異界の騎士達11
次に意識が戻ったとき、鼻腔をくすぐったのは柔らかく、酷く優しい匂いだった。
タロがうっすらと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、心配そうに自分を見下ろすセゼ王女の端正な顔だった。自分が横たえられているのは、彼女の膝の上――膝枕だ。
(不敬罪で打ち首か、良くて営倉行きか……っ!?)
一瞬で背筋が凍りつき、タロは何とか身を起こそうと身悶えした。しかし、セゼの細い手がそれを制し、毅然とした、だがひどく穏やかな声で「動くな」と命じられる。
そこはセゼ王女に与えられた城内の一室だった。部屋の隅に控える侍従や近衛兵たちの、針の筵のような視線が痛い。しかしセゼは周囲の目など意に介さず、タロの少し伸びた坊主頭を、まるで愛おしいものを慈しむように優しく撫でながら、切切と感謝の言葉を述べていた。
通訳すべきギギは、タロの看病で心配しすぎたのか、近くのテーブルの上で光を失って深く眠りこけている。そのため、王女の紡ぐ難しいガランド語の詳細は曖昧にしか聞き取れなかったが、その声の温度だけで、彼女の心が痛いほど伝わってきた。
タロは仰向けのまま、自分の無骨な掌を見つめた。
(――俺はまた、戦いの中で戦いを求めてしまった)
海軍航空隊で叩き込まれた「敢闘精神」。それ自体は兵士として正しい。だが、あの瞬間の自分は、ただ敵を屠る快感に身を任せかけていた。それは決して褒められたものじゃない。
(明鏡止水――。血を昂らせるんじゃない。心を鏡のように研ぎ澄ませ、静かな闘志と殺意を保たなければ、またあの狂気に呑まれるぞ……)
かつて道場で一刀流の達人の祖父に教わった理合が、血を吐いた体に深く染み渡っていく。
「タロ、貴方は良くやってくれています。初めて貴方が私を助けた時も、そして今も……貴方は……」
セゼがなおも言葉を続けようとした時、張り詰めた室内の空気を破るように、年配の侍女が前に進み出た。
「セゼ王女殿下。他の者の目もございますので、そろそろ……」
「私の騎士に私が労いをして何が悪いか!」
セゼの口から、今まで聞いたこともないような怒気を孕んだ王族の言葉が飛び出した。部屋中の侍従たちが一斉に怯え、頭を垂れる。
だが、タロはゆっくりと、しかし確実にセゼの膝から頭を離した。
「いや……皆の言う通りだ。セゼ王女、ありがとう」
不自由な現地語でそれだけ告げると、タロは体に鞭打って無理矢理に立ち上がった。まだ視界が揺れ、足取りがふらつく。それを見たセゼの近衛騎士たちが、今度は敵意ではなく、純粋な戦士への敬意を込めてそっとタロの肩を貸してくれた。
タロはテーブルに歩み寄り、丸くなって寝ているギギをそっと掬い上げると、飛行服の胸ポケットへと仕舞い込んだ。そしてセゼ王女に向き直り、直立不動の姿勢から、鋭く右手を額へ掲げる敬礼を送る。
そのまま、静かに部屋を後にした。
廊下に出ると、そこには壁に背を預けたゾガと、そわそわと歩き回っていたゼグが待っていた。二人の顔には、明確な安堵の色が浮かんでいる。
「すまない、二人とも肩を貸してくれ」
今度は気心の知れた戦友たちに両脇を支えられながら、タロは城の格納庫へと向かった。設えられた簡易ベッドに横たわると、泥のように重い疲労が再び全身を支配していく。
「ゾガさんもゼグも、血の昂りの呪いは俺よりも強いはずなのに……本当にすまない」
「ふん、そこは謝るんじゃなくて感謝してほしいね!」
ゾガが呆れたように笑い、タロの毛布を無造作に引き上げた。
「それにしてもアニキ! 姫様と同じ部屋に、しかもあんな体勢でいられたなんて羨ましすぎますよ!!」
ゼグが顔を真っ赤にして、小声の絶叫で詰め寄ってくる。
いつもと変わらない不器用な二人のやり取りに、タロの口元から自然と笑みがこぼれた。
格納庫の隙間から、長い夜が白々と明けようとしているのが見えた。
少しでも休もう。目を閉じれば、次に起き上がった時、そこはもう本物の戦場なのだから。タロは胸ポケットのギギの微かな温もりを感じながら、明鏡の心を胸に、深い眠りへと意識を沈めていった。




