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ガランド戦記  作者: 拝頼人
2章:異界の騎士達
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異界の騎士達4

「ゼグのやつはさ、私の三つ下の幼馴染でね。昔から私の弟分みたいなもんなんだ」


ゾガは差し出された丸椅子にその巨躯を預け、手にした酒瓶をじっと見つめながら、ぽつりと溢した。


「あいつは姫様に惚れてる。それでアンタにあんな失礼な態度を取っちまうんだ。……私からも詫びるよ」


「知ってるさ」


タロは研ぎ石の手を止めず、短く応えた。


「子供がそのまま大きくなったような奴さね。私が付いてないと危なっかしくて見ていられない。……アンタがこの国の戦力として、きっと必要な人間だってことは、あいつだって頭じゃ分かっているはずなんだ。なのに、姫様への恋心をあの『ザグドブ』につけ込まれて……。本当にすまん」


ゾガが大きな頭を下げようとする。タロは慌てて研ぎ石を置き、手を振った。


「頭を上げてくれ、ゾガさん。俺は気にしてない。……と言えば嘘になるか。いや、本当にゼグへの怒りは大して無いんだ。ただ、ガズドに操られているゼグを見ているアンタが、少し気の毒でな」


「ど、どういう意味だい? そりゃ」


ゾガが意外そうに片眉を跳ね上げる。


「まぁ、その……何と言うか。家族へのそれとも違う、何か別の眼差しをしているよ、ゾガさんは」

タロの言葉に、ゾガの健康的な褐色の肌が、一瞬で耳の根元まで真っ赤に染まった。


「えぇっ!? 違う違う! そんなんじゃないよ! 私はただ、その、同郷だし、ずっと一緒だっただけで、その、あの……あぁ、もう! とりあえず飲もう、タロさん! 口に合うかはわからないが、とにかくこの国で一番強い酒だ!」


誤魔化すように、ゾガは粗末な木杯に並々と透明な液体を注ぎ、タロに押し付けた。


「乾杯」


タロが杯を持ち上げる。


「カンパイ? それはタロさんの国の言葉かい? なるほど、杯を乾かすって意味か。こっちじゃ『ヂーン!』って言うんだ。それじゃ、カンパイだ!」


「ヂーン」


タロが返して杯を口に運んだ瞬間、ゾガの丸太のような手がタロの背中を豪快に叩いた。

背後からの凄まじい衝撃に、タロは「ぶふっ!」と口に含んだ酒を盛大に吹き出した。激しく咳き込むタロを見て、ゾガがあわてて手を引っ込める。


「すまんタロさん! あんたの強さならこれくらい平気かと思ったんだけど!」


「いや、大丈夫だ、ゾガさん……。油断した俺が悪い。……いや、油断していなくても耐えられなかったと思うがな」


タロが顔を拭いながら苦笑すると、ゾガは緊張が解けたようにガハハと大笑いした。つられてタロの口元からも、自然と笑みがこぼれる。


その様子を、机の隅からギギがじっと見つめていた。その体内のガラスの奥から、驚きを含んだ白く柔らかな光が淡く明滅する。


「タロが機械いじり以外で、そんな風に笑うの初めて見たかも」


「しかし、この酒は……何というか、強烈だな」


タロは喉に残る、焦げるような熱感に眉をひそめた。


「そりゃそうさ。普通は料理に少しだけ振りかけたり、戦場で傷の消毒に使うような代物だからね! 割らずにそのまま飲むのは、騎士団の中でも私くらいなもんさね」


ゾガは自慢げに胸を張り、自身の杯を一気に飲み干した。


「ほう……」


軍人の意地が、タロの胸中でわずかに首をもたげる。タロも負けじと、残りの酒精をグイと喉に流し込んだ。洗練されていない粗野なアルコールが、文字通り喉を焼きながら胃に落ちていく。南洋の基地で回し飲みした、粗悪な密造酒を思い出す味だった。


「さてと。明日は早いから、私はもう宿舎に戻るよ。明日からも気を抜くんじゃないよ、タロさん」

ゾガは腰を上げ、満足そうに笑った。


「あぁ、ありがとう、ゾガさん」


「……それと、話を聞いてくれてありがとな」


扉に手をかけたゾガが、背中を向けたまま、小さく声を落とした。


「え? 何か言ったか、ゾガさん」


「何でもないよ! あんたも早く寝な!」


ゾガはのしのしと足音を響かせ、逃げるように去っていった。

静かになった部屋で、ギギが体内の光を藍色のからかいの色彩に変えて、タロの顔を覗き込んできた。


「タロって本当にデリカシー無いよね。モテないでしょ?」


「なんだと? 俺には『静』という許嫁が居るんだ。それに、元の世界じゃ海軍の航空兵は凄くモテたんだぞ」


タロは心外だとばかりに胸を張った。胸の奥に仕舞い込んだ、内地の美しい黒髪の少女の面影が、一瞬だけ脳裏を過る。


「ふーん。かいぐん?とかよくわかんないけど、顔だけは良いもんね」


「『顔だけは』とは何だ、このガラスの妖精」


「妖精じゃなくて精霊! 何よ、タロなんてペットみたいな名前のくせに!」


「これは太郎という立派な……!」


声を荒らげかけた、その時だった。


「やかましいッ! 夜中に何をごちゃごちゃと騒いでおるか!」


部屋の扉が乱暴に開け放たれ、宿舎の見回りをしていた騎士団長の禿頭が、怒りで真っ赤に染まって突っ込まれた。そのまま、タロとギギの脳頭頂部へ、容赦のない拳骨が落とされる。


鈍い衝撃とともに、二人は同時に声を詰まらせて床へ転がった。


団長がブツブツと文句を言いながら去った後、タロは頭を押さえながらベッドに這い上がった。


「……お前のせいだぞ、ギギ」


「タロのせいでしょ!? 体にヒビが入るかと思ったわよ! 気高く高位の精霊に、ゲンコツする人間がいるなんて思わなかったわ!」


ギギは頭を両手で押さえながら、体内の光を七色にせわしなく明滅させて怒っている。

そのあまりにも締まりのない「高位の精霊」の姿に、タロの胸のつかえがふっと消えた。


「……その高位の精霊様が、七色に光りながら頭を押さえてるの、久しぶりに笑えたよ」


「うるさい!」


タロは外套を被り、目を閉じた。酒精の熱が、心地よい微睡みを連れてくる。


「おやすみ、ギギ。明日もきっと、面倒なことになるだろうな」


「……ふん、おやすみ。踏み潰されないようにしなさいよ」


七色の光が、静かに藍色の、落ち着いた夜の光へと溶けていく。


明日は、十メートルの巨獣が待つ荒野への出撃。タロは愛刀の感触を意識の端で確かめながら、深い眠りへと落ちていった。

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