銀翼の渡来人4
光の奔流に導かれるようにして、タロの身体は開放された骨の巨人の胸部ハッチへと滑り込んでいた。
内部は、零戦のコックピットとは何もかもが違っていた。
計器盤もなければ、スロットルレバーも、フットペダルもない。シートに深く腰を下ろした瞬間、座席の周囲から蠢くように伸びてきた細い骨の束が、タロの四肢と体に絡みついて固定した。
「――っ、拘束具か……!?」
直後、正面の胸壁に埋め込まれていた、巨大な水晶体のようなガラスが内側から激しく明滅した。
光が一点に収束したかと思うと、そのガラスの表面を透過するようにして、手のひらほどの小さな影が、タロの胸元目がけて真っ直ぐに飛び込んできた。
「うおっ!?」
咄嗟に身構えようとしたタロの飛行服の胸ポケットに、その影はすっぽりと滑り込んだ。
ひょっこりと顔を出したのは、まるでガラスを削り出したかのように半透明で、羽の生えた小さな少女の姿。――妖精のようだった。
『ふぅ、間に合った! タロ、早く私とシンクロして! それと妖精じゃなくて精霊! あんな脳みそお花畑ちゃん達と一緒にしないでよね』
胸ポケットの中から、鈴を転がすような、どこか悪戯っぽい声が直接鼓膜に響く。だが、己の記憶を覗き見したようなその呼び方に、タロはカチンときて眉間を深く寄せた。
「タロ……? お前、今なんて言った」
『え? タロでしょ? あんたの頭の中から抜き取ったんだけど』
「俺の名は日向太郎だ! その、犬を呼ぶような締まりのない名前で呼ぶんじゃねえ。昔から大嫌いなんだよ。せめてタロウと呼べ!」
生死を分ける戦場の真っ只中だ。
胸壁の向こうでは、黒い骨の怪物が今まさに次の攻撃を仕駆けようと地響きを立てている。そんな極限状態にあって、タロは至極真面目に、しかし断固とした口調で自分の名前を主張した。
胸ポケットの精霊は一瞬、呆れたように目を丸くし、それからふんと不満げに鼻を鳴らした。
『なによ、タロウでもタロでも同じじゃない。……分かったよ、タロ。改めて、私はギギ・ル。この偉大なるガラスの精霊の名前、忘れないことね』
「ギギ・ル? ――長くて戦闘中は呼びにくい。略して『ギギ』だな。あと、いま結局タロって言わなかったか?」
『はあ!? ギギって何よ! 今にも壊れそうなブリキの軋み音みたいじゃない! やめてよね、私の名前はギギ・ル! あとあんたはタロ!』
「だめだ。ギギで通す。」
『もうっ! あんたって本当に可愛げがないんだから!』
胸ポケットの中でギギがぷりぷりと怒って足を踏み鳴らす感触が、衣服越しに伝わってくる。だが、文句を言いながらも、二人の魂の波長は、驚くべき精度で急速に噛み合っていった。タロの「明鏡止水」の冷徹な精神が、ギギという精霊の鋭利な本質と、完全に同調していく。
カチリ、と脳の奥で鍵が嵌まる感覚。
次の瞬間、タロの視界が爆発的に拡張された。
ハッチが閉じているのに、機体の外部――広場全体の景色が、肉眼で見るよりも鮮明な「三次元の視界」となって脳内に直接流れ込んできたのだ。
背後で踏み潰された、零戦の残骸。
タロは絡みつく骨の触手を強引に操り、ひしゃげたコックピットの隙間から剥ぎ取ったばかりの『静の写真』を機体内部の、視線の先にそっと固定した。
「よし。静、征くぞ」
タロの呟きに、胸ポケットから顔を出したギギが不敵に笑う。
『フン、その女の子のためにも、無様に死なないでよね、タロ。……来るよ、ギドの「鋼骨騎」が!』
広場の石畳を爆砕しながら、黒い邪気を孕んだ骨の怪物が、その巨大な質量を乗せて突進してくる。大剣が風を切り、タロの乗る機体を縦に一両断にせんと振り下ろされた。
タロは操縦桿を握る代わりに、己の肉体を動かすようにして、機体の「骨」に意思を伝えた。
「鋼骨騎? ギド? ――っ! 力はあるようだが間合いが甘い! 素人が!」
骨の巨人が藍色の光を曳きながら、泥を蹴って跳躍した。




