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錆びた空の、その先で  作者: 月影 みよ


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2/12

第二章 修理費はパン三個

 ガレスの工房は、旧市街の第七区画にあった。


 以前は貨物用の昇降機を制御する小屋だったらしい。今では壁の半分が鉄板で補修され、屋根には雨漏りを受け止めるバケツが四つ置かれている。


 看板には、こう書かれていた。


 ロウ整備工房。飛空艇、蒸気機関、その他なんでも。


 最後の「その他なんでも」は、ガレスが酔った勢いで付け足したものだった。


 実際には、飛空艇の仕事は月に一度あるかないか。主な収入源は、暖房機の修理、荷車の車輪交換、壊れた調理器の応急処置などだ。


 それでも、ここは彼の城だった。


 ガレスは少女を作業台の上に寝かせ、古い照明を点けた。


 白色光が、傷だらけの顔を照らす。


「……ひどいな」


 機械技師としての率直な感想だった。


 胸部フレームは変形し、主電源は完全に切れている。右側の視覚センサーは破損。左脚の駆動軸も歪んでいた。


 だが、最も奇妙なのは、頭部の刻印だった。


 製造番号がない。


 普通なら、耳の後ろか首筋に刻まれているはずだ。メーカー、型式、製造年月日、認証番号。


 この少女には、そのどれもが見当たらなかった。


 代わりに、首の付け根に小さな文字が刻まれていた。


 L-09。


「ロット番号か?」


 ガレスは工具箱から拡大鏡を取り出した。


 刻印は古い。旧時代の軍用規格よりも古い、統一帝国時代の書体だった。


 少なくとも百年以上前の設計だ。


 そんなものが、どうしてこんな場所に。


 彼は少女の胸部装甲を慎重に外した。


 内部は意外なほど整然としていた。


 小型の蒸気圧縮機関と、電気式の補助駆動系統。骨格フレームは軽量合金で、関節部には高級な自己潤滑軸受けが使われている。


 外装こそボロボロだが、内部構造は現代の民生用アンドロイドを遥かに凌いでいた。


「……おまえ、いったい何なんだ」


 ガレスは思わず呟いた。


 答えはない。


 彼は修理用の記録紙を広げ、必要な部品を書き出した。


 主電源の交換。配線の再接続。左脚駆動部の修正。胸部フレームの補強。視覚センサーの代替品。


 それから、頭部の亀裂。


 全部を直すには、最低でも二十万クレド。


 ガレスの全財産は、財布の中の千八百クレドと、工房の棚にある売れ残りの部品を合わせても一万に届かない。


「……パン三個分くらいで済んでくれりゃよかったんだがな」


 彼は椅子に座った。


 少女の顔を見た。


 作り物だ。


 人間ではない。


 電気と金属と、精密に加工された部品でできた機械。


 そう理解しているはずなのに、どうにも落ち着かなかった。


 少女の頬には、煤に混じって細い傷があった。


 人工皮膚の傷だ。修復剤を塗れば塞がるだろう。


 しかし、なぜだろう。


 それを見ていると、彼は昔のことを思い出した。


 六年前。


 崩落した飛空艇の格納庫。


 煙の中で、自分の手を握っていた小さな指。


 そして、もう二度と聞くことのない声。


 ガレスは立ち上がった。


「……寝るか」


 彼は少女に毛布をかけた。


 もちろん、機械に毛布など必要ない。


 必要ないのだが、作業台の上に裸のまま寝かせておくのも、なんとなく嫌だった。


 自分の寝台に移る前に、ガレスは主電源の端子を確認した。


 完全に死んでいるわけではない。


 微弱な電圧が残っていた。


 ほんのわずかに。


 心臓の鼓動にも満たない、小さな電気の名残。


 彼は古い蓄電池を引っ張り出した。


 充電器を繋ぎ、電圧を調整する。


 電源を入れたら、記憶領域が焼ける可能性がある。


 そのまま放置すれば、残留電力が尽きる。


 どちらにしても、長くはもたない。


「……どうせ、拾っちまったんだ」


 ガレスはスイッチを押した。


 小さな火花が散った。


 機関が、かすかに鳴った。


 そして。


「……ぁ」


 少女の唇が、ほんの少し開いた。


 ガレスは息を止めた。


「……おとう、さん……?」


 声は、砂を噛んだように掠れていた。


 それきり、少女は動かなくなった。


 電圧が落ちたのだ。


 ガレスは、しばらくその場から動けなかった。


 やがて、彼は椅子に腰を下ろし、両手で顔を覆った。


「……参ったな」


 修理する理由が、できてしまった。

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