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ガランド戦記  作者: 拝頼人
1章:銀翼の渡来人
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銀翼の渡来人10

雨雲は完全に去り、昼の太陽が切り立った山脈の岩肌を白々と照らし出していた。


「この山を越えれば、ゴバの国だ……!」


避難民の間から、安堵に似た溜息が漏れる。だが、彼らの足取りは長旅の疲労で限界に達しており、遅々として進まない。馬車に積まれた零式艦上戦闘機二一型の残骸が、車輪の軋みとともに小さく揺れていた。

タロはガラダインの操縦席の中で、脳内に投影される全天周の視界を張り詰めさせていた。


その視界の端、頭上の断崖から、重力を嘲笑うように躍り出てきた二つの巨大な影。


敵国ギドの『鋼骨騎』だ。


奴らの狙いは、逃げ惑う足の遅い避難民ではない。明確な殺意のベクトルが、行軍の先頭を行くセゼ王女の馬車、そして最後尾を固めるタロのガラダインへと向けられている。


「タロ、上から来るよ! 今までの雑魚とは雰囲気が違う!」


タロの飛行服の胸ポケットから、ガラスの精霊ギギがひょっこりと顔を出し、体内を警告の赤色にチカチカと明滅させながら叫んだ。


先頭を行く一機――漆黒の機体に黄金の装甲を部分的に施した、ひときわ巨大な鋼骨騎の胸部装甲が、ガシャリと音を立てて開く。中から姿を現したのは、豪奢な鎧に身を包んだ、鋭い眼光の男だった。男は己の持つ巨大な騎士剣を胸の前に垂直に立て、山脈に響き渡る声で名乗りをあげる。


「我こそはギドの国に仕える騎士、ザガ・フォン・ディキテンスタインである! ゴバの国の騎士よ、いざ尋常に決闘を申し込む!」


その堂々たる大音声に、タロの胸の奥にある「軍人」の血が、静かに、しかし激しく熱を帯びた。

空中での名乗り。それは大東亜の空で戦う者たちが、互いの機体の識別引き込み線を見せ合うような、命懸けの礼節に思えた。


タロはガラダインのハッチを拳で叩き開け、身を乗り出す。風が飛行服を激しく叩く。


「やぁやぁ我こそは! 生まれは大日本帝国は帝都東京! 海軍一等飛行兵曹、日向太郎! いざ尋常に勝負!」


東京の、あのどこまでも青かった空を思い描きながら、タロは声を張り上げた。

名乗りを終えるや否やハッチを閉め、操縦桿を握り直す。


「ゴバに渡来人だと……!? しかし渡来人とて、その未完の木偶の坊では満足な戦働きも出来まい! いざぁ!」


ザガが吼え、開いていた装甲が閉じる。と同時に、ザガの鋼骨騎、そして背後に控えていたもう一機の部下機が、猛烈な勢いでガラダインへと突撃してきた。二機同時に、容赦のない挟撃の軌道。


「おい! 決闘じゃねえのかよ!? 話が違うじゃねえか!」


タロはガラダインを跳躍させ、敵の初撃を紙一重でかわしながら操縦席の中で文句を叫んだ。初の鋼骨騎同士の空中戦。空戦の理合は分かっていても、翼のない人形兵器の挙動、そして未完成機特有の伝達系の遅れがタロの感覚を狂わせる。思うように機体が「飛ばない」。


「文句を言ってる暇があったら、何とかしてよタロ! ほら、後ろからも突っ込んでくる!」


胸ポケットのギギが、タロの顎の下で必死にしがみつきながら危険信号を明滅させている。


「チッ、二人がかりで力任せに……!」


ザガの重い一撃を大剣の腹で受け止めるが、その衝撃でガラダインが空中で姿勢を崩す。そこへ、部下の機体が逃げ場を塞ぐように肉薄してくる。完全に押し込まれていた。


(……この俺が、空中格闘戦で、遅れを取るだと?)


明らかなピンチ。しかし、タロの心音は恐怖ではなく、怒濤のような昂りへと加速していった。

脳裏を過るのは、真珠湾の空。無数の敵機に包囲され、火網の中を潜り抜けたあの瞬間の、狂気的なまでの集中力。


「ナメるなよ……ッ!!」


タロの血が沸騰する。その「昂り」に呼応するように、ガラダインのコアが、かつてないほどの輝きを放った。


「なっ、なんだあぁ!? 出力が上がった!?」


ガラダインの全身の骨組織から、パキパキと高負荷の音が鳴り響き、機体の駆動速度が跳ね上がる。タロの意思と機体のラグが、その熱量によって完全に消失した。


後方から、ザガの部下機が勝利を確信したような猛烈な質量で体当たりを仕掛けてくる。


「堕ちろっ!」


タロは叫ぶと同時に、ガラダインの背部にある、翼を模した飛行骨を力強く羽ばたかせた。


瞬間的な大推力。ガラダインは垂直に近い角度で、敵の頭上へと文字通り「急上昇」してみせた。突進してきた部下機は虚空を殴り、追うようにザガの機体が機首を上げる。


二機の敵鋼骨騎が、必死にタロの背中を追って上昇してくる。上昇力の限界、失速ストールギリギリの高度。


その頂点で、タロは冷徹に笑った。


「空戦のイロハを、教えてやる」


ガラダインは、急にその激しい羽ばたきを完全に止めた。

推力を失った巨体が、重力に従って文字通り「自由降下」へと移行する。だが、ただ落ちるのではない。タロの絶妙な操縦桿捌きにより、機体は左右にひらひらと不規則に身を翻しながら、滑り落ちるように反転した。


帝国海軍のお家芸――『木の葉落とし』。

追撃していたザガと部下機は、眼前の獲物が突然「意思を持った木の葉」のように軌道を乱して自らの背後へと滑り落ちていく様を、ただ呆然と見上げるしかなかった。異世界の戦闘の概念にない、軌道マニューバ


すれ違いざま。

上下が完全に逆転した視界の中で、タロは冷静に、敵機の「未来位置」を見定めていた。

加速する自由降下の勢いをそのまま乗せ、ガラダインの大剣の刃を、ただそこへ『置いておく』ように突き出す。


強烈な、骨が砕け、鉄が引き裂かれる手応えが操縦桿を通じてタロの手のひらに伝わった。


タロの一撃をまともに胴体に受けた敵機は、制御を完全に失い、白煙を吹きながら山脈の尾根へと真っ逆さまに墜落していった。凄まじい轟音とともに土煙が上がり、一機が完全に沈黙する。


「お見事っ!!」


ギギがポケットの中で飛び跳ねて歓声をあげる。

空中に残されたのは、タロのガラダインと、ザガの黄金の鋼骨騎。


ザガの機体が、驚愕と怒りに震えながら、空中での体勢を立て直した。装甲の隙間から、ザガの忌々しげな声が漏れ聞こえる。


「……小癪な真似を……! 渡来人の戦技、見くびっていたわ!」


タロはガラダインの大剣を正眼に構え直し、全天周の視界の中心に、ザガの機体をピたりと捉えた。胸の昂りは最高潮に達しているが、その瞳は、凍りつくほどに冴え渡っている。


「さぁて……。お邪魔虫は消えた。これで一対一の、本当の『決闘』だ。来いよ、騎士様!」


山脈の頂、遮るもののない蒼穹の下。

二つの魂が、真の死闘へと突入しようとしていた。

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