異界の騎士達17
夕暮れの格納庫は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った空間で、ガラスの精霊ギギはゼグの肩から離れ、タロの飛行服の胸ポケットという、いつもの定位置へと滑り込んだ。硬質な質感はそのままに、その体躯の奥底で、我が家に帰ったかのような安堵を示す、穏やかで柔らかな藍色の光が小さく明滅している。
タロはジギ王と交わした「裏門の死守」という約束の真意を測りかね、思考の海を彷徨っていたが、限界を迎えた肉体に抗えず、やがて深い眠りへと落ちていった。
地平線に完全に日が沈み、漆黒の夜が世界を塗り潰した、まさにその瞬間だった。
闇に紛れ、太陽の残照を背に受けながら、十一機もの鋼骨騎の大群が、牙を剥いてジギ城へと殺到した。
「敵襲――! 敵襲――っ!」
「ギドの鋼骨騎だ! 数は十一!」
「バリスタを用意しろ! 弓じゃ奴らの骨殻(装甲)には効かんぞ!」
城兵たちの引き裂かれたような悲鳴。それを圧殺するように、城壁の各所で立て続けに激しい爆発音が炸裂し、大地を激しく震わせた。
衝撃で跳ね起きたタロは、状況を瞬時に把握すると同時に、全速力で『ガル』のコクピットへと飛び込んだ。
暗鳴の操縦席に滑り込み、神経接続の触手を首筋に這わせる。感覚が拡張され、ガルの巨体が己の肉体と化していく。
隣の区画では、ゾガの『ガラダイン』、そしてゼグの『ガダイン』が相次いで咆哮を上げ、昏い眼光を灯した。
だが、起動した駆動音は三つではなかった。もう一機、格納庫の最奥に眠っていた巨躯が、重々しい地鳴りを立てて立ち上がる。
「ゾガさん、あれは……!?」
タロは念話越しに叫んだ。
「あれはジギに唯一残されているガダインだよ! 二十年前に造られた、とんだ骨董品さ!」
「誰が乗っているんだ?」
その疑問に答えたのは、驚くほど太く、威厳に満ちた老兵の声だった。
「私だ、ヒムカ殿!」
「ジ、ジギ王……!?」
タロは思わず息を呑んだ。まさか一国の領主が、みずから前線に立つなど。
「ひぇっ……!」
通信の向こうで、ゾガとゼグが同時に言葉を失い、喉を鳴らすのが聞こえる。
対照的に、タロの胸ポケットから首を覗かせたギギは、そのガラスの体躯の内側で、沸き立つような興奮の極彩色をせわしなく明滅させていた。
「すっごぉぉい! 王様自ら戦うのぉ?」
「私とて、かつてはこのガダインを駆って数々の敵を撃ち倒し、この地を切り拓いて領主となった身だ!」
骨董品の巨躯を軋ませながら、ジギ王の機体が前へと進み出る。
「ギドの連中が造り出した、鋼骨騎の紛い物ごときに遅れは取らんよ。さあ、無駄話は後だ! 行くぞ!」
「は、はい……! 援護します!」
タロは操縦桿を握り締め、ガルの骨の翼を鋭く展開した。
「背中を任せたぞ、ヒムカ殿! そして、渡来人の戦技、間近で学ばせてもらおう!」
格納庫の大扉が開き、夜空へと向かって四機の鋼骨騎が次々と羽撃いた。
迎え撃つギド軍の鋼骨騎の群れ。その先頭で、一際禍々しいオーラを放つ機体が、月光を浴びて不気味に静止していた。
そのコクピットから、憎悪に満ちた声が響き渡る。
「タロ・ヒムカ……! あの時の雪辱、片時も忘れたことはないぞ! 今度こそ貴様の首を、我が手で貰い受ける! いざ!」
「出たな騎士ザガ・フォン・ディキテンスタイン」
タロは冷徹に眼前の敵を見据え、ふっと口元を歪めた。
「あの時、未完成だった機体に負けた奴が、よく言うぜ」
「そうだそうだー!」
ギギが胸ポケットの中で、調子を合わせるように勝ち誇った輝きを放つ。
星々の瞬く暗闇のなか、神話生物の遺骨より生み出された異形の鳥人たちが、互いの翼を広げる。
歴史の狭間で交わることのなかった未知なる空中戦が、今、幕を開けた。




