異界の騎士達12
翌朝。
城内に響き渡った伝令の切迫した悲鳴が、短い静寂を無残に引き裂いた。
「ギドの軍勢が布陣を終えた! 敵が来るぞ、戦闘準備――っ!」
タロは城のテラスへと駆け上がり、ジギ王から借り受けた真鍮製の望遠鏡を覗き込んだ。レンズの向こう、砂塵の立ち込める地平線を埋め尽くすように展開するギド帝国の陣形が見える。城を完全に半包囲する、一糸乱れぬ鉄の包囲網。
昨日、あの凄絶な夜戦でギドの鋼骨騎を五機も叩き落としたというのに、地平線に佇む鋼骨騎の数は優に十機を超えていた。その中心に鎮座する、ひときわ豪華な装飾を施された不気味な機体――ドル・ゾ。それを駆る帝国騎士ザガ・フォン・ディキテンスタインの酷薄な横顔が、あの山脈での死闘の記憶とともに、タロの脳裏に鮮烈に蘇る。
タロは望遠鏡をジギ王に返し、無言で格納庫へと向かった。
言葉の端々から察するに、ジギ王は自ら手勢を率いて敵の先鋒を迎え撃つ腹づもりらしい。その間、城内の防衛指揮はセゼ王女と近衛騎士たちが受け持つ。
胸ポケットのギギがまだ起きないため、細かい戦術のニュアンスまでは聞き取れないが、おそらくその解釈で合っているはずだ。叩き起こしたいのは山々だが、あの繊細なガラスの体が割れそうで、恐る恐るしか小突けない。この気まぐれな精霊は、一度眠るとなかなか起きてくれないのだ。
「だから妖精じゃない! 精霊だってば!」
「お、起きたか」
胸ポケットから這い出てきたギギが、体内の光を不満げな赤色から、安堵の藍色へと変えた。
「タロ、元気になったの? 良かったー! 心配したんだからね? ほら、感謝の言葉は?」
「心配『してただけ』だろ? ……ありがとな」
「ふん、素直じゃないんだから!」
「お前もな」
短い応酬を交わし、タロは愛機『ガル』ことガラダイン一号機改の操縦席へ滑り込んだ。神経接続が完了すると同時に、ゾガのガラダインと、ゼグのガダインが左右を固めるように並び立つ。
重厚な城門が地響きを立てて開き、ジギ王が率いる精鋭の騎馬隊が一団となって、荒野へ向かって突撃を開始した。その勇壮な姿を見送りながら、タロは思考伝達の念話を送る。
「ゾガさん、この世界の戦ってのは、あれが普通なのか?」
「そうさね」
ゾガの落ち着いた声が返る。
「こういう戦いにおける領主ってのはさ、王様とはいえ、元々は騎士として土地を与えられて小国となったジギだからね。やはり自ら先頭に立って戦うことが多いのさ」
「危なくないのか?」
「そりゃ危ないさ。でもね、そうしないと下のもんは誰も付いてきやしないのさ」
(指揮官先頭、か……。士気は高いが、一国の王が自ら肉弾戦を挑むとはな)
効率と合理性を叩き込まれた地球の軍人として、タロは危うさを感じずにはいられない。
「まあ、ジギ王は強いよ! それこそ一騎当千の猛者さ。簡単にはやられないさね」
「そうですよアニキ! ジギ王は前の戦で、敵の首級を百も上げた凄い騎士なんですから!」
ゼグも興奮気味に言葉を重ねる。
「なるほど。それなら、そのお手並み拝見と行こうか」
頭上の遥か高空では、敵の鋼骨騎たちが不気味に滞空し、こちらを睨みつけている。だが、昨夜のタロによる苛烈な迎撃が効いているのか、すぐには降下してこない。有象無象の量産機『バガロ』であれば現在のガルの敵ではないが、あのザガが駆る『ドル・ゾ』級が複数仕掛けを待っているかと思うと、胃の奥が自然と収縮する。
タロが目を細めると、ガルはタロと共有した視界を、戦闘機の照準器のようにぐっと拡大投影した。実に入念な改修が生んだ便利な機能だ。
