銀翼の渡来人3
敵将の首が泥に転がった衝撃は、一瞬にして広場の空気を圧殺した。
黒髪の異邦人が見せた、拳銃と日本刀による瞬く間の殺戮。敵の歩兵たちは、頭を失った死体が泥を撥ねて痙攣する様を呆然と見つめ、一歩、また一歩と後退り始める。
だが、戦場に訪れた静寂は、天を裂くような重低音によって破られた。
広場を囲む城壁の向こうから、赤茶けた土煙を吹き上げ、巨大な影が跳躍してきた。
――黒い骨の異形。
人間の、あるいは巨大な鳥類の骨を不気味に組み合わせたような、全高十メートルに及ぶ異形の巨躯。それが凄まじい質量となって広場の中央へと着地した。
地面が大きく波打ち、石畳が激しく爆ぜる。
タロは鋭い視線をその異形へと向け、搭乗員刀を正眼に構え直した。上空から二十ミリ機銃で撃墜した、あの「骨の怪物」の同型機だ。地上の人間を虫ケラのように見下ろすその眼窩には、不気味な赤い燐光が揺らめいている。
骨の怪物は、タロには目もくれず、背後で煙を吹く零戦二一型へとその巨大な足を向けた。
みしり、と嫌な音が広場に響く。
怪物の質量が、無慈悲に零戦の尾翼を踏み躙った。美しい曲線を描いていた超々ジュラルミンの機体が、乾いた音を立ててひしゃげていく。続いて、心臓部である栄エンジンがマウントごと叩き潰され、タロの半身でもあった銀翼の機体は、無残な鉄くずへと変えられていった。
「……っ」
タロの奥歯が、ギリ、と鳴った。
数々の死線を共に潜り抜け、自分をここまで運んでくれた愛機が、蹂躙されていく。
敵の兵たちが、骨の怪物の背後で勝鬨をあげた。
万事休す。生身の人間が、あの鉄と骨の質量に勝てる道理はない。周囲の防衛兵たちも完全に戦意を喪失し、身分の高そうな銀髪の少女もまた、絶望に唇を噛んでその場に崩れ落ちようとしていた。
怪物の赤い眼窩が、今度はタロと少女へと向けられる。
巨大な骨の腕が、二人をまとめて叩き潰すべく、大気を引き裂いて振り下ろされた。
迫り来る死の質量。
だが、タロの心は、不思議なほどに静まり返っていった。
(――明鏡止水)
恐怖も、怒りも、全てを削ぎ落とす。世界が足踏みを始めたかのように緩慢に動き、タロの精神は絶対の零度へと達した。
彼は、踏み潰された零戦の残骸へと視線を走らせた。
ひしゃげた計器盤の隙間、奇跡的に無傷のまま露出していた、許嫁・静の写真。タロは迫る巨腕の影の中で、流れるような動作でその写真を剥ぎ取り、懐へと滑り込ませた。
「まだだ。俺は、ただじゃ死なんぞ!」
漫然とした死を受け入れぬ黒い瞳が、ぎらりと骨の怪物を睨み据えた。
その、極限まで研ぎ澄まされた冷徹な『昂り』の波動が、広場の片隅に放置されていた「もう一機の怪物」へと伝播した。
その瞬間、広場全体の空気が、キィンと高い音を立てて振動した。
その怪物の胸部、埋め込まれた巨大な水晶体のようなガラスが、タロの精神に呼応して猛烈な藍色の光を放ち始めたのだ。タロを襲おうとしていた骨の怪物の腕が、その光の障壁に弾かれるようにして制止する。
『――みぃつけた』
鼓膜からではない。タロの脳髄の奥底に直接、鈴を転がすような、どこか悪戯っぽい少女の声が響き渡った。
『なにあれ、最高。冷たくて、透き通っていて、今にも世界ごと斬り捨てそうなほどに綺麗な魂……! ずっと待ってたよ、新しい私の乗り手!』
「何者だ……!?」
タロが声をあげるより早く、脳内の声は、未だ恐怖に震える銀髪の少女の姿をタロの視界に重ね合わせた。
『私はギギ・ル。この「ガラダイン」に宿る精霊だよ。あそこで震えてる子はゴバの王女、セゼ。言葉が分からなくて困ってたんでしょ? “お願い、誰でもいいから私たちを救って”って、さっきから泣きそうな声でずっと叫んでるよ。……さあ、あんな「出来損ない、私と一緒にトドメを刺しちゃおうよ!』
光の奔流が、怪物の装甲を形成する白い骨へと融解していく。
胸部のハッチが、まるで黒髪の侍を迎え入れるかのように、静かに、力強く開放された。




