異界の騎士達19
「そこだ!」
ザガの咆哮とともに、ドル・ゾの腕部から二本の大振りな矢が相次いで放たれた。漆黒の夜闇を引き裂き、鋭い風切り音を伴ってガルの肉薄する軌道へ殺到する。
「甘い! 同じ手は二度喰わん!」
タロは視界を過る死線を見据え、限界まで神経を研ぎ澄ました。ガルの大太刀が半円を描き、迫る矢尻を正確に叩き落とす。火花が飛び散り、闇に弾け飛んだ。
すかさずタロは、零戦から移植した、使い慣れた光像式照準器(九八式射爆照準器)のレティクルへと片目を寄せた。ガルの右腕に新設されたバリスタの照準線が、急進するドル・ゾの胴体を完全に捕らえる。
(軌道が直線的すぎるぜ、異界の騎士さんよ)
右腕の筋肉を緊張させ、強弓を引き絞って放つイメージを神経接続を通じてガルへと叩き込む。
放たれた強烈な矢が、ドル・ゾの骨の翼の基部を容赦なく射抜いた。
体勢を大きく崩す敵機。タロの身体はすでに次の挙動に移っていた。ガルの脚部ラックから次の矢を引き抜き、流れるような動作でバリスタへとつがえる。
(トドメだ――)
引き金に指をかけたその時、タロの網膜に飛び込んできたのは、不気味に蠢く十の影だった。丘陵の死角から這い出てきた、バガロの増援部隊。
「くそ、まだ隠してやがったのか! ゾガさん! ここは俺が食い止める!」
「無茶だ! あんな数は、いくらタロさんでも――!」
「俺じゃないと、このガルじゃないと、これだけの数は捌ききれない! 残りを追い散らし、ジギ王やゼグと合流してくれ。陣形を崩さずに城を守るんだ!」
通信の向こうで、ゾガが一瞬の沈黙を挟み、絞り出すように応じた。
「タロさん……相打ちとか、そういう不条理なのは無しだぜ?」
「無論だ」
タロはふっと息を吐き、視線を胸ポケットへと落とした。
「さて、ギギ。少し荒っぽくやるぞ。もし俺が、あの『血の昂りの呪い』に飲まれそうになったら……その時はガルを上手く地上に降ろしてくれ」
胸ポケットから顔を出したガラスの精霊は、その硬質な顔を変えることなく、しかし体躯の奥底で、かつてないほど緊迫した深紅に近い光を激しく明滅させていた。
「わかったけど……タロ、本当にやるの?」
「あぁ。皆を守る」
「……わかったわよ! 気絶した後は私に任せなさい。あんな鋼骨騎の紛い物、徹底的にやっっちゃえ!」
「おう!」
前方では、翼を大きく損傷したザガのドル・ゾを、他の二機が左右から抱え込むようにして、這う這うの体で後方へと退却していくのが見えた。
(ザガを戦線から離脱させられたのだけが、唯一の救いだな。さぁ、来い――!)
タロはガルの操縦桿を両手で強く握り締め、全身の神経を骨の翼へと注ぎ込んだ。
「大日本帝国海軍一等飛行兵曹、日向太郎――参る!」
ガルが大きく骨の翼を羽ばたかせ、夜気を激しく引き裂く。大太刀を右肩に担ぎ、一直線に十機のバガロへと突撃を敢行した。対する敵機もまた、粗末な大剣を構えて迎撃の態勢を取る。
激突の瞬間――。
すれ違いざまの一閃。ガルの大太刀が、先頭のバガロを胴体から一刀両断にした。肉肉しい骨の破片を散らしながら崩壊する敵機を余所に、タロは離脱の瞬間を利用して右腕のバリスタを至近距離で発射。追従していたもう一機の頭部を正確に撃ち抜いた。
そのまま、急激な上昇旋回をかけながら、ガルの指先が三発目の矢をバリスタへ装填する。海軍航空隊で鍛え上げられた、極限の空中機動の極致だった。
またたく間に二機を葬られたバガロの群れは、動揺したように左右へと分かれ、タロのガルを包囲するように展開した。
(お前らの機体には、飛び道具が無いのは百も承知だぜ)
タロが包囲を狂わせるべく、急降下へと機体を傾けた、まさにその刹那だった。
周囲のバガロたちが、一斉にその左腕をタロへと突き出した。
直後、夜の静寂を切り裂く、激しい発砲音が鼓膜を打つ。
強烈な衝撃が、ガルの機体を襲った。軽量化のために装甲を限界まで削ぎ落としたガルの骨殻に、それを防ぐ術は皆無だった。
「まさか……腕部に、銃が……っ」
タロは奥歯を噛み締め、ガルとの神経接続を確かめるように右手の指を動かした。機体の右腕もまた、わずかに遅れてその拳を握りしめる。伝達系は死んでいない。
(まさかとは思うが、単発式だよな……?)
だが、タロの淡い期待はすぐに半分打ち砕かれた。
バガロたちは間髪入れず、今度は右腕を突き出してきたのだ。
再び走る無数の閃光。連続する硝煙の破裂音とともに、容赦のない鉄の礫がガルの機装を容赦なく穿ち、破片がコクピットのタロの肌をかすめていく。
「やってくれるな……!」
「タロ! 血が!」
胸ポケットのギギが、恐怖を示すせわしない光を明滅させながら叫んだ。
「大丈夫だ、ただのかすり傷だ!」
タロは顔に流れる熱い液体を手の甲で拭い、冷徹な目を前方へ据えた。
「ギギ、ここから少し集中する。アイツらの動きを見て、後ろから接近してくる奴の情報だけを伝えてくれ!」
「わ、わかったわ……!」
ギギの体躯が、戦場の推移を追うように忙しなく明滅を繰り返す。
タロは操縦桿を引き絞り、ガルの全出力を解放した。
「さて、お返しの時間だ!」




