銀翼の渡来人6
骨の怪物を叩き潰した衝撃が、広場の泥を高く跳ね上げ、長きにわたる戦いの余韻を残して消えた。
残されたのは、ひしゃげた巨大な骨の残骸と、ガラダインが吐き出す、熱い蒸気のような大気の震えだけだ。タロは機体の腕をそっと下ろし、深く息を吐き出した。研ぎ澄まされていた「明鏡止水」の感覚が、じわじわと生々しい肉体の疲労へと戻っていく。
胸ポケットの奥で、ギギの身体が、どこか満足げに深く澄んだ藍色の光をゆったりと波打たせていた。
触手のような骨の縛鎖が、タロの意思を汲み取るようにして、その拘束を静かに解いていく。胸部のハッチが、大気を引き裂く音を立てて外側へと開放された。
外の空気が、一気にコックピット内へと流れ込んでくる。
硝煙の臭い。血の臭い。そして、異世界の、どこか冷たく乾いた風の匂い。
タロは足元に置いていた刀を左手でしっかりと掴むと、機体の縁に手をかけ、泥まみれの石畳へと静かに飛び降りた。
その瞬間、広場を埋め尽くしていた防衛兵たちの視線が、一斉にタロへと集まった。誰もが声を失い、神話の化身でも見るかのような畏怖の目を、この黒髪の異人へと向けている。
タロは周囲の動揺を無視し、真っ直ぐにある方向へと歩を進めた。
その先に、彼女はいた。
煤と泥と血に汚れながらも、なお気高さを失わない銀糸の髪。豪奢な、しかし戦火で引き裂かれた戦衣を纏った少女が、へたり込んだままタロを見上げていた。
タロは彼女の数歩前で足を止めると、コックピットから手にして降りてきた刀を、それまで握っていた左手から、あえて右手へと持ち替えた。
右手に刀を持つ――それは、即座に抜刀して斬りかかる意思がないことを示す、日本古来の、タロなりの「敵意の無さの証明」だった。もちろん、眼前の少女にその意図が伝わるはずもない。周囲の近衛兵たちが一瞬、びくりと肩を強張らせる。
しかし、少女の、大きく見開かれた翡翠色の瞳は、タロの黒い瞳を真っ直ぐに射抜いたまま微動だにしなかった。
少女の唇が、かすかに震えた。
何かを、必死にタロに訴えかけるように、異国の精緻な響きを持った言葉が零れ落ちる。
「……? 何と言っている」
タロが低く呟くと、胸ポケットからひょっこりと顔を出したギギのガラスの身体が、カチリと白く凝固するように明滅した。驚きと、どこか神妙な心境の現れだった。
『……タロ。“我が呼びかけに応えて国の危機を救ってくれた戦士よ、どうか私たちを導いて、黒髪の渡来人よ”……だって。この子がさっきも言った、この国の王女様だよ』
「渡来人……に、王女様だと!? 待ってくれ、何が何だかさっぱり分からん。俺はあの時、敵艦へ突撃して死んだはずだ……おい、ここはいいったいどこなんだ!? とりあえずもっと詳しく教えてくれないか!?」
タロは思わず少女に向かって手を伸ばしかけたが、少女はただ恭しく頭を垂れるばかりだ。あぁ、もう言葉が通じない。タロは頭をガリガリと掻きむしり、胸ポケットの小さな相棒を見下ろした。
「ギギ、頼む。お前、こいつらの言葉が分かるんだろ?」
ギギの体内のガラスの光が、今度は水底のようにゆったりと深く澄んだ藍色の光へと変わった。
『まったく、タロは私がいなきゃ何にも出来ないんだから! しょうがないなぁ。ほら、あっちの大きな天幕に案内してくれるみたいだよ。そこでじっくり話を聞こうじゃない』
セゼ王女が静かに立ち上がり、泥に汚れたドレスを翻して、広場の奥にある無傷の天幕(本部天幕)へとタロを促すように一歩を引いた。
周囲の兵たちが、一斉に武器を収め、道を開けていく。
還るべき空を失った男の、これが、異世界での本当の始まりだった。




