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ガランド戦記  作者: 拝頼人
2章:異界の騎士達-ジギ城攻防戦-
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異界の騎士達15

降り注ぐ双方の火矢が、黒煙を巻き上げながら空を不気味に染め上げていた。


 城壁の上からは、押し寄せる敵兵を叩き落とす防衛兵たちの怒号と、梯子ごと反転して真っ逆さまに墜ちていく者たちの悲鳴が交錯している。絶え間なく飛来する投石の礫が石壁を削り、砕けた破片が容赦なく肉を裂く。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図が、すぐ頭上で繰り広げられていた。


「我慢ならん……!」

 薄暗い格納庫の中で、タロは奥歯を激しく噛み締めた。


 拳を握り締め、背後に佇む新生『ガル』を見上げる。出力不足の有象無象を蹴散らすだけの力が目の前にあるというのに、上層部からの出撃命令は未だ下りない。じりじりと胸を焼かれるような焦燥が、タロの全身の血を昂らせていた。


「ガルで出られないなら、俺がこの足で行く!」


「待ってくださいよアニキ! それだけは止められているんです!」


 若き騎士ゼグが、必死の形相でタロの飛行服の袖に縋り付いてきた。


 だが、死線を幾度も潜り抜けてきた男の馬力を、若いだけの騎士が止められるはずもない。タロは引き絞った弓の弦を放つように、無駄のない身体の捌きでゼグの手首を捕らえ、そのまま背負うようにして前方へと鮮やかに投げ飛ばした。


 乾いた砂埃を上げて、ゼグの身体が格納庫の床を転がる。

 そのまま重い木扉へ足を向けようとしたその時、背後から鋭い制止の声が響いた。


「タロさん、ダメだ!」

 振り返れば、女騎士ゾガが毅然とした態度で立っていた。タロはふっと短く息を吐き、冷徹な軍人の目を彼女に向ける。


「止めないでくれ、ゾガさん。同盟国の兵が見殺しにされるのを、指を咥えて黙って見ていられるほど帝国海軍軍人は非情には出来ていない」


「違うよ」

 ゾガは獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべ、自身の背丈ほどもある大剣を肩に担ぎ直した。


「アタシも連れてけって言ってるのさ!」

「ゾガの姐さんまで……!」

 床から跳ね起き、服の埃を払いながらゼグが絶望的な声を上げる。しかし、すぐに何かを覚悟したように拳を握り締めた。


「じゃあ、俺も――」


「アンタは」

「お前は」

 タロとゾガの声が、見事なまでに重なった。

「「留守番だ!」」


「そんな――っ!」


 ゼグが天を仰いで情けない声を上げる。タロはその若い肩を、硬い手掌で強く叩いた。

「何かあったら知らせてくれ。いつでもガルは出撃可能だ。大切な伝令を任せる」


「――だとよ、ゼグ? 用事があったら必死で走って知らせに来な! さぁ行くよタロさん、軽く準備体操と行こうじゃないか!」


 ゾガが鼻を鳴らし、豪快に笑う。タロも腰の搭乗員刀の鯉口を切り、南部式拳銃の感触を確かめると、城壁へと続く階段へ向かって駆け出した。


「あーもう、知らないっすからね! 後で偉い人たちに怒られても!」


 背後でゼグが頭を抱えて叫ぶ声が遠ざかる。

 ふと、格納庫の隅で退屈そうに爪を眺めていたガラスの精霊が、小さな羽をきらめかせた。


「ギギの姐さんは行かないんすか? アニキたち、行っちゃいましたよ」


 残されたゼグが、頼りなげにギギを見上げる。

 ギギのガラスの身体の奥から、ピキピキと細かく尖った、せわしない光が明滅した。不満のサインだ。


「あんな血と煙と、むさ苦しい鉄の匂いがするところなんて、私が行ったらガラスの体が汚れるじゃない? ……あーあ、タロのやつ、私を置いてさっさと行っちゃってさ。座り心地はタロの胸ポケットの方が上だけど……まぁ、いいわ。あんたの肩の上に座ってあげるから、ありがたく思いなさいな?」


「は、はぁ? 俺の肩っすか!?」

 手のひらサイズのギギが、ふわりと宙を舞い、ゼグの頑丈な肩当ての上にちょこんと腰を下ろした。冷ややかなガラスの質感が衣服越しに伝わり、ゼグは首をすくめる。


「動くんじゃないわよ、落っこちたら承知しないんだから。さあ、大人しくタロたちの戦いを見守るわよ、ゼグ」


「は、はぁ……?」

 格納庫に取り残されるゼグの呆然とした声を背に、タロたちの視界は一気に開けた。

 階段を上り詰めた先は、まさに肉と鉄が噛み合う修羅場だった。


「助太刀致す!」

 タロの声は、怒号にかき消されることなく城兵たちの耳に届いた。

 城壁の縁には、敵国ギドの兵たちが文字通り蟻のように群がり、無数の梯子をかけて這い上がってきている。タロは迷うことなく踏み込み、迫る鉄の穂先ごと梯子の支柱を縦に両断した。自重を支えきれなくなった木材が悲鳴を上げて崩れ、しがみついていた敵兵たちが絶叫とともに遥か下方へと墜ちていく。


