銀翼の渡来人11
山脈の空が、二人の武人の殺気で歪む。
ザガ・フォン・ディキテンスタインが駆る鋼骨騎『ドル・ゾ』は、まるで彼の手足そのものだった。幾多の戦場を潜り抜けてきたその連撃は、タロの想像を遥かに超えていた。
「流石に使い慣れてやがるな、あの騎士様は……!」
タロはガラダインの機動を極限まで絞り込む。全天周モニターに映るドル・ゾの動きは、洗練された一振りの名刀のようだった。
その時、ドル・ゾの腕部に装着されたバリスタが鈍い音を立てる。次の瞬間、人の胴体ほどもある巨大な長矢がタロの視界を裂いた。
「くっ!」
タロは反射的にガラダインを捻る。長矢はガラダインの頭部をかすめ、断崖の岩肌を砕いた。だが、この回避行動がタロの命取りとなる。
「しまった、位置エネルギーが!」
上昇の勢いを殺してしまったその刹那、ガラダインの背後の死角から、もう一本の長矢が放たれた。
耳を裂くような破裂音とともに、ガラダインの左腕が根元から四散した。
「ああああああっ!!」
タロは操縦席で絶叫した。腕を失った直接的な衝撃が、神経伝達を通じてタロの左肩に突き刺さる。
「タロ! しっかりして! 鋼骨騎の神経伝達は、痛覚すらもパイロットとリンクしているのよ! ダメ、無理しちゃ!」
胸ポケットから身を乗り出し、ギギが蒼い光を激しく明滅させながら泣き叫ぶ。だが、タロの耳には、その忠告すら遠く響く轟音の一部に過ぎなかった。
「……くっそ、痛ぇな……!」
「はっはっは! 渡来人よ、ここまでのようだな! 俺のこの手で、伝説を終わらせてやる!」
ザガが勝利を確信した笑みを浮かべ、巨大な騎士剣を空高く振りかざす。ドル・ゾがトドメの一撃を叩き込もうと、急降下してきた。
タロは歯を食いしばり、折れた左腕の断面から火花を散らすガラダインを強引に前へ出す。
「へっ……! 片腕でも戦えるのが、武士ってもんだぜ……騎士様よ!」
タロは右手で大剣を、あえてガラダインの重心を崩しながら低く構える。ザガの重い一撃が振り下ろされる、その瞬間。タロは敵の右目に、一点集中で剣先を合わせた。
左脚を引き、手首を柔らかく回す。
祖父に叩き込まれた剣術の理合が、異世界の鋼骨騎の中で開花する。
ザガが振り下ろした大質量の剣は、タロの剣先によって滑るようにいなされた。重い重量を受け流されたドル・ゾは、その慣性で前へと大きく姿勢を崩す。
「なっ……!?」
タロは、相手の剣を受け流したそのエネルギーを、そのまま大剣の回転力へと変えた。
片手で放たれる袈裟斬り。重力と勢いを味方につけた一撃が、ドル・ゾの左翼を完璧な軌道で切り裂く。
空中に、羽を模した鈍い鉄板の破片が雪のように舞い散った。
「ぐわぁぁっ!!」
ドル・ゾは体勢を立て直せず、山脈の谷底へ向かって墜落していく。だが、ザガは空中で強引に噴射骨を再起動させ、火花を散らしながら低空飛行で戦線を離脱していった。
遠ざかりゆくドル・ゾの中から、ザガの悔悟を孕んだ声が響く。
「……渡来人、タロ・ヒムカ……か。……その名前、忘れんぞ……!」
戦闘が終わった。
静寂が山脈に戻る。
タロはガラダインの機体を、重い動作で山道の平地へと降ろした。着地した瞬間、機体の核から遮断されたはずの痛覚が、怒濤のようにタロの全身を駆け巡った。
「……っ……」
操縦席から這い出る力すら残っていなかった。タロはハッチを開けたまま、ガラダインの足元に力なく崩れ落ちる。
全身を襲うのは、かつて感じたことのない猛烈な倦怠感。
まるで魂そのものを絞り取られるような疲労の中、遠くでギギの震える声だけが、何度も、何度もタロの名前を呼んでいた。
(……ああ、そうか。……これが、血の昂りの、代償か……)
タロの意識は、暗い泥濘の中へとゆっくりと沈んでいった。




