異界の騎士達8
小国ジギへの援軍として選ばれたのは、上級騎士となったタロ、ベテランの女騎士ゾガ、そしてタロを「アニキ」と慕うようになったゼグの三名。それに付き従う五百名の兵たちと、王女セゼの身辺を固める近衛兵百名だった。
投入された鋼骨騎は、タロの『ガラダイン一号機改』、そしてゾガとゼグにそれぞれ与えられた二機の『ガダイン』
総兵力六百名、鋼骨騎三機。実質的に、ゴバ王国が動かせる現有戦力の三分の一近くを注ぎ込んだ、事実上の大遠征だった。残りの騎士団は本国に残って防備を固め、工房では親方たちが不眠不休で『ガラダイン三番機』の製造に注力している。
それにしても、なぜ王女であるセゼがまたもや自ら危険な前線へ出陣するのか。
タロがゾガから聞いた話によれば、現在の国王にはセゼしか子が生まれず、彼女は女だてらに「王子」としての過酷な役目も果たさねばならぬ運命にあるとのことだった。そんな王女の強い希望もあり、タロは正式にセゼ王女直属の鋼骨騎、すなわち彼女の『盾』としての任を任されることとなった。
「アニキ! 俺も旧式とはいえ、こうしてガダインを預けてもらえました! 姫様の護衛にアニキが付くのは……正直めちゃくちゃ羨ましいですけど、俺も負けずに活躍して、いつかは近衛の席を勝ち取ってみせます!」
出陣の列の中、新型の機体をあてがわれたゼグは、前回の醜態などどこへやら、目を輝かせて息巻いていた。その単純さと真っ直ぐさは、見ていてどこか救われるものがある。
目指すジギまでは、行軍で五日間の距離。
大荷物となる鋼骨騎を専用の巨大な馬車で運ばねばならない以上、これが限界の速度だった。敵の進軍速度を考えれば文字通りギリギリの競争だが、焦っても仕様がない。
行軍が始まって数日後、タロは王女の専用馬車へと呼び出された。
揺れる豪華な車内、豪奢な椅子に腰掛けたセゼ王女が、タロを見てふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「タロウ、久しぶりにゆっくり話せますね」
セゼは周囲の緊張をほぐすように言葉を紡ぐ。
「この世界――ガランドの生活には慣れましたか? ……本当に、大臣のガズドが酷い無礼を働いてしまって、申し訳ありません」
王女直々に、そこまで気を使われている。だが、タロは未だにこの世界の言葉が不自由だった。一歩間違えれば、背後に控える厳めしい顔つきの侍女や、腰の剣に手をかけている近衛騎士たちに「不敬罪」で刺されかねない。タロの背中には、冷や汗が伝っていた。
(おい、ギギ。頼むから一言一句、間違いのないように通訳してくれよ……)
タロが心の中で念じると、彼の肩に止まったギギが、体内のガラスの奥から「任せなさい」と言わんばかりに頼もしい藍色の光を放った。
セゼ王女はタロの硬直に気づいたのか、クスリと笑うと、手で侍女や近衛騎士たちの制止を遮った。
「構いません。私はただ、タロウと言葉を交わしたいのです」
そこからは、思いがけない時間が始まった。
王女が自ら身振りを交えて単語を教え、タロがそれを復唱する。発音がズレていれば、車内の侍女や近衛兵たちが「そこはもっと口を窄めて音を響かせるのです」と口を挟み、いつしか車内全体を巻き込んだ『異世界共通言語講座』のような空気に変わっていった。
「……こんなに楽しそうな王女様のお姿を拝見するのは、本当に久しぶりです」
隣に控えていた年配の侍女が、驚きと共につぶやいた。
その言葉に、タロはセゼ王女が背負う「王子としての重圧」の深さを改めて知る。彼女もまた、張り詰めた戦いの中で生きてきたのだ。
ギギもまた、タロの肩の上で体内の光を健気に明滅させ、必死に通訳の仕事をこなしてくれていた。タロが新しい言葉を覚えるたびに、ギギは嬉しそうに七色の光をチカチカと輝かせる。
木製の車輪が地を踏みしめる音と、窓から差し込む穏やかな陽光。
このほのぼのとした、どこか温かい講義の時間は、間もなく始まる本当の大規模な戦争を前にした、タロにとっての唯一の、そして最高の「癒やし」の時間となった。
しかし、前線へと続く轍の先からは、確実に鉄と血の匂いが近づきつつあった。




