異界の騎士達21
(血の昂りに飲まれるな、俺……! 心を落ち着かせろ、明鏡止水だ……!)
タロは沸騰しそうになる自身の血液を精神力だけで押さえ込み、心の中で何度もその言葉を反芻した。
限界を叫ぶ肉体に鞭を打ち、ガルを敵の渦へと飛び込ませる。
ドクター・バグの手によって、神話生物の骨から採取された異界の霊的因子を他の生物に埋め込み、強引に急成長させた量産型鋼骨騎『バガロ』。それは所詮、造り物の紛い物に過ぎず、一機あたりの出力は純然たる神話生物の遺骨から生み出されたガラダインの足元にも及ばない。
だが、紛い物とはいえ一機で騎士千人を屠るだけの質量兵器。それが十機という数の暴力となって押し寄せていた。しかし、ガルの秘める純血の出力は、それを遥かに凌駕する。
両腕の隠し銃を撃ち尽くしたバガロたちは、もはやただの大きな的に過ぎなかった。タロの冴え渡る操縦技術に追従するガルの大太刀が、夜空に白刃の軌跡を描くたび、異形の鳥人どもが骨殻を砕かれ、次々と大地へと還っていった。
「あと、四機……!」
「タロ! もう少しだよ! 後ろから二機来る!」
胸ポケットから半身を乗り出したギギが、切迫した輝きを放ちながら叫ぶ。
タロは体内の焼けるような熱量に視界を赤く染めながらも、機体を力任せに反転させた。迫り来る二機のバガロの重い大剣を大太刀の腹で受け止め、強引にその軌道を払いのける。さらに、死角である真後ろから肉薄せんとしていた別のバガロに対し、刀を肩に担ぎ直す動作のまま、太刀先を後方へと鋭く突き出して接近を牽制した。
(――待て、もう一機いるはずだぞ!?)
「タロ! 下よ! 下! きゃーっ!」
ギギの悲鳴と同時に、三機に意識を奪われていた隙を突かれ、下方からの猛烈な体当たりがガルの下半身を直撃した。
凄まじい衝撃。神経接続を通じて、自身の足がへし折られたかのような激痛がタロの脳髄を突き抜ける。コクピットが上下に激しく揺れ、視界が激しく歪んだ。
(やられた……これまでか。せめて、地上に降りないと……!)
ガルの脚部は完全に砕け、もはや空中姿勢を維持することは困難だった。タロは無事な上半身の出力を絞り出し、大太刀を周囲へ狂ったように振り回して敵との距離を強引に引き剥がす。そのまま残された翼を大きく翻し、失速寸前の高度でジギ城の格納庫へと滑り込むように機体を向けた。
(せめて……バリスタの援護が届く射程まで……)
「タロ、あいつら、追ってこないよ?」
ギギの掠れた声に、タロは重い瞼をわずかに持ち上げた。
「え……?」
ガルの網膜センサーが捉えた後方の景色――残されたバガロたちが、追撃の手を止め、次々と力なく地上へと落下していく姿があった。
(そうか……。あの紛い物どもも、時間切れか……。ギギ、後は頼んだ……)
「タロ、お疲れ様。この子は私がちゃんと帰してあげるから、安心して休んでね……」
ギギのガラスの身体から、タロを包み込むような、深く優しい、穏やかな光が溢れ出る。
それを最期に、タロの意識は完全に途絶えた。体内を極限まで焼き尽くした血の沸騰の呪いに耐えかね、糸の切れた人形のように操縦席のシートへと昏倒したのだった。
ギギにコントロールされたガルが、深い夜闇の中を滑空し、静まり返った格納庫の床へと滑り込むように着地する。
タロの獅子奮迅の働きにより、空を埋め尽くしていた敵の鋼骨騎は一機残らず駆逐された。
しかし、ジギ城に安息の時間は与えられなかった。
鋼骨騎たちの戦いが幕を閉じたその瞬間、城壁の遥か彼方から、大地を揺るがす無数の足音が響き始めた。地平線を埋め尽くす、ドクター・バグが放った一万近くの帝国地上軍。
守護者たちを失い、静まり返るジギ城を完全に圧殺せんと、鉄の軍勢がじわじわと、確実にその歩みを進めていた。




