異界の騎士達4
「ゼグのやつはさ、私の三つ下の幼馴染でね。昔から私の弟分みたいなもんなんだ」
ゾガは差し出された丸椅子にその巨躯を預け、手にした酒瓶をじっと見つめながら、ぽつりと溢した。
「あいつは姫様に惚れてる。それでアンタにあんな失礼な態度を取っちまうんだ。……私からも詫びるよ」
「知ってるさ」
タロは研ぎ石の手を止めず、短く応えた。
「子供がそのまま大きくなったような奴さね。私が付いてないと危なっかしくて見ていられない。……アンタがこの国の戦力として、きっと必要な人間だってことは、あいつだって頭じゃ分かっているはずなんだ。なのに、姫様への恋心をあの『ザグドブ』につけ込まれて……。本当にすまん」
ゾガが大きな頭を下げようとする。タロは慌てて研ぎ石を置き、手を振った。
「頭を上げてくれ、ゾガさん。俺は気にしてない。……と言えば嘘になるか。いや、本当にゼグへの怒りは大して無いんだ。ただ、ガズドに操られているゼグを見ているアンタが、少し気の毒でな」
「ど、どういう意味だい? そりゃ」
ゾガが意外そうに片眉を跳ね上げる。
「まぁ、その……何と言うか。家族へのそれとも違う、何か別の眼差しをしているよ、ゾガさんは」
タロの言葉に、ゾガの健康的な褐色の肌が、一瞬で耳の根元まで真っ赤に染まった。
「えぇっ!? 違う違う! そんなんじゃないよ! 私はただ、その、同郷だし、ずっと一緒だっただけで、その、あの……あぁ、もう! とりあえず飲もう、タロさん! 口に合うかはわからないが、とにかくこの国で一番強い酒だ!」
誤魔化すように、ゾガは粗末な木杯に並々と透明な液体を注ぎ、タロに押し付けた。
「乾杯」
タロが杯を持ち上げる。
「カンパイ? それはタロさんの国の言葉かい? なるほど、杯を乾かすって意味か。こっちじゃ『ヂーン!』って言うんだ。それじゃ、カンパイだ!」
「ヂーン」
タロが返して杯を口に運んだ瞬間、ゾガの丸太のような手がタロの背中を豪快に叩いた。
背後からの凄まじい衝撃に、タロは「ぶふっ!」と口に含んだ酒を盛大に吹き出した。激しく咳き込むタロを見て、ゾガがあわてて手を引っ込める。
「すまんタロさん! あんたの強さならこれくらい平気かと思ったんだけど!」
「いや、大丈夫だ、ゾガさん……。油断した俺が悪い。……いや、油断していなくても耐えられなかったと思うがな」
タロが顔を拭いながら苦笑すると、ゾガは緊張が解けたようにガハハと大笑いした。つられてタロの口元からも、自然と笑みがこぼれる。
その様子を、机の隅からギギがじっと見つめていた。その体内のガラスの奥から、驚きを含んだ白く柔らかな光が淡く明滅する。
「タロが機械いじり以外で、そんな風に笑うの初めて見たかも」
「しかし、この酒は……何というか、強烈だな」
タロは喉に残る、焦げるような熱感に眉をひそめた。
「そりゃそうさ。普通は料理に少しだけ振りかけたり、戦場で傷の消毒に使うような代物だからね! 割らずにそのまま飲むのは、騎士団の中でも私くらいなもんさね」
ゾガは自慢げに胸を張り、自身の杯を一気に飲み干した。
「ほう……」
軍人の意地が、タロの胸中でわずかに首をもたげる。タロも負けじと、残りの酒精をグイと喉に流し込んだ。洗練されていない粗野なアルコールが、文字通り喉を焼きながら胃に落ちていく。南洋の基地で回し飲みした、粗悪な密造酒を思い出す味だった。
「さてと。明日は早いから、私はもう宿舎に戻るよ。明日からも気を抜くんじゃないよ、タロさん」
ゾガは腰を上げ、満足そうに笑った。
「あぁ、ありがとう、ゾガさん」
「……それと、話を聞いてくれてありがとな」
扉に手をかけたゾガが、背中を向けたまま、小さく声を落とした。
「え? 何か言ったか、ゾガさん」
「何でもないよ! あんたも早く寝な!」
ゾガはのしのしと足音を響かせ、逃げるように去っていった。
静かになった部屋で、ギギが体内の光を藍色のからかいの色彩に変えて、タロの顔を覗き込んできた。
「タロって本当にデリカシー無いよね。モテないでしょ?」
「なんだと? 俺には『静』という許嫁が居るんだ。それに、元の世界じゃ海軍の航空兵は凄くモテたんだぞ」
タロは心外だとばかりに胸を張った。胸の奥に仕舞い込んだ、内地の美しい黒髪の少女の面影が、一瞬だけ脳裏を過る。
「ふーん。かいぐん?とかよくわかんないけど、顔だけは良いもんね」
「『顔だけは』とは何だ、このガラスの妖精」
「妖精じゃなくて精霊! 何よ、タロなんてペットみたいな名前のくせに!」
「これは太郎という立派な……!」
声を荒らげかけた、その時だった。
「やかましいッ! 夜中に何をごちゃごちゃと騒いでおるか!」
部屋の扉が乱暴に開け放たれ、宿舎の見回りをしていた騎士団長の禿頭が、怒りで真っ赤に染まって突っ込まれた。そのまま、タロとギギの脳頭頂部へ、容赦のない拳骨が落とされる。
鈍い衝撃とともに、二人は同時に声を詰まらせて床へ転がった。
団長がブツブツと文句を言いながら去った後、タロは頭を押さえながらベッドに這い上がった。
「……お前のせいだぞ、ギギ」
「タロのせいでしょ!? 体にヒビが入るかと思ったわよ! 気高く高位の精霊に、ゲンコツする人間がいるなんて思わなかったわ!」
ギギは頭を両手で押さえながら、体内の光を七色にせわしなく明滅させて怒っている。
そのあまりにも締まりのない「高位の精霊」の姿に、タロの胸のつかえがふっと消えた。
「……その高位の精霊様が、七色に光りながら頭を押さえてるの、久しぶりに笑えたよ」
「うるさい!」
タロは外套を被り、目を閉じた。酒精の熱が、心地よい微睡みを連れてくる。
「おやすみ、ギギ。明日もきっと、面倒なことになるだろうな」
「……ふん、おやすみ。踏み潰されないようにしなさいよ」
七色の光が、静かに藍色の、落ち着いた夜の光へと溶けていく。
明日は、十メートルの巨獣が待つ荒野への出撃。タロは愛刀の感触を意識の端で確かめながら、深い眠りへと落ちていった。




