異界の騎士達16
ジギ城から数里離れた荒野に築かれた、ギド帝国遠征軍の本陣。
天幕の中、ドクター・バグは前線から持ち込まれた報告書を指先で弾き、酷く苛立った声を上げた。
「それで、おめおめと勝手に退却をしたのですか?」
声音は静かだが、だからこそ底冷えするような侮蔑が混じっている。
尋問を受ける前線の将軍は、屈辱に顔を歪めながらも弁明を試みた。
「は……ジギ側にも新型の『銃』が存在することが判明いたしました。一度体制を立て直すべく、軍を引かせた次第にあります」
「馬鹿なんですか?」
バグは眼鏡のブリッジを押し上げ、冷酷な視線を容赦なく突き刺した。
「そんな新兵器が本当に量産されているのなら、初戦の段階から投入しているはずでしょう。あるいは、もし……万が一存在したとしても、ごく少数。対して、こちらの兵力は相手の十倍を数えるのです。にもかかわらず、確証もない脅威に怯えて勝手に兵を引くなど、非合理、かつ非効率の極みです」
将軍の顔から完全に血の気が引いた。軍規の厳格な帝国において、軍師たるバグの不興を買うことは死を意味する。
張り詰めた空気を破ったのは、傍らで戦況図を眺めていた騎士ザガの、低く濁った笑い声だった。
「まあまあ。戦を知らぬ学者様の意見ですな?」
ザガは肩をすくめ、あからさまにバグを挑発するように言葉を継ぐ。
「我々兵士は、最前線で現に血を流しているのですよ。未知の武器の存在に警戒を怠らないのは、将帥として当然の判断。将軍の慧眼には、我等も頭が下がる思いですな」
助け舟を出された将軍の目に、微かな安堵が浮かぶ。
「ザガ殿……」
バグは深く息を吐き、不愉快そうに口元を歪めた。
「はぁ、まあ良いでしょう。ここで前線兵の信頼が厚い将軍を処罰することは、軍の継戦能力を鑑みても非合理的ですからねぇ。しかし、次は必ず『合理的』に判断してくださいよ? 下がってください」
「はっ……!」
将軍はザガに目配せをすると、促されるように足早に軍幕を後にした。
ザガと将軍の背を見送らずバグは吐き捨てるように呟いた。
「まったく、知恵の無い猿どもめ。火に怯える獣と変わりありませんね。はぁ、非合理、非合理だ」
だが、すぐにその不機嫌な顔は、歪んだ愉悦へと変わっていく。
「まあいい。相手も今頃は安堵して、すっかり力が抜けている頃合いでしょう。もうすぐ夕暮れですね……。仕上げと行きましょうか」
傾きかけた陽光を浴びて、バグの眼鏡の奥の瞳が、冷徹な光を湛えて細められた。
◇
城壁での激戦から半刻後。
ジギ城の『王の間』の空気は、戦場の硝煙とは異なる、重苦しい沈黙に支配されていた。
タロとゾガは、居並ぶ衛兵たちに厳重に取り囲まれている。その正面、豪奢な椅子に深く腰掛けているのは領主ジギ王、そしてその隣には、ゴバ王国からの救援軍を率いる、セゼ王女の姿があった。
(さてさて、打ち首か、それとも営倉行きかな……?)
タロは視線だけを隣の女騎士に送り、声に出さずに唇を動かした。
(まあ、ジギの王様もそこまで青筋を立てちゃいない。大丈夫だろ?)
ゾガもまた、大剣を預けた身軽な体躯を僅かに揺らし、小声で応じる。
玉座のジギ王が、重々しく口を開いた。
「さて。君たち二人には、後方での待機を命じていたはずだが? 見事な大暴れだったな。ここからもしっかりと見物させてもらったよ」
タロは背筋を伸ばし、軍人としての居住まいを正した。
「あ、ありがたきお言葉を」
「だが!」
ジギ王の怒声が、広い空間に響き渡る。
「軍規違反は軍規違反だ!」
「はい。いかなる処分も、慎んでお受けいたします」
タロが静かに頭を下げると、ジギ王はふっと表情を和らげ、息を吐き出した。
「と言いたいところだが、あいにくと君たちのおかげでこの城が持ち堪えたのもまた事実。それに、我が同盟国たるセゼ王女の私兵を、私が勝手に処罰するわけにもいかぬ。だからこそ……このジギ王から直接命じられること、いや、一つ約束をして欲しいのだ」
「約束……ですか?」
不意の言葉に、タロは眉をひそめた。
「そうだ」
ジギ王は立ち上がり、背後の戦術地図を指し示した。
「明日の朝、日の出とともに、ゴバ王国からの救援軍は城の裏門……すなわち、ゴバ王国へと続く街道方面の守備に就いてほしい」
「え……?」
タロの隣で、ゾガが困惑の声を漏らした。
「裏門ですか? それでは、せっかくの援軍の意味が――」
「いや」
ジギ王はそれを遮るように、厳かに首を振る。
「今日の戦いで、我が軍の多くの兵が傷ついた。敵は明日、必ずやこの城を完全に包囲する構えで攻め寄せてくるだろう。だからこそ、手薄となる裏門の死守こそ、信頼できる君たちに任せたいのだ。……良いですな、セゼ王女?」
話を振られたセゼ王女は、凛とした表情で深く一礼した。
「はい、ジギ王の命ずるままに。裏門は我等ゴバ王国の騎士たちによって、必ずや守ってみせます」
「それで良い。この約束を、どうか守って欲しいのだ、ヒムカ殿」
真っ直ぐに向けられた王の視線に、タロは一瞬の躊躇ののち、右手をこめかみへと跳ね上げた。
「は、はい。王の直々の頼みとあれば」
「よろしい。それでは疲れただろう。警戒は解けぬが、今のうちに少し休んでくれたまえ」
「はっ!」
鋭い敬礼を残し、タロとゾガは王の間を退出した。
重い扉が閉まると同時に、ゾガが誇らしげにタロの肩を小突いた。
「ほら、アタシの言った通りだろ? お咎めなしさ」
「まあ、確かに……」
タロは歩を緩め、鈍く光る石床を見つめた。
「だが……何か引っかかるんだ」
「何がさ?」
「何とは、うまく言えないが……」
タロの脳裏に、先ほどのジギ王の、どこか視線を逸らすような妙な間が蘇る。
「王の考えそのものは正しい。包囲殲滅を狙う敵に対して、退路となる裏門を固めるのは鉄則だ。だが、何故『今』なんだ? 前線が削られたのなら、より激戦が予想される左翼の守りに俺たちを就けるのが、戦術としては合理的だろう?」
「んー、難しいことはアタシにゃわからんけどさ」
ゾガは首の後ろで手を組み、気楽そうに息を吐いた。
「それだけ大事な場所だってことだろ? まあ、軍規違反を許されたんだ。その『約束』ってやつ、きっちり守ろうや」
「あ、あぁ……」
タロは腰の拳銃の冷たい感触を確かめながら、生ぬるい夜気が満ち始めた廊下を進む。胸の奥に澱のように溜まる、言い知れぬ不穏な予感を抱えたまま、二人は薄暗い格納庫へと戻るのだった。
現実世界が忙しいので、一週間ほど投稿お休みします。




