銀翼の渡来人13
ゴバ王国の象徴たる白亜の王宮は、凱旋とは名ばかりの、重苦しい敗戦の熱気に包まれていた。
謁見の間の冷たい大理石の床に跪き、セゼ王女は父王へと決死の報告をあげていた。その声は張り詰め、広い空間に鋭く響き渡る。
「……我が軍の動向は、完全にギド側に筒抜けでございました。奴らは奇襲により、我が方の重要都市を一つ瞬時に蹂躙したのです。さらに――」
セゼは一度言葉を切り、唇を噛み締めてから続けた。
「ギドは、やはり『鋼骨騎』の量産に成功しております」
居並ぶ家臣たちの間に、目に見えるほどの動揺が走った。絶望の囁きが広がりかける中、セゼは毅然と顔を上げる。
「ですが、我が窮地に、空より『銀翼の怪鳥』を駆る渡来人が現れました。彼は未完成のガラダインを操り、我らをここまで守り抜いてくれたのです!」
「英雄だ!」「あの伝説の渡来人が実在したのか!?」
一転して湧き立つ家臣たち。これで国は救われる、神の加護だと歓声が上がる中、列の最前方に立つ官房大臣ガズド・オンだけは、肉の薄い顔を酷く苦々しく歪めていた。
そして、騎士団の末席――まだあどけなさの残る十六歳の若き騎士、ゼグ・バストークもまた、拳を血が滲むほどに握り締め、晴れがましい顔とは程遠い、激しい嫉妬と憤怒の眼差しを床に落としていた。
政治の喧騒を離れた王宮の地下工房。
セゼ王女の命によって運び込まれたのは、タロが乗ってきた『零戦』の無惨な残骸、そして道中で撃破した敵の鋼骨騎の装甲パーツだった。
タロはその日から工房に泊まり込み、現地の職人たちと油塗れになってガラダインの改造調整に没頭していた。言葉は通じなくとも、図面と鉄の匂いが彼らを出会ったその日から戦友に変えていた。
「フレームに穴を開けろって!? バカ言っちゃいけねぇよタロさん! そんな事したら強度が落ちちまう!」
頑固そうな老職人が、身振り手振りを交えて大声を張り上げる。タロはふっと息を吐き、ガラダインの無骨な胸部フレームを叩いた。
「そうだ、それで良いんだ。こいつは頑丈に作りすぎで安全マージンが高すぎる。だが、それは俺の空戦理論に反するんだよ。どうせ当たればお終いだ。だったら、うんと軽くして反応速度を上げて欲しい」
言葉のニュアンスを感じ取った職人が、呆れたように頭を掻く。
「……死ぬ気かよ、あんた」
「当たらなければどうということはない、さ。それから、このパーツをコクピットに付けてくれ」
タロが差し出したのは、零戦の残骸から丁寧に取り外された高度計や速度計といった計器類だった。横で見ていたギギも巻き込まれ、「何が何だかわからないわよ!」と文句を言いながらも、小さな手でネジを回したり外したりを手伝う。鉄を打つ音と火花の中で、タロの戦機が生まれ変わろうとしていた。
数日後。タロは再び王宮の謁見の間へと呼び出された。
厳かな儀式の空気の中、父王とセゼ王女の前に立つ。与えられたのは騎士の爵位。しかしそれは、セゼが事前に望み、裏で手を回していたものよりも、グッと下がった「最下級の騎士」の位だった。
「……本当は、もっとあなたに相応しい権限を与えたかったのですけれど……」
セゼが申し訳なさそうに眉をひそめる。タロは言葉の意味こそ分からなかったが、彼女の浮かない表情から察するものはあった。
そこに、待ってましたとばかりにガズド大臣の耳障りな声が響き渡る。
「慣例ですので! 素性も知らぬ、言葉も通じぬ者に、これだけの地位を与えることがどれだけ異例で大変な事か! 伝統あるゴバの秩序を乱すわけにはまいりませぬ!」
演説のようにくどくどと、そして勝ち誇ったように喋り続けるガズド。
タロは小さくため息をつき、隣のギギに視線を向けた。
「ギギ、通訳しなくても、あいつによく思われてないってことぐらいは分かるな」
周囲の他の大臣や家臣たちの口からも、小声で「ザグドブ」という言葉が漏れ聞こえる。セゼも父王も、押し切られたように苦渋の表情を浮かべるばかりだ。
「ギギ、なんて言ってる?」
「……『毒虫』とか、そういう悪口ね。あのガズドって大臣、そうとう嫌われてるのかな?」
「だろうな。漫画の悪役ってツラだしな」
「マンガ? マンガってなに?」
「あーっと……絵に言葉が書いてあって、それが連続して物語になったものかな」
「へーえ、あたしも読んでみたいな、マンガ!」
「こっちの世界にゃ、まだ無いか」
王宮がどれほど陰湿な政治劇で揺れていようと、タロたちの間には、どこか壁を一枚隔てたような独自の空気が流れていた。
よく分からない儀式のまま、用済みとばかりに王宮を追い出されたタロとギギ。
振り返る王宮の窓からは、様々な思惑が刺すような視線となって突き刺さる。ゴバの国を覆う陰謀の糸は、確実にタロの足元へも伸びていた。
「さ、工房へ戻ろう。もうすぐ俺たちの新しい翼の完成だぞ、ギギ」
「えっ……? 今、私『達』って言った? 達って! なにタロ、あたしに惚れたの!?」
「うるさい、違う。ただの同乗者だからだ。それに――」
タロは歩みを止め、灰色の空を見上げた。
「俺には、許嫁がいるんだ」
(静……きっと帰るからな)
心の中で呟いたその人の名は、この異世界の風に溶けて消える。
見上げる空には、これからのタロの激動の運命を予感させるように、分厚い暗雲が低く立ち込め始めていた。




