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ガランド戦記  作者: 拝頼人
1章:銀翼の渡来人
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銀翼の渡来人

チリン――。

冷たいガラスが触れ合うような音が、耳の奥で遠ざかっていく。


激突の衝撃も、爆発の轟音もなかった。

あるのは、肺腑を焦がすような硝煙の臭いと、肌を刺すような冷たく乾いた風の感触だけだ。


「……っ!」


日向太郎タロ海軍一等飛行兵曹は、弾かれたように目を見開いた。

割れた計器のガラス。

ひしゃげたキャノピーの隙間から滑り込む、見たこともないほど乾いた空気。


生きている。

米戦艦へ体当たりを敢行したはずの己の肉体は、未だ零戦のシートの中にあった。


だが、風防の向こうに広がる景色は、ハワイの真珠湾ではなかった。


「なんだ……? 地上戦か……!?」


タロは操縦桿を握り直した。

高度はわずか数百。眼下に広がっていたのは、赤茶けた大地と、見たこともない奇妙な中世の城塞都市だった。

その都市が、今まさに地獄の業火に包まれている。


「――おのれっ!」


タロの黒い瞳が、激しい怒りに燃えた。

旋回しながら見下ろした街の路地で、黒い鎧を纏った軍勢が、逃げ惑う民間人を容赦なく剣で突き殺していた。

母親の骸にすがりつく幼い子供に、冷酷な大剣が振り下ろされる。

その光景に、故郷に残してきた許嫁、香山静の姿が不意に重なった。


タロの指が、自然と二十ミリ機銃のトリガーへとかかる。

その時、タロの零戦の前に、不気味な影が立ちはだかった。


白い、巨大な鳥の骨を組み合わせたような、全高十メートルほどの異形


「化け物め……!」


タロは限界まで精神を研ぎ澄ました。「明鏡止水」。

一刀流の剣理を持って、空を舞う異形の巨躯の動きを見切る。



タロはひらりと敵機の死角へ回り込むと、二十ミリ機銃の引き金を引き絞った。

空間を震わせる狂暴な連打音がコックピットを満たす。


銃身から放たれた赤色の曳痕弾が、容赦なく異形の白骨を穿ち、肉を削ぐようにその装甲を粉砕していった。


黒煙を吹きながら、斜めに荒野へと墜落していく敵機。


だが、勝利の代償は大きかった。

最後の一滴の燃料を絞り尽くし、栄エンジンが完全に停止する。


プロペラが速度を失い、静止した。

風切り音だけが響く中、零戦は急速に高度を下げていく。


狙うは、激しい白兵戦が繰り広げられている、城塞都市の中央広場。


「静、守ってくれ……!」


タロは計器盤の隅でかろうじて耐えていた静の写真に触れると、滑空する銀翼の機首を、広場へと向けた。

背骨を突き抜けるような、凄まじい質量同士の衝突。

ひしゃげる金属の摩擦熱と、巻き上がる赤茶けた土煙がキャノピーを覆い隠し、タロの視界を強制的に奪い去った。


零戦二一型は、城塞都市の広場へと、滑り込むように不時着したのだ。

だが、速度が死んでいない。このままでは正面の城壁に激突する。


(――回れっ!)


タロは一瞬の判断で、広場の中央にある巨大な石造りの噴水に、右の主翼をわざと引っ掛けた。

衝撃と共にへし折れる主翼。


しかし、その破壊のエネルギーを利用して、零戦の機体は地を滑りながら猛烈な地滑り急旋回を敢行した。


金属が引き裂かれる悲鳴が響く。

強烈な横Gに耐えながら、タロは機首を、今まさに城門を破って雪崩れ込もうとしていた黒衣の歩兵集団へと向けた。


正面、距離五十。

タロは残された七・七ミリ機銃のトリガーを、親指で深く押し込んだ。


――次の一瞬、広場の空間そのものが引き裂かれた。

鼓膜を圧する高速度の破裂音が、石造りの広場に木霊する。

銃身から放たれた鉄の雨が、城門から雪崩れ込む黒い軍勢を正面から迎え撃った。

人間の肉体など、航空機用の機銃の前には紙切れも同然だった。

鎧ごと肉体を寸断され、弾け飛ぶギド兵たち。広場の入り口は、一瞬にして肉片と血の海と化した。

やがて、撃ち尽くした機関銃が乾いた金属音を立てて沈黙する。


弾切れ


立ち込める硝煙の向こう、沈黙した銀色の怪物のコックピットから、一人の黒髪の日本の軍人が、静かに姿を現した。

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