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ガランド戦記  作者: 拝頼人
2章:異界の騎士達
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異界の騎士達6

自分一人なら、この壁を駆け上がって逃げ切れる。だが、泥塗れで腰を抜かしているゼグは、重厚な金属鎧を着ている。この状況で、滑る泥の斜面を登りきるのは不可能だった。


「ギギ……あいつらとお話し出来るか?」

タロは視線を巨獣から外さず、低く問いかけた。

タロの肩へと飛び移ったギギが、体内の光を困惑の黄色に濁らせる。


「無理ね。ゲールほど賢くないもん。言葉なんて通じないわよ」

「なら、皆の所に急いで戻ってこの事を伝えてくれ!」

「でも、タロが……!」

ギギの光が、心配そうに細かく明滅する。


「行くんだ、ギギ!」

タロは鋭く声を飛ばした。


「――行くんだ! 俺は怪獣の昼飯になるつもりはない! 行け!」

「……わかったわよ! 死なないでよね!?」

ギギは弾かれるように発光し、鬱蒼とした木々の隙間へと猛スピードで飛び去っていった。


さて、残された問題は足元の男だ。ゼグは完全に恐怖に呑まれ、小便も糞も漏らして喚き散らしている。

タロは迫り来る一体の巨獣から目を離さずにゼグへと肉薄すると、その泥塗れの頬へ、海軍仕込みの強烈な平手打ちを叩き込んだ。乾いた音が響く。


「男が泣くな! 最後まで力の限りに戦え!」

怯むゼグの胸ぐらをつかみ、視線を強制的に合わせる。


「何もしないであのトカゲの化け物に食われるのが、お前のお高くとまったセゼ王女への忠誠か!?」


勢いに任せて、もう一発往復ビンタを見舞う。少しやり過ぎたかもしれないが、効果はあった。ゼグは「うぅ、ぐぅ……」と呻きながら、辛うじて瞳に理性を取り戻した。


タロは再びガガ・ゲゲへと向き直り、十四年式拳銃を構えた。

違和感がある。向かってくるのは最初の一体だけだ。窪地の中にいる他の九体は、こちらを睨みつけながらも定位置から動こうとしない。

(あいつらはメスか……? なら、この向かってくる個体は群れを守るオスか。何故他は動かない? 卵を守っているのか?)

もしそうなら、気をつけるべきは目の前の一体だけだ。


「賭けになるな……。ゼグ! 鎧を脱いで身軽になれ! あの化け物の目を潰して時間を稼ぐ、その間に高台に駆け上れ!」


「あ、ああ……!」


ゼグは震える手で、鎧の留め金を外し始めた。

タロは地を踏みしめる。片手での射撃を叩き込まれた海軍航空隊だが、確実に当てるため、左手を添えて両手でしっかりと銃把を保持する。照星の先、迫り来る巨獣の濁った眼球に狙いを定め、引き金を引き絞った。

――パァン!

静かな森に、この世界にはまだ存在しない乾いた破裂音が響き渡る。


弾丸は正確にガガ・ゲゲの左目を撃ち抜いた。緑色の脳漿が弾け、巨獣が狂ったように咆哮を上げてのたうち回る。その突進の軌道がズレた刹那、タロは泥の上を横っ飛びに躱しながら、すれ違いざまに刀で相手の前脚を鋭く切り裂いた。


手応えアリ。前夜に研ぎ澄ました刃は、甲殻のわずかな隙間に滑り込み、硬い肉を割り裂いて緑の血を噴き出させた。


しかし、化け物もタダでは転ばない。狂乱のままに繰り出された、丸太のような尻尾の横薙ぎ。

タロは咄嗟に泥へ伏せてそれを避けた。頭上を凄まじい風圧が通り過ぎる。あれを直撃していれば、全身の骨が砕けていただろう。


「ゼグ、まだ脱げないのか!? 急げ!」

「そ、そんなこと言ったって、手が震えて……!」

「生きて帰って姫様に会いたいなら覚悟を決めろ! そんな根性じゃ、戦場で敵と戦えないぞ!」


泥濘の上を必死に転がり、尻尾の二撃目の叩きつけを紙一重で交わす。だが、この足場でいつまで避け続けられるか。

ガガ・ゲゲが再びタロへと向き直り、大気を震わせるほどの咆哮をあげた。内臓が揺れるような振動。

タロは刀を正眼に構え、潰した左目側の死角へと回り込み続ける。しかし、怪物は執拗に、まだ動けないでいるゼグへと目標を定めて突進を仕掛けようとしていた。


「危ない!」

タロはゼグの身体めがけて飛びかかり、二人まとめて泥の上を転がった。ガガ・ゲゲの突進が掠める。巨獣の後ろ足にある鋭い突起がタロの太ももを裂き、鋭い痛みが走ったが、骨までは達していない。致命傷じゃなかった。


