そして、事故の直前、突然姿を消した。


「……まさか」


 彼は、リラを見た。


 少女は、静かに横たわっていた。


 その顔は、いつもと変わらない。


 幼い少女の顔。


 壊れた身体。


 ぎこちない声。


 だが、その内部には、百年前の技術が眠っている。


 そして、その技術を求めて、回収班が動いている。


 ガレスは、端末を切ろうとした。


 そのとき、画面に新しい文字が表示された。


 記憶領域の一部を復旧できます。


 実行しますか?


 彼は、指を止めた。


 記憶が戻れば、リラが何者なのかわかるかもしれない。


 彼女がどこから来たのか。


 誰が作ったのか。


 なぜ、廃材置き場に捨てられていたのか。


 しかし。


 記憶を復旧することが、本当に彼女のためになるのだろうか。


 失われた記憶の中に、彼女が苦しんだ過去があるかもしれない。


 自分が知らない、残酷な命令があるかもしれない。


 ガレスは、リラの顔を見た。


 彼女は眠っている。


 いや、電源が落ちているだけだ。


 それでも、彼には眠っているように見えた。


「……リラ」


 彼は、小さく呼んだ。


 返事はない。


「……おまえ、何を覚えていたい?」


 当然、答えはなかった。


 ガレスは、端末の画面を見た。


 それから、復旧プログラムを閉じた。


「……急ぐ必要はない」


 彼は、接続ケーブルを抜いた。


 リラの記憶は、彼女のものだ。


 彼女が望むなら、いつか一緒に調べればいい。


 今は、脚を直すことが先だった。


 ガレスは工具を手に取った。


 作業台の上で、歯車が小さく回った。


 かちり。


 かちり。


 その音を聞きながら、彼は思った。


 自分は、また何かを直している。


 壊れた機械を。


 失われた時間を。


 そして、もう一度、誰かと一緒に生きるための場所を。


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