 直後、横合いから放たれた数筋の矢がタロを狙ったが、それよりも早くゾガの大剣が空間を薙いだ。強烈な風圧とともに、鉄の矢尻が甲高い音を立てて弾き飛ばされる。


「あの『銃』という武器は、弾を込めるのに少しの間がある。その隙を覚えるんだ!」


 タロは鋭く叫びながら、周囲の城兵たちの動きを観察した。未知の近代兵器に怯え、腰が引けている。彼らに必要なのは、戦術の希望だ。


「タロ殿だ!」「ゾガ様が来てくれたぞ!」


 二人の獅子奮迅の勢いに、絶望しかけていた城兵たちの目にわずかに光が戻る。

 しかし、多勢に無勢であることに変わりはなかった。


 いくら梯子を叩き落とそうとも、敵の数は無限であるかのように思えた。遂に、タロの視界の端で、一段と頑強な梯子からギドの兵が城壁の上へと躍り出る。


「ひゃあ! 一番乗りだ!――ぺへ?」

 男が歓喜の声を上げ切る前に、タロの身体はすでに動いていた。地を這うような低い踏み込み。刀身が吸い込まれるように男の首筋を通り抜ける。一瞬の遅れののち、男の頭部が宙を舞い、鮮血の噴水が石畳を赤く染めた。


「危ない、タロさん!」

 息つく暇もなく、次に登り詰めてこようとした別のギド兵の首根っこを、ゾガが自慢の剛腕で掴み取った。そのまま、まるで軽い荷物でも扱うかのように、城壁の外へと豪快に放り投げる。下方の密集地帯から、巻き込まれた兵たちの鈍い衝突音が響いた。


「タロさん、考え事は後だ! 今はとにかく、敵の戦意を挫くことだけを考えな!」


「助かった、ゾガさん! よし――」

 タロは刀を鞘へと収めると同時に、懐から南部十四年式拳銃を引き抜いた。

 城壁へ殺到するギド兵の塊に向け、照準線を合わせる。引き金を絞るたび、乾燥した高音の破裂音が響き渡り、火薬の甘い硝煙がタロの鼻腔を突いた。

 一発、二発、三発。

 放たれた弾丸は正確に敵兵の胸部と頭部を撃ち抜き、三人の男が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 ギド軍の動きが、目に見えて凍りついた。


 未熟なフリントロック銃とは明らかに違う、間髪を入れずに連射される未知の銃撃。その圧倒的な殺傷効率の前に、突撃の勢いが完全に停止する。


(今だ。ハッタリが効けばいいが――)

 タロは瞬時に周囲の城兵の武装を確認し、ゾガに向かって叫んだ。


「ゾガさん! 城兵たちに、槍の石突を前にして構えさせてくれ!」


「え? なんだって!?」

 戦場の騒音の中、突飛な指示にゾガが目を丸くする。


「いいから! 早く!」


「お、おう……!」

 タロのただならぬ気迫に押され、ゾガは肺腑の底から声を張り上げた。


「全員、槍を逆さに持て! 石突を前にして、下に向けて構えるんだ!」


 ゾガの威令により、十数人の城兵たちが一斉に槍を反転させ、長い銃身を見立てるように下方へと突き出した。敵の視点から見れば、それは一斉に照準を合わせられた銃撃隊そのものに見えるはずだった。


 タイミングを合わせ、タロは拳銃の残弾をすべて下方の敵群へと叩き込んだ。連続する金属音と、確実に肉を穿つ弾丸の恐怖。


「構えた兵を、そのまま少し下がらせてくれ!」

 タロは小声で指示を出した。あえて姿を隠すことで、「一斉射撃ののちに遮蔽物へ身を隠した」と思わせるための機略だ。


(頼む……こちらにも新型の連射銃が大量にあると、勘違いしてくれ……!)


 祈るような沈黙が、城壁の空気を支配する。

 やがて、下方の密集地帯から、動揺の混じった退却の喇叭らっぱが吹き鳴らされるのが聞こえた。


「て、敵軍が引いていくぞ……!? 敵が逃げていく!」


 一人の兵が上げた叫びが、瞬く間に城壁全体の歓声へと変わった。


「やったか……」

 タロは拳銃の残弾を確認し、深く息を吐き出した。額から流れる汗が、目に入って染みる。


「凄いなタロさん、大した軍略だよ。まさか槍を銃に見せかけるなんてね」


 ゾガが感心したように大剣を地面に突き立て、大笑いした。タロは苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。


「人生最大のハッタリだよ。二度は通用しない」


 歓喜に沸く城兵たちの間を縫って、一人の伝令が息を切らせて走ってきた。


「タロ・ヒムカ殿! ゾガ殿! ジギ王がお呼びです! 至急、王の間へ!」


 伝令の緊迫した声に、タロとゾガは顔を見合わせた。命令を無視して勝手に前線へ飛び出したのだ。軍律の厳しい世界であれば、処罰は免れないだろう。


「さぁて、ゾガさん。一緒に怒られるとしようか」


「おうよ、タロさん! 手柄は立てたんだ、堂々としてりゃいいさ!」


 二人は互いの拳を軽く突き合わせ、これから待ち受けるであろう王の雷を思い、少しだけ肩を落としながらも、確かな信頼を胸に王の間へと歩みを進めた。

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