タロは寝転がったまま、左手の拳銃を残った右目に定める。残弾はあと六発。


「当たれ……!」

続け様に二発を撃ち込むが、暴れる巨体の動きに狙いがそれ、硬い甲殻に火花を散らして弾かれた。

(こうなったら、あいつの口の中に飛び込んで全弾叩き込んで、刀で内側から斬りつけて……一寸法師の如く生還、とはならんか……!)


ガガ・ゲゲの巨大な顎が、二人をまとめて飲み込もうと天を突くように大きく開かれた。万事休す――。

その時、頭上に影がさした。

凄まじい鉄の質量が、窪地へと飛び込んできたのだ。ゾガの駆るガダインだった。重厚な鋼骨騎が、開きかけたガガ・ゲゲの口を強引に足で踏みつけ、二人の前に立ち塞がった。


「た、助かった……」

一気に緊張が解け、タロは泥の上にへたり込んだ。隣を見れば、ゼグは完全に白目をむいて気絶している。本当にこの坊ちゃんは世話が焼ける。


「間に合ったみたいね。頑張ったじゃない、タロ」


いつの間にか戻ってきたギギが、タロの肩にふわりと着地し、安堵の青い光を灯した。


「あぁ、助かったよ、ギギ。あと数秒遅かったら、今頃はあいつの腹の中だった」


そこからは、ゴバ王国が誇る最高戦力の独壇場だった。

団長のガラダイン二番機、そしてゾガとゴーガのガダイン二機。三機の鋼骨騎による寸分の狂いもない連携により、突進してきたオスのガガ・ゲゲの心臓へ、巨大な鋼鉄の剣が突き刺さる。巨獣は短い地響きを立てて、完全に動きを止めた。


残された九匹のガガ・ゲゲは、群れの長を殺された恐怖からか、一目散に泥濘の営巣地から這い出し、四散して逃げ出そうとする。


「逃すな! 武具の素材だ!」

団長の号令のもと、三機の機体が次々と逃げる巨獣を仕留めていく。

結果として、騎士団は四体のガガ・ゲゲを狩ることに成功した。ゴバ王国の歴史上、最も被害を出さず、かつ最大の戦果を挙げた、名誉ある討伐作戦となったのだ。すぐに、王国へ素材運搬のための増員を要請する騎兵が、荒野を派手に駆けていった。


森の外に敷かれた陣幕の中。

ようやく目を覚ましたゼグは、幕舎の隅で太ももの包帯を締め直していたタロの姿を見つけると、文字通り泥塗れのまま床に膝をつき、激しく頭を下げた。


「アニキ! ありがとうございます! 今までの無礼を、どうか許してください! アニキは俺の、命の恩人です……!」


大粒の涙を流して泣きついてくる年下の騎士に、タロは心底困惑した。


「わかった、わかったから……! その『アニキ』ってのもやめてくれ。そんなに歳も変わらないし、騎士としてはそっちが格上だろう」


「いーえ、やめません! 俺は一生、アニキに付いて行きます!」


これには、幕舎の中で様子を見ていたゾガも団長も、互いに目を合わせて苦笑するしかなかった。ゼグという男は、良くも悪くも一度思い込んだら一直線なのだ。

ギギもまた、タロの頭の上で楽しげに七色の光をはしゃがせている。


「やったね、タロ! 子分が出来たじゃない。凄い凄い!」


「賑やかでいいことだ」


タロは小さく笑い、それから自分の掌を見つめた。

今回の遠征では、誰も命を落とさずに済んだ。奇跡的な大勝利だ。これからも、ずっとこうであればいいのだが。

(――いや、そうはならないか。戦争が、始まるんだもんな……)


タロはそっと拳を握り締め、陣幕の隙間から覗く、遠い空を見上げた。

ガガ・ゲゲの腱が手に入れば、ガラダインは完成する。戦う力は手に入る。だが、その先にあるのは、大国ギドとの血で血を洗う泥沼の戦争だ。


いつか必ず還ると誓った、あの内地の、静かな空。

渡来人のパイロットは、異世界の不穏な風を肌に受けながら、ただひたすらに、その遥かなる故郷の空を睨み据えていた。

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