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ガランド戦記  作者: 拝頼人
2章:異界の騎士達-ジギ城攻防戦-
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異界の騎士達16

ジギ城から数里離れた荒野に築かれた、ギド帝国遠征軍の本陣。

 天幕の中、ドクター・バグは前線から持ち込まれた報告書を指先で弾き、酷く苛立った声を上げた。


「それで、おめおめと勝手に退却をしたのですか?」


 声音は静かだが、だからこそ底冷えするような侮蔑が混じっている。

 尋問を受ける前線の将軍は、屈辱に顔を歪めながらも弁明を試みた。


「は……ジギ側にも新型の『銃』が存在することが判明いたしました。一度体制を立て直すべく、軍を引かせた次第にあります」


「馬鹿なんですか?」


 バグは眼鏡のブリッジを押し上げ、冷酷な視線を容赦なく突き刺した。


「そんな新兵器が本当に量産されているのなら、初戦の段階から投入しているはずでしょう。あるいは、もし……万が一存在したとしても、ごく少数。対して、こちらの兵力は相手の十倍を数えるのです。にもかかわらず、確証もない脅威に怯えて勝手に兵を引くなど、非合理、かつ非効率の極みです」


 将軍の顔から完全に血の気が引いた。軍規の厳格な帝国において、軍師たるバグの不興を買うことは死を意味する。


 張り詰めた空気を破ったのは、傍らで戦況図を眺めていた騎士ザガの、低く濁った笑い声だった。


「まあまあ。戦を知らぬ学者様の意見ですな?」

 ザガは肩をすくめ、あからさまにバグを挑発するように言葉を継ぐ。


「我々兵士は、最前線で現に血を流しているのですよ。未知の武器の存在に警戒を怠らないのは、将帥として当然の判断。将軍の慧眼には、我等も頭が下がる思いですな」


 助け舟を出された将軍の目に、微かな安堵が浮かぶ。


「ザガ殿……」


 バグは深く息を吐き、不愉快そうに口元を歪めた。


「はぁ、まあ良いでしょう。ここで前線兵の信頼が厚い将軍を処罰することは、軍の継戦能力を鑑みても非合理的ですからねぇ。しかし、次は必ず『合理的』に判断してくださいよ? 下がってください」


「はっ……!」

 将軍はザガに目配せをすると、促されるように足早に軍幕を後にした。


 ザガと将軍の背を見送らずバグは吐き捨てるように呟いた。


「まったく、知恵の無い猿どもめ。火に怯える獣と変わりありませんね。はぁ、非合理、非合理だ」


 だが、すぐにその不機嫌な顔は、歪んだ愉悦へと変わっていく。


「まあいい。相手も今頃は安堵して、すっかり力が抜けている頃合いでしょう。もうすぐ夕暮れですね……。仕上げと行きましょうか」


 傾きかけた陽光を浴びて、バグの眼鏡の奥の瞳が、冷徹な光を湛えて細められた。


 ◇

 城壁での激戦から半刻後。

 ジギ城の『王の間』の空気は、戦場の硝煙とは異なる、重苦しい沈黙に支配されていた。

 タロとゾガは、居並ぶ衛兵たちに厳重に取り囲まれている。その正面、豪奢な椅子に深く腰掛けているのは領主ジギ王、そしてその隣には、ゴバ王国からの救援軍を率いる、セゼ王女の姿があった。


(さてさて、打ち首か、それとも営倉行きかな……?)

 タロは視線だけを隣の女騎士に送り、声に出さずに唇を動かした。


(まあ、ジギの王様もそこまで青筋を立てちゃいない。大丈夫だろ?)

 ゾガもまた、大剣を預けた身軽な体躯を僅かに揺らし、小声で応じる。


 玉座のジギ王が、重々しく口を開いた。


「さて。君たち二人には、後方での待機を命じていたはずだが? 見事な大暴れだったな。ここからもしっかりと見物させてもらったよ」


 タロは背筋を伸ばし、軍人としての居住まいを正した。


「あ、ありがたきお言葉を」

「だが!」

 ジギ王の怒声が、広い空間に響き渡る。


「軍規違反は軍規違反だ!」


「はい。いかなる処分も、慎んでお受けいたします」


 タロが静かに頭を下げると、ジギ王はふっと表情を和らげ、息を吐き出した。


「と言いたいところだが、あいにくと君たちのおかげでこの城が持ち堪えたのもまた事実。それに、我が同盟国たるセゼ王女の私兵を、私が勝手に処罰するわけにもいかぬ。だからこそ……このジギ王から直接命じられること、いや、一つ約束をして欲しいのだ」


「約束……ですか?」

 不意の言葉に、タロは眉をひそめた。


「そうだ」

 ジギ王は立ち上がり、背後の戦術地図を指し示した。


「明日の朝、日の出とともに、ゴバ王国からの救援軍は城の裏門……すなわち、ゴバ王国へと続く街道方面の守備に就いてほしい」


「え……?」

 タロの隣で、ゾガが困惑の声を漏らした。


「裏門ですか? それでは、せっかくの援軍の意味が――」

「いや」

 ジギ王はそれを遮るように、厳かに首を振る。


「今日の戦いで、我が軍の多くの兵が傷ついた。敵は明日、必ずやこの城を完全に包囲する構えで攻め寄せてくるだろう。だからこそ、手薄となる裏門の死守こそ、信頼できる君たちに任せたいのだ。……良いですな、セゼ王女?」


 話を振られたセゼ王女は、凛とした表情で深く一礼した。


「はい、ジギ王の命ずるままに。裏門は我等ゴバ王国の騎士たちによって、必ずや守ってみせます」


「それで良い。この約束を、どうか守って欲しいのだ、ヒムカ殿」


 真っ直ぐに向けられた王の視線に、タロは一瞬の躊躇ののち、右手をこめかみへと跳ね上げた。


「は、はい。王の直々の頼みとあれば」


「よろしい。それでは疲れただろう。警戒は解けぬが、今のうちに少し休んでくれたまえ」


「はっ!」

 鋭い敬礼を残し、タロとゾガは王の間を退出した。

 重い扉が閉まると同時に、ゾガが誇らしげにタロの肩を小突いた。


「ほら、アタシの言った通りだろ? お咎めなしさ」

「まあ、確かに……」

 タロは歩を緩め、鈍く光る石床を見つめた。


「だが……何か引っかかるんだ」

「何がさ?」


「何とは、うまく言えないが……」

 タロの脳裏に、先ほどのジギ王の、どこか視線を逸らすような妙な間が蘇る。

「王の考えそのものは正しい。包囲殲滅を狙う敵に対して、退路となる裏門を固めるのは鉄則だ。だが、何故『今』なんだ? 前線が削られたのなら、より激戦が予想される左翼の守りに俺たちを就けるのが、戦術としては合理的だろう?」


「んー、難しいことはアタシにゃわからんけどさ」

 ゾガは首の後ろで手を組み、気楽そうに息を吐いた。


「それだけ大事な場所だってことだろ? まあ、軍規違反を許されたんだ。その『約束』ってやつ、きっちり守ろうや」


「あ、あぁ……」

 タロは腰の拳銃の冷たい感触を確かめながら、生ぬるい夜気が満ち始めた廊下を進む。胸の奥に澱のように溜まる、言い知れぬ不穏な予感を抱えたまま、二人は薄暗い格納庫へと戻るのだった。

現実世界が忙しいので、一週間ほど投稿お休みします。

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