第十一章 空の底にあるもの
翌朝、空は晴れていた。
雲の切れ間から、薄い陽光が差し込んでいる。
ガレスは古い外套を羽織り、リラと一緒に工房を出た。
向かったのは、廃材区画の北側にある崖だった。
そこは、旧時代の採掘坑が途切れる場所で、地上の街並みを一望できる。
遠くには、空中都市の巨大な影が浮かんでいた。
幾重もの橋。
吊り下げられた居住区。
無数の煙突。
そして、都市の底から伸びる巨大な鎖。
雲の上に浮かぶ世界。
その下で、地上の人々は今日も働いている。
ガレスは、崖の端に腰を下ろした。
リラは隣に立っていた。
「……ここが、空の見える場所ですか」
「ああ」
「……きれいですね」
ガレスは、空を見上げた。
薄い青色。
遠くの雲は白く、太陽の光を受けて輝いていた。
灰色の街並みの上に、ほんの少しだけ、本物の青が広がっている。
「……そうだな」
彼は答えた。
リラは、しばらく空を見つめていた。
やがて、彼女は尋ねた。
「ガレスさんは、昔、空を飛んでいたのですか」
「……ああ」
「楽しかったですか」
ガレスは、すぐには答えなかった。
「……楽しかったよ」
「今は?」
「……まだ、わからん」
リラは頷いた。
それ以上、何も聞かなかった。
二人は、しばらく並んで座っていた。
風が吹いた。
リラの銀灰色の髪が揺れた。
ガレスは、彼女の右脚を見た。
継ぎ接ぎだらけの装甲。
異なる規格の歯車。
不格好な接続部。
だが、彼女は歩いている。
自分の脚で。
自分の意思で。
ガレスは、ふと思った。
人間も、同じなのかもしれない。
失ったものを取り戻すことはできない。
壊れた過去を、元どおりにすることもできない。
それでも、別の部品を繋ぎ合わせて、もう一度歩き出すことはできるのかもしれない。
綺麗な形ではなくても。
元どおりではなくても。
その先に、何かがあるのなら。
「……リラ」
「はい」
「いつか、飛空艇を直そうと思う」
リラは、彼を見た。
「……飛空艇を?」
「ああ」
「ガレスさんが、飛ばすのですか」
「……わからん」
彼は、少しだけ笑った。
「だが、直すことくらいはできる」
リラは、嬉しそうに頷いた。
「では、わたしも手伝います」
「ああ」
「空へ行くのですか」
「……いつかな」
その言葉を口にしたとき、ガレスは気づいた。
以前と同じ言葉だった。
けれど、以前とは違っていた。
昔は、約束を先延ばしにするために言っていた。
今は、まだ見ぬ未来へ続く道を、少しだけ信じていた。
リラは、空を見上げた。
「……楽しみです」
ガレスは、彼女の頭に手を置いた。
「……ああ」
そのとき、遠くで鐘が鳴った。
空中都市の正午を知らせる鐘だった。
鐘の音が、雲の間を渡っていく。
リラは、耳を澄ませていた。
「……きれいな音ですね」
「そうか?」
「はい」
ガレスは、少しだけ考えた。
「……そうだな」
彼は、もう一度、空を見上げた。
青い空。
白い雲。
遠くを飛ぶ、小さな貨物艇。
その景色は、何も変わっていない。
ただ、自分の隣には、相棒がいた。
それだけで、世界は少し違って見えた。




