異界の騎士達5
翌朝、ゴバ王国の巨大な城門の前は、重苦しい熱気に包まれていた。
集まったのは、選び抜かれた騎士団の精鋭たち。それを見送る民衆の地鳴りのような歓声の中、ひときわ異彩を放つ鉄の巨躯が並んでいた。完成したばかりの、どこか禍々しい輝きを放つガラダイン二番機。そして、それを挟む二機のガダイン。この国の最高戦力の半分近くを一挙に投入した、国家規模の大規模な「狩り」の始まりだった。
城壁の壇上には、心配そうにこちらを見つめるセゼ王女の姿があった。そしてその傍らには、終始、薄汚い笑顔を顔面に張り付かせている大臣ガズド・オン。王女の憂いなどどこ吹く風で、自らの謀略が順調に歩を進めていることを確信しているような、実に見下げ果てた薄笑いだった。
「出立せよ!」
団長の号令とともに、鉄の軍勢が北の森へと向かって歩を進める。
タロのガラダイン一号機は未だ工房で眠っているため、今回のタロの足は、この世界で馬の代わりに使われている二足歩行の恐竜のような生物――『ゲール』だった。
これまで乗馬の経験など一度もないタロだったが、このトカゲのような生き物は実によく躾けられているのか、タロが手綱をわずかに引くだけで、その意図を正確に汲み取って進んでくれた。最初はおっかなびっくりだったタロも、一時間もしないうちに、まるで長年連れ添った愛馬のように乗りこなしていた。
(俺にも、案外こういう生き物に乗る才能があったのかもしれないな)
タロが心中で少しばかり感心していると、ゲールの頭の上にちょこんと乗っていたギギが、体内の光を藍色の「からかい」の色彩に変えてクスリと笑った。
「何よ、てっきり自分の才能だとでも思ったの? 私がこの子の頭に触って、アンタの気持ちを伝えてあげてるんだからね」
「なんだよ……。少しは俺の手柄にしておいて欲しかったんだがな」
タロが苦笑しながら頭をかくと、ギギは満足そうに体内の光を弾ませた。言葉は通じずとも、こうして異世界の生物と繋がれるのは、この奇妙な相棒のおかげだった。
「さあ、着いたぞ! ココが北の森だ!」
前方を進んでいたガラダイン二番機のコックピットハッチが開放され、団長の声が響いた。
目の前に広がるのは、陽光を拒絶するような鬱蒼とした巨木の群れだった。部隊は森の入り口に強固な陣を敷き、まずは巨大トカゲ『ガガ・ゲゲ』の正確な位置を把握するための斥候を送ることとなった。
選ばれたのは、タロ。そして、騎士ゼグ。
「ゼグ! 任務のためだ。姫様への恋慕など一度忘れ、タロとしっかり協力するのだぞ!」
団長からの直々の言葉に、ゼグは悔しそうに拳を握り、少し俯きながらも「……わかりました」と低く応じた。
背の高いシダ植物をかき分け、二人の足音が森の奥へと吸い込まれていく。
背後で行軍の音が消えてからは、終始、息が詰まるような無言が続いていた。
「……こんな広い森で、どうやってガガ・ゲゲを探すんだ?」
静寂に耐えかね、タロが不器用なガランド語で問いかける。
「営巣地がある」
ゼグは前を見据えたまま、硬い声で短く返した。
「どんな動きをするんだ? 弱点はあるのか?」
「そんなものは知らない」
端的な、拒絶に近い会話だけが泥濘に消えていく。
やがて、森のさらに奥、周囲の地面が大きくすり鉢状に窪んだ、湿った泥濘の地に辿り着いた。生い茂る草むらの向こう、その窪地の底に、それはいた。
全長十メートル。身体中を、まるで鉄のプレートを何重にも重ね合わせたような、鈍い鈍色の甲殻で覆った巨大なトカゲの群れ。それが、十体近くも、泥にまみれて悠然と昼寝をしていた。地を這うような低い呼吸音が、空間そのものを震わせている。
「タロ、見てみろ。あれがガガ・ゲゲだ」
ゼグが小声で告げ、草むらから身を乗り出して覗き込むように促した。
タロが言われるままに身を乗り出し、その怪獣としか形容できない質量を凝視する。
(あれはトカゲなんかじゃない。戦闘機や戦車と同じ、純然たる『兵器』の質量だ。人間の身一つでどうにかなる相手じゃない)
「……やめておけ、ゼグ」
タロは覗き込んだ姿勢のまま、静かに、しかし冷徹に告げた。
タロの背後で、その背中を突き落とそうと、両手を伸ばしていたゼグの身体がピタリと硬直した。
「殺気が漏れすぎている。そんな甘い構えじゃ、戦場の人間は一人も殺せないぞ。……やめてくれ、アンタがそんなことをすれば、ゾガさんが悲しむ」
「な……ッ! なぜわかる! なんでお前は何でもお見通しなんだ!」
ゼグの手が激しく震え、その端正な顔が恐怖と屈辱で歪んだ。
「なんなんだ、お前は! いきなり現れて、姫様の隣に立って……! ゾガは関係ないだろ! お前は、姫様を拐かす悪人だ! あのザグドブのガズドに騙されていることだって、俺だって分かっているさ! それでも、姫様の隣に、ぽっと出のお前が立つことだけは……絶対に許せないんだ!」
感情を爆発させたゼグが、なりふり構わずタロの背中を両手で強く突き押した。
タロの身体が、草むらを越えて虚空へと放り出される。しかし、タロは悲鳴ひとつ上げなかった。かつて、炎上する零戦の風防を蹴り開け、死の深淵へと飛び込んだ刹那に比べれば、この落下など落下ですらなかった。
だが、勢余ったゼグ自身もまた、ぬかるんだ泥に足を取られ、無様にタロの後を追うように営巣地へと転がり落ちてきた。
重い金属鎧が泥を跳ね上げる鈍い音が、静かな森に響き渡る。
その衝撃の音に、それまで眠っていた十体の化け物たちの巨頭が、一斉に鎌首をもたげた。
二十の濁った眼球が、泥塗れの二人の人間を、明確な「外敵」として捉える。
「……まずいことになったな」
タロは素早く立ち上がり、腰の刀の柄に手をかけた。前夜、研ぎ石で限界まで研ぎ澄ました日本刀の刃は、薄暗い森の中でも冷徹な銀光を放っている。さらに左手は、いつでも腰の十四年式拳銃を引き抜ける位置にあった。だが、目の前の怪獣が纏う、何重にも重なった鉄板のような甲殻を前に、この武器がどこまで通用するかは未知数だ。拳銃の残弾も限られている。
「ひ、ひえぇぇ……死ぬ! 喰われて死ぬ! あぁ、ごめんなさい姫様、ごめんなさい……!」
先ほどの勢いはどこへやら、ゼグは腰を抜かしたまま、涙と泥に塗れて泣き叫んでいた。
化け物の一体が、地響きを立ててこちらの距離を詰めてくる。その口内から覗く牙は、人間の肉など一噛みで引き裂くだろう。
だが、その絶望的な光景を見つめているうちに、タロの胸の奥の「冷たい火」が、逆に静まり返っていくのを感じた。心臓の鼓動が遅くなり、視界が恐ろしいほどにクリアになっていく。敵艦の猛烈な対空砲火を、網の目を縫うように避けていたあの極限の感覚。
(考えろ、俺。考えるんだ。絶対に、あの内地の空へ、静の元へ還ると誓ったんだ。怯えるな、頭を回せ……!)
タロの目は、迫り来る巨獣の動きを、冷徹に観察し始めていた。