だが、その拡大された敵陣の先鋒を見た瞬間、タロの全身の毛穴が恐怖とは異なる戦慄で開いた。
「――っ!? 不味い!!」
ガルはゾガたちの制止を振り切り、背部と脚部の尾翼を跳ね上げ、爆発的な推進力で前方へと飛び出した。
「どうしたんだい、タロさん!?」
「アニキ! 抜け駆けは良くないですよ!」
「ダメだ! あれは――銃だ!」
タロは吼えた。
その時、先頭を突っ走るジギ王は、敵の不自然な動きを察知しつつも、己の武勇を信じて吠えていた。
「よし、全騎! 敵の戦意を削ぐぞ! 突撃――っ!」
敵の歩兵隊列が、妙に薄く広く横一列に展開している。罠の臭いはしたが、このままランスチャージで食い破るまで。ジギ王が槍を構え、さらに加速しようとした、その時。
ギド軍の最前列。
そこに、戦場にはおよそ不釣り合いな、白衣を着て眼鏡をかけた一人の男が立っていた。その衣服、その佇まい。この世界のものではない。別の『渡来人』
眼鏡の男は、冷酷な目で突撃してくる騎馬隊を見つめ、静かに手を挙げた。
「まだですよ……。まだまだ、引きつけてから……。今です。放て」
直後、乾燥した荒野の大気を激しく引き裂く、幾重もの爆裂音が炸裂した。
それは、金属の筒の中で黒色火薬が急激にガスへと化け、鉛の礫を押し出す、凶猛な近代の咆哮。
耳を圧する連続的な衝撃波が衝撃となってジギ城の壁まで届く。突撃していたジギの騎馬隊は、何が起きたのかさえ理解できぬまま、不可視の鉄の暴風によって次々と血飛沫を上げて落馬し、地面へと転がっていった。一瞬にして無敵を誇った戦線が瓦解する。
「な、何が起きたんだ……!? あの兵器はいったい……!?」
生き残った兵たちが恐怖に顔を戦慄かせる。
「さあ、隊列を入れ替えて。次の部隊、撃ってください」
白衣の渡来人は、虫でも駆除するかのように淡々と、冷徹に命令を下し続けた。
再び、大気を激しく震わせる無慈悲な白煙と爆音。
愛馬を胸から撃ち抜かれ、地面に激しく放り出されたジギ王は、迫り来る確実な死を覚悟した。容赦なく放たれる第二波の鉄の嵐。
しかし、その弾丸がジギ王の肉体を切り裂くことはなかった。
凄まじい金属の衝突音と火花を散らし、上空から滑空してきたタロのガルが、その巨大な骨と鉄の体でジギ王の前に立ちはだかり、すべての鉛弾を前面装甲で受け止めたのだ。ガルの強固ではない胸部装甲に、弾痕が無数に刻まれる。
「助太刀感謝する、ヒムカ殿……っ!」
「それよりも早くお掴まりください、ジギ王!」
タロはガルの巨腕でジギ王の身体を優しく抱き抱えると、飛行翼を広げ、一気に空へと舞い上がった。
背後からギド軍の弓兵による猛烈な一斉射撃が浴びせられるが、後を追ってきたゾガとゼグの二機が盾となり、大剣で矢の雨を防ぎながら、命からがらジギ城の城壁内へと帰還を果たした。
格納庫にジギ王を降ろし、ハッチを開けたタロの顔は、驚愕と怒りで歪んでいた。
操縦席に残る、ガルの装甲が削られた跡の強烈な硝煙の匂い。
(間違いない。あれは火縄銃……いや、フリントロック式か。少なくとも、この時代、この世界には絶対に存在しないはずの『火器』だ)
タロは冷や汗を拭い、奥歯を噛み締めた。
(居るんだ。俺以外にも、地球の知識を持った渡来人が。……それも、よりによってギドの軍勢の中に!)
異世界の頑固な戦術を嘲笑うかのように投入された、近代兵器の萌芽。
タロは操縦桿を握り締め、白煙に煙る荒野の向こうを、冷徹に睨み据えていた。




