異界の騎士達20
ジギ城の全域が、血と硝煙の匂いに完全に包まれていた。
骨董品のガダインを駆って獅子奮迅の戦いを見せたジギ王だったが、老齢の肉体は鋼骨騎を駆る者の宿命たる「血の昂りの呪い」に瞬く間に蝕まれていった。全身の激しい倦怠感と絶え間ない吐血に見舞われた領主は、側近たちの手によって早々に後退を余儀なくされる。
その背中を見送りながら、ゾガのガラダインとゼグのガダインは、未だ城壁に取り付こうとうごめくバガロの群れと、文字通りの死闘を繰り広げていた。
「あー! アニキが! 助けに行かなきゃ!」
通信越しに響くゼグの悲鳴に近い叫び。十機の増援に包囲されたタロのガルを見上げ、若き騎士は取り乱していた。
「ダメだ! タロさんとの約束を忘れたのか! ここを離れるんじゃない!」
ゾガの鋭い一喝が遮る。
「でも――」
「でももだってもない! ほら、そっちへ行ったよ!」
ゾガの叱咤に応じるように、ゼグは肺腑の底から咆哮を上げた。ガダインの巨躯を狂ったように躍動させ、大剣を荒々しく振り回して肉薄するバガロの包囲を強引に追い散らしていく。
「ゼグも、中々やるようになったじゃないか……!」
その奮闘にゾガが感心の声を漏らす。
「へへ、タロのアニキや、ジギ王に扱かれたからな……あ、ぐぅっ……!?」
突然、ゼグの声が苦悶の呻きへと変わった。
「ゼグ? ゼグ!」
返事はなかった。限界を超えた激戦の代償として、若き騎士の体内でもまた、恐るべき呪いが牙を剥いたのだ。文字通り体内の血液が沸騰する狂おしい熱量に耐えかね、ゼグは意識を失い、操縦席の中で昏倒した。
制御を失い、斜めに傾ぐゼグのガダイン。それを、ゾガのガラダインが強引にその剛腕で抱きしめるようにして受け止め、地上の石畳へと静かに降ろした。
ゾガは操縦席から身を乗り出すと、機体の装甲を自慢の怪力でむしり取るようにこじ開け、内部からぐったりとしたゼグを引きずり出す。
「早くしろ! 担架だ!」
駆けつけた城兵たちに向かって、ゾガはゼグの身体を乱暴に、しかし確実に放り渡した。
すでに、ゾガ自身の肉体にも呪いの兆候は現れていた。衣服の隙間から不気味な脂汗が滲み、呼吸は浅く震えている。それでも彼女は、昏くなりかける意識を自らの舌を噛み切ることで繋ぎ止め、再びガラダインの操縦席へと這い上がった。
夜空へと羽ばたくその機体の主兵装たる大剣は、すでに半ばから無残に折れ飛んでいる。だがゾガは怯まなかった。地上に転がっていた敵バガロの残骸から、ボロボロの大剣を力任せに掴み上げ、迫り来る敵群に向けて高々と掲げて見せたのだ。
「さぁ……死にたい奴からかかってきな……! ――あら?」
眼前の視界が、急激に暗転していく。
「誰も……居ない……の……か……。すまん……タロさ……」
限界だった。力なく四肢を脱力させたガラダインの巨躯が、重力に引かれるまま、城壁の内側へと激しく墜落していった。
◇
同じ頃、遠方の丘陵で再び長大な望遠鏡を覗き込んだドクター・バグは、その薄い唇を満足げに歪めていた。
「くふふふ……。さぁ、相手は後一機。あのカミカゼ・ジャップだけですね。今です、全軍攻撃開始」
バグが細い指先を静かに振り下ろすと、それを合図に、闇の中に潜んでいた一万の帝国兵が一斉に足並みを揃え、地鳴りのような行軍の音を響かせ始めた。
バグは、傷つき、命からがら逃げ帰ってきた騎士ザガの姿を一瞥した。その瞳には、一欠片の同情も、戦士への敬意も存在しない。
「どうぞ、ゆっくりとお休みください、騎士殿」
吐き捨てるようにそれだけを伝えると、バグは再び興味を失ったように望遠鏡へと目を戻す。
「き、貴様……! 命をかけて戦った者への、それが態度か……! ぐふぉっ!」
ザガは激昂しようとしたが、激しい呪いの拒絶反応により、大量の鮮血を口から噴き出してその場に崩れ落ちた。
バグは、床に這いつくばって苦悶するザガの頭部を、自らの革靴の踵で容赦なく踏み躙った。
「だから、何度も申したでしょう? 私の作戦通りに動けと。何ですか、一騎打ち? 非合理、かつ非効率の極みです。戦うことしか知らぬ獣は、獣らしく地に這いつくばって休んでいてください。……ここからは、数字が物を言う戦いです。個の力などという不確かなものが及ばない、崇高な数字の世界ですよ。誰か、騎士殿を天幕へ」
血を吐き散らしながら、バグの冷徹な眼鏡の奥に向けて呪詛に満ちた瞳を向けるザガだったが、駆けつけた数人の兵たちによって、床を引きずられるようにして連れ出されていった。
「殺してやる……必ず、貴様を……!」
遠ざかっていくその負け犬の遠吠えを、バグは完全に聞き流しながら、再び同じ渡来人の孤軍奮闘する夜空へと望遠鏡の焦点を合わせるのだった。




