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錆びた空の、その先で  作者: 月影 みよ


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第十章 雨の日の約束


 リラの脚が直ったのは、三日後だった。


 その間、ガレスはほとんど眠らなかった。


 駆動軸を削り、歯車を組み、圧力制御を調整した。


 完成した右脚は、以前よりも滑らかに動いた。


 外装は相変わらず継ぎ接ぎだらけだったが、歩行の安定性は改善されている。


「……立ってみろ」


 リラは、作業台から降りた。


 床に足をつける。


 右脚の歯車が、静かに回る。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 今度は転ばなかった。


 リラは、工房の中をゆっくりと歩いた。


 そして、ガレスの前に立った。


「……直りました」


「ああ」


「ありがとうございます」


「……仕事だからな」


 ガレスは、いつものように答えた。


 だが、リラは首を横に振った。


「違います」


「何がだ」


「これは、仕事だけではありません」


 ガレスは黙った。


 リラは、自分の右脚を見た。


「わたしが歩けるようになるまで、ガレスさんは、ずっと修理をしていました」


「……そうだな」


「わたしが転ぶと、直してくれました」


「ああ」


「わたしが壊れると、直してくれます」


「……まあな」


 リラは、少しだけ首を傾げた。


「では、ガレスさんが壊れたら、誰が直すのですか」


 ガレスは、言葉を失った。


 そんなことを考えたことはなかった。


 自分は人間だ。


 壊れたら終わりだ。


 失ったものは戻らない。


 機械のように部品を交換して、また動くわけにはいかない。


 そう思っていた。


 だが、リラは真剣な顔で彼を見ていた。


「……わたしが、直します」


「……おまえが?」


「はい」


 彼女は頷いた。


「わたしは、まだ修理の勉強をしています。でも、ガレスさんに教えてもらえば、きっとできるようになります」


「……そうか」


「だから、ガレスさんも、壊れないでください」


 ガレスは、ゆっくりと息を吐いた。


 胸の奥が、少し痛かった。


 泣きたいような気もした。


 だが、泣き方を忘れてしまったのか、涙は出なかった。


「……わかった」


 彼は、そう答えた。


 リラは、満足そうに頷いた。


 その日の夜、雨が降った。


 屋根を叩く雨音。


 古い暖房機の唸り。


 窓の外を流れる蒸気。


 ガレスは、作業台の前で工具を磨いていた。


 リラは、隣で小さな歯車を並べている。


「ガレスさん」


「なんだ」


「雨は、好きですか」


「……別に」


「どうしてですか」


「濡れるからな」


「……そうですか」


 リラは窓の外を見た。


 しばらくして、また尋ねた。


「では、晴れは好きですか」


「……晴れ?」


「あたたかい日です」


「……昔は、好きだったな」


「今は?」


 ガレスは手を止めた。


 昔。


 ミアが生きていた頃。


 休日の朝、娘と一緒に屋上へ出た。


 ミアは小さな帽子をかぶり、空を見上げていた。


 雲の隙間から、太陽の光が差し込んでいた。


 彼女は言った。


『パパ、今日は空がきれいだね』


 ガレスは、答えた。


『ああ、そうだな』


 それが、最後に一緒に見た晴れの日だった。


 ガレスは、工具を置いた。


「……今は、よくわからん」


 リラは、少し考えた。


 そして、窓辺へ歩いていった。


 右脚の歯車が、かちりと鳴る。


 彼女は窓を少しだけ開けた。


 冷たい風が入ってきた。


「……ガレスさん」


「なんだ」


「明日は、晴れるそうです」


「……どうしてわかる?」


「雲の流れと、気圧の変化から推測しました」


「そうか」


「明日、外へ行きませんか」


 ガレスは、彼女を見た。


「……どこへ?」


「空がよく見える場所です」


 ガレスは、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……ああ」


 リラは、窓を閉めた。


 それから、作業台へ戻ってきた。


「……約束です」


「わかったよ」


 ガレスは、工具を手に取った。


 雨は、まだ降っていた。


 だが、明日は晴れるらしい。


 それだけのことが、少しだけ楽しみだった。


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