異界の騎士達2
練兵場での一件ののちも、大臣ガズド・オンの陰湿な嫌がらせは執拗に続いた。
しかし、その中でも『ガラダイン一号機』の接収を巡る一幕は、思い出すだけでも傑作だった。
あの『ザグドブ』は、タロから最新鋭の鋼骨騎を強奪すべく、武装した私兵を連れて工房へ土足で乗り込んできたのだ。だが、結果は無様極まるものだった。ガズドが連れてきたお抱えの操縦者たちが、代わる代わるガラダインの操縦席へ潜り込んだものの、鉄の巨躯は完全に沈黙したまま、うんともすんとも言わなかった。
業を煮やしたガズドが、あろうことかガラダインの重厚な脚部装甲を怒りに任せて蹴り上げ――逆に自身の足を痛めて、部下に担がれながら悲鳴を上げて退散していった。鉄の塊を素足で蹴ればどうなるか、子供でも分かりそうなものだが。
その後、この国を巡る政治の天秤は複雑に揺れ動いた。
国王やセゼ王女、そして前線の将軍たちは、ギド軍の脅威を前にタロという異世界の戦力を惜しんだ。それぞれの派閥に思惑はあれど、結果としてガラダイン一号機は正式にタロの預かりとなった。最下級騎士への左遷という屈辱の裏で、ここまで立ち回ってくれたセゼ王女の尽力には、素直に感謝せねばなるまい。
だが、タロにはひとつ、どうしても解せない疑問が残っていた。
「おい、ギギ。何でガラダインは、俺以外の奴には反応しなかったんだ?」
夜の薄暗い工房。改修中のガラダインの肩に腰掛け、タロは傍らに浮遊するガラスの精霊に問いかけた。
ギギの体内の光が、藍色の『ドヤ顔』の色彩へと澄み渡る。顔の筋肉は一切動かないが、その光の明滅だけで、彼女が今どれほど胸を張っているかが分かった。
「決まってるじゃない。この子は特別なの。だって私が宿ってるんだもん。タロ以外に反応するわけないじゃない?」
「……待て。待て、ギギ」
タロは眉をひそめ、鉄の巨躯を見上げた。
「すると、この国の鋼骨騎には、全部お前みたいな妖精が宿っているのか?」
その瞬間、ギギの光が「ピキピキと細かく尖った赤白い光」へと変貌した。不満と怒りのサインだ。
「妖精じゃなくて精霊! そろそろ覚えてよね! 他の子に精霊なんて宿ってないわよ。私はただ、面白そうだからってこの子に宿ってみただけ!」
「面白そうだから、だと?」
「そうよ! そしたら、こんな面白い奴が空から乗り込んでくるんだもん。最高に当たりを引いたわ!」
ギギは体内の光をチカチカと愉快そうに明滅させる。あまりにも気まぐれな精霊の生態に、タロは頭痛を覚える。
「じゃあ、前の操縦者はどうなんだ? あの戦場で流れ矢に当たって戦死したっていう、本来の乗り手は?」
「知らないわよ、そんな人。アンタがこの世界に飛ばされてきて、あの子の近くに来たから、私はあの子に宿ったんだもん。前の奴なんて関係ないじゃない」
(そんな滅茶苦茶な……)
タロは内心で溜息をついた。すべては偶然の重なりだったというわけか。
とはいえ、ガズドの強奪から守られたのは幸運だった。もうすぐ零戦の心臓部を組み込む改修が完了するところだったのだ。
「とにかく、奪われなくて良かったよ。親方、みんな、ありがとな。ガズドの嫌がらせに負けずにここまでやってくれて」
タロが工房の奥で工具を握る職人たちに声をかけると、煤塗れの主人――工房の親方が、重い溜息とともに向き直った。その頑固そうな顔には、深い苦渋が刻まれている。
「タロ、喜ぶのはまだ早い。……いや、最悪の壁にぶち当たった」
「壁?」
親方は、零戦の残骸から取り外された制御系パーツと、ガラダインの駆動部を繋ぐ予定の箇所を指差した。
「あんたの言う『尾翼を操作するための鉄の紐』……ワイヤーってやつだ。それを組み込もうにも、この世界には細い金属の紐を編み込んで、強靭な索を作る技術がねえ。今のままだと、あんたがどれだけ操縦桿を引いても、機体はまともに追従しねえんだよ」
タロは絶句した。
地球ではありふれた、航空機を制御するための鋼索(鋼線ワイヤー)。それがこの世界の金属加工技術では再現できない。精密な航空機と、質量で動く鋼骨騎の、決定的な文明の溝だった。
「……打つ手なし、か?」
「いや、一つだけ代替品がある」
親方は顎をさすりながら、忌々しそうに言った。
「森に棲む、大型のトカゲのような原生生物――『ガガ・ゲゲ』の、背に走る腱だ。あれなら、あんたの言うワイヤーと同じだけの強靭さと柔軟性がある。この国の最高級の武具の裏打ちにも使われる極上品だ」
タロの目に、わずかな希望の光が宿る。しかし、親方の次の言葉がそれを叩き潰した。
「だがな、ガガ・ゲゲは全長10メートルを超える化け物だ。身体中が天然の鎧のような鱗で覆われていて、性格は極めて凶暴。滅多に姿を現さねえ希少生物でな。騎士団が総出で討伐採取に向かって、命がけで1体仕留められれば御の字って代物だ。今の人員じゃ、とてもじゃねえが手が出せねえ」
10メートルの怪獣を相手に、騎士団総出の討伐。最下級騎士に落とされ、まともな部下もいない今のタロにとって、それはあまりにも絶望的な条件だった。
(どうしたものか……。ここまで来て、材料不足で足踏みか)
ガラダインの冷たい装甲に手を当て、タロが思考を巡らせていた、その時だった。
工房の重い扉が開き、一人の若い兵士が息を切らせて駆け込んできた。
「日向太郎最下級騎士! 騎士団本部より伝令です!」
兵士の張り詰めた声が、油の臭い満ちる工房に響き渡った。




