異界の騎士達24(第二章完)
しかし、待てど暮らせど、裏門に敵の影が攻め寄せる気配はなかった。
陽光が荒野を白く照らし出す中、生ぬるい風だけが街道を吹き抜けていく。あまりの不自然さに、タロの胸の奥に澱んでいた不吉な予感が確信へと変わった。
「ギギ、上へ行くぞ!」
タロは応急処置を施されたガルの操縦桿を強引に引き絞り、夜明けの空へと機体を跳ね上げた。
上昇する視界の先、ジギ城の全貌が見下ろせる高度に達した瞬間、タロは息を詰まらせた。
正門はすでに完全に破られていた。中に雪崩れ込んだギド帝国の鉄の軍勢が、蟻の群れのように城内を埋め尽くしつつある。そして、やや後方に下がった防衛本陣。そこに直立する、ジギ王の骨董機『ガダイン』の異様な姿がタロの視界に飛び込んできた。
その体中に、これでもかと括り付けられているのは、爆薬を詰めた大きな樽のような塊の数々だった。
タロは戦慄し、ガルの思考伝達機能を通じて、全出力の通信を送り込んだ。
「ジギ王! 何をするおつもりですか!」
混線する精神の向こうから、老兵の豪快な、だがどこか全てを悟ったような笑い声が返ってくる。
「おぉ、ヒムカ殿か! なぁに、少しギドの奴らの度肝を抜いてやろうと思ってな。心配は御無用に願う!」
「いけない! ジギ王、考え直してください! そんなものは、ただ死にに行くようなものです! ……俺も、海軍で決死の覚悟は死ぬほど叩き込まれた。だが、『必死』の戦術は……それだけは違う!」
「ご意見御無用! それでは、サラバだ!」
通信が途絶えると同時に、爆薬の樽を抱いたガダインが、凄まじい骨髄炉の咆哮とともに大空へと飛び立った。
「待て――!」
タロは追い縋ろうとガルを加速させたが、昨夜の損傷で脚部を失い、バランスを欠いた不完全な機体は、空中できりもみ状態となって激しく失速した。高度を維持するのが精一杯のガルの視界の先、老兵の駆る一機が、真っ直ぐにギド軍の本陣へと突き進んでいく。
『セゼ王女を頼んだぞ。あの子は、これからのゴバに必要な御方だ。……それではサラバだ、異界の騎士よ!』
最期の念波が脳裏に響く。
「ジギ王――っ!!」
タロの悲痛な叫びが、虚しく蒼空に木霊した。
ギドの本陣へと突入していくジギ王のガダインに対し、地上の敵軍から一斉に激しい銃撃とバリスタの対空砲火が襲いかかる。装甲を削られ、白煙を吹きながらも、骨董機は怯まない。その行く手を遮るように、昨晩の激戦を生き残っていた四機の『バガロ』が、大剣を振り翳して立ち塞がった。
「ジギの領主を舐めるなよ、雑兵どもが――っ!!」
ジギ王が魅せた空中軌道。それを見たタロは、自らの目をも疑った。
反転、そして滑空。それはまさに、タロ自身が戦場で見せた動きの完全なトレースだった。この世界には本来存在するはずのない、大日本帝国海軍航空隊の、あの空の理合。老兵は、ただ一度手本を見ただけで、己の死に場所においてそれを見事に再現してみせたのだ。
「早く! 早くあの機体を墜としなさい! あんな骨董品の、前時代的なカミカゼ・アタックなど、非効率! 非合理的極まりない!」
本陣の天幕の前で、ドクター・バグがこれまで見せたことのないような醜い金切り声を上げ、狂ったように旗を振って指示を飛ばしているのが見えた。
だが、空の理合を得た老兵を、紛い物の鳥人どもが捕らえられるはずもなかった。
ガダインは空中反転を以てバガロの包囲を鮮やかにすり抜け、全軍の命脈たる物資が集積された中心地へと、弾丸のように突入した。
大質量が地面へと衝突した、まさにその刹那。
世界が、真っ白な大爆発の炎によって塗り潰された。
連鎖的に物資の火薬が誘爆し、凄まじい爆風がギド軍の本陣を容赦なく吹き飛ばしていく。指揮を執っていたドクター・バグの身体が、紙切れのように宙へと投げ出されるのが見えた。
「に、肉弾だと……!? 馬鹿野郎!! ジギ王の、馬鹿野郎――っ!!」
タロは涙ながらに、ガルのコクピットの硬い壁部を何度も拳で殴りつけた。痛覚を共有するガルが、主の悲しみに応じるように切なく駆動音を震わせる。胸ポケットの中のギギも、かけるべき言葉を見つけられず、ただただ深い悲しみと驚愕に満ちた、昏い藍色の光をピキピキと激しく明滅させることしかできなかった。
爆煙がジギ城の空を覆う中、本丸の最上階から、これまで翻っていたジギとゴバの二つの旗が、力なく降ろされていくのが見えた。代わりに掲げられたのは、薄汚れたギド帝国の軍旗。
こうして、多くの命が散ったジギ城攻防戦は、最悪の形で幕を閉じた。
だが、絶望に浸っている時間は一秒たりとも残されていない。
これから始まるのは、一万の帝国地上軍に追われながら、血と泥に塗れて荒野を這い回る、地獄の撤退戦だ。この壊滅的な状況から、一体何人が生きてゴバの土を踏めるだろうか。
(セゼ王女だけは……あの人の命だけは、何があっても必ず生還させてみせる)
タロは、血の滲む己の拳を強く握り締め、亡き老兵との『約束』を果たすべく、冷徹な軍人の目を再び前方の荒野へと向けた。




