第二章 修理費はパン三個
ガレスの工房は、旧市街の第七区画にあった。
以前は貨物用の昇降機を制御する小屋だったらしい。今では壁の半分が鉄板で補修され、屋根には雨漏りを受け止めるバケツが四つ置かれている。
看板には、こう書かれていた。
ロウ整備工房。飛空艇、蒸気機関、その他なんでも。
最後の「その他なんでも」は、ガレスが酔った勢いで付け足したものだった。
実際には、飛空艇の仕事は月に一度あるかないか。主な収入源は、暖房機の修理、荷車の車輪交換、壊れた調理器の応急処置などだ。
それでも、ここは彼の城だった。
ガレスは少女を作業台の上に寝かせ、古い照明を点けた。
白色光が、傷だらけの顔を照らす。
「……ひどいな」
機械技師としての率直な感想だった。
胸部フレームは変形し、主電源は完全に切れている。右側の視覚センサーは破損。左脚の駆動軸も歪んでいた。
だが、最も奇妙なのは、頭部の刻印だった。
製造番号がない。
普通なら、耳の後ろか首筋に刻まれているはずだ。メーカー、型式、製造年月日、認証番号。
この少女には、そのどれもが見当たらなかった。
代わりに、首の付け根に小さな文字が刻まれていた。
L-09。
「ロット番号か?」
ガレスは工具箱から拡大鏡を取り出した。
刻印は古い。旧時代の軍用規格よりも古い、統一帝国時代の書体だった。
少なくとも百年以上前の設計だ。
そんなものが、どうしてこんな場所に。
彼は少女の胸部装甲を慎重に外した。
内部は意外なほど整然としていた。
小型の蒸気圧縮機関と、電気式の補助駆動系統。骨格フレームは軽量合金で、関節部には高級な自己潤滑軸受けが使われている。
外装こそボロボロだが、内部構造は現代の民生用アンドロイドを遥かに凌いでいた。
「……おまえ、いったい何なんだ」
ガレスは思わず呟いた。
答えはない。
彼は修理用の記録紙を広げ、必要な部品を書き出した。
主電源の交換。配線の再接続。左脚駆動部の修正。胸部フレームの補強。視覚センサーの代替品。
それから、頭部の亀裂。
全部を直すには、最低でも二十万クレド。
ガレスの全財産は、財布の中の千八百クレドと、工房の棚にある売れ残りの部品を合わせても一万に届かない。
「……パン三個分くらいで済んでくれりゃよかったんだがな」
彼は椅子に座った。
少女の顔を見た。
作り物だ。
人間ではない。
電気と金属と、精密に加工された部品でできた機械。
そう理解しているはずなのに、どうにも落ち着かなかった。
少女の頬には、煤に混じって細い傷があった。
人工皮膚の傷だ。修復剤を塗れば塞がるだろう。
しかし、なぜだろう。
それを見ていると、彼は昔のことを思い出した。
六年前。
崩落した飛空艇の格納庫。
煙の中で、自分の手を握っていた小さな指。
そして、もう二度と聞くことのない声。
ガレスは立ち上がった。
「……寝るか」
彼は少女に毛布をかけた。
もちろん、機械に毛布など必要ない。
必要ないのだが、作業台の上に裸のまま寝かせておくのも、なんとなく嫌だった。
自分の寝台に移る前に、ガレスは主電源の端子を確認した。
完全に死んでいるわけではない。
微弱な電圧が残っていた。
ほんのわずかに。
心臓の鼓動にも満たない、小さな電気の名残。
彼は古い蓄電池を引っ張り出した。
充電器を繋ぎ、電圧を調整する。
電源を入れたら、記憶領域が焼ける可能性がある。
そのまま放置すれば、残留電力が尽きる。
どちらにしても、長くはもたない。
「……どうせ、拾っちまったんだ」
ガレスはスイッチを押した。
小さな火花が散った。
機関が、かすかに鳴った。
そして。
「……ぁ」
少女の唇が、ほんの少し開いた。
ガレスは息を止めた。
「……おとう、さん……?」
声は、砂を噛んだように掠れていた。
それきり、少女は動かなくなった。
電圧が落ちたのだ。
ガレスは、しばらくその場から動けなかった。
やがて、彼は椅子に腰を下ろし、両手で顔を覆った。
「……参ったな」
修理する理由が、できてしまった。




