帰還
『9月13日。もう限界だ。早くここから抜け出したい。…しょうがないから明日父さんに相談することにした。いつ以来だろう父さんに会うのは。僕が小学校に入った頃にはもう父さんは北海道に一人で住み込んでいたから、10年ぶりくらいになるのか』
エデンの壊滅を目の当たりにしてから約一週間。
僕達は、来た道を猛スピードで引き返し、行きにかかった時間の半分程度でマルコ達の町へと帰還した。
帰還して直ぐに、町を歩くマルコとアリサを発見した。
「マルコ!アリサ!無事だったんだね」
元気そうな様子のマルコとアリサを見た僕は、安堵の息を漏らした。
「どうしたんだリュウ。そんなに慌てて」
「久しぶりリュウ、リンカ。それでイブ様には会えたの?」
マルコもアリサもどうしたんだと不思議そうな表情で僕達を見る。
いや、マルコとアリサだけじゃない。
この世界の危機を伝えようと必死でマルコ達に詰め寄る僕とリンカは、いつもと変わらぬ平穏な時が流れるこの町では明らかに浮き出っていた。
ベンチに腰掛けお弁当を食べる人、町の片隅に陣取り集まった少しの観客の前で音楽を演奏する人、馬の世話をする人、この町の住人はみんな、まだ管理者が拉致されこの世界に危機が迫っているということを知らない。
「マルコ、アリサ……いや」
僕はそんな平和な時間を過ごす、この町の人達の方を振り返った。
「みんな聞いてくれ!!!」
僕は出しうる限りの大声でそう叫んだ。
僕の声が響き渡り、その後直ぐにあたりはシーンと静寂に包まれた。
「ど……どうしたんだよリュウ。急に大声出して」
「マルコ。落ち着いて聞いてほしい」
心配するマルコを諫め、再び町の人達の方へと体を向ける。
「みんな僕が今から言うことをできる限り多くの人へと伝えてくれ!!一刻も早く対策を取らないと大変なことになってしまう!!」
僕の言葉を聞いた町の人達はザワザワとし始めた。
彼らは僕の周りを取り囲み、次第に小さな人だかりが出来る。
そんな中、
「おいおいにいちゃんよお!大変な事っていったい何だあ?」
昼間っから随分と呑んだのだろう。
顔を真っ赤にした酔っ払いのオッサンが、人だかりをかき分け僕の前に立った。
あまりの強面に僕は少しばかり怖気づく。
「イブが……」
「ああん?」
オッサンは鼻と鼻がくっつきそうなくらいにまで、僕に詰め寄った。
だが、ここで怯んではいけない。みんなに伝えなければ。
僕は覚悟を決めた。
「だから管理者イブが……アルファリオンに連れ去られたんだ!!!」
喉が潰れそうなくらいに振り絞って出した僕のその叫びは再び辺りに響き渡り、その後再度の静寂に包まれた。
直後
「ガハハハハ!おいにいちゃん!おめえ頭でもおかしいんじゃねえのか」
オッサンは吹き出してそのまま腹を抱えて笑い出した。
周りで見ていた他の町の人達もそんなオッサンにつられて苦笑の表情を浮かべる。
「連れ去られたって……ねえ」
「はは。あり得るわけねえよ。アイツあの町は使徒様が守ってるってこと知らねえんじゃねえの?」
「いやでも確かに最近雨は降ってないし、次の物資恩寵日の予定日の案内も遅れてる……」
「バカ。んなこと今まで何度もあった事だろうが」
町の人達が思い思いに言葉を発する。
だが、大半の人々は僕の言葉を全く信じようとしていない様子だ。
……どうすれば信じてもらえる
イブがいなくなった今、管理者によって行われていたこの町への物資の供給が途絶えているはずだ。
早く対策をとらなければ、いざ今町にある食べ物や衣服が無くなった時に大変な事になる。
そんなことを考える僕を横目に、リンカが僕とオッサンの間に割って入った。
「使徒達は全員死んだ。今のリュウの言葉だって死にかけの使徒から預かった遺言なのよ?」
オッサンは一瞬ギョッとした表情を浮かべた。
そして、すぐさま真剣な表情になり、リンカの襟元をグッと掴んだ。
その顔に先程までの笑いはない。
「おいお前。今自分が何言ったか分かってんのか?」
そんな彼の手をリンカは軽々と払いのけた。
険悪な空気があたりを覆う。
「使徒様が死んだだと?あの方達がそのアルファリオンとかいうのに負けたとでも言うのか。貴様侮辱以外の何物でもないぞ」
さっきまでバカにしたような視線を僕達に向けていた町の人達も、いつしか真剣で怒りの混じった表情に代わっていた。
イブが連れ去られたと聞いた時の彼等の様子とは大違いだ。
「階位5の使徒様が敗れるならば一体誰がこの世界の秩序を護れるというんだ。居るかどうかも定かではない幻の階位6の者でも探すのか?」
そういうことか。
管理者であるイブが連れ去られたと聞いた時ではなく、使徒が敗けたと聞いた時に彼等は怒りを顕にした。
それはこの世界にとって階位が絶対なものだからだ。
管理者であるイブにはそもそも階位というものが与えられていない。
それ故に彼等は怒りを顕にすることはなかった。
だが階位5、今のオッサンの話で言うと、恐らく彼等が認識している中で最高階位を持つ者の敗北というものを、彼等は認める訳にはいかなかったのだ。
階位が絶対か……
いつもの僕ならばそれに真っ先に嫌悪感を抱いただろう。
だがこの状況においては、それは都合がいい。
「幻の階位6?そうか、あなた達は知らないのか」
「お、おいリュウまさか」
僕がやろうとしている事を察したのか、マルコが僕に大丈夫か?と心配の目を向ける。
そんなマルコを僕はこちらも目で制止した。
仕方ない。なんで与えられのかもわからないこの大層な数字も、今の状況を打開するのに少しは役に立つだろう。
「何の話だ?」
オッサンが如何わしい表情でこちらを見つめる。
僕はステータスウインドウを開き、それを拡大化させて、周りの皆に見えるよう僕の頭上で展開させた。
「お、おいおいおい」
そこに表示された6の数字は直ぐにオッサンや周りの人々の瞳に映し出された。
「僕こそが……この世界で最高階位を持つものだ!!皆僕の言うことに従い速やかに食料品の貯蓄にかかれ!!そして……僕達は必ずイブをアルファリオンから取り返す!!」
どうだろうか。これで僕達の思いは彼等に通じるだろうか。
僕は恐る恐る町の人達の方を見た。
「階位……6だって?」
「この男が、使徒様より上の階位を持つものだって言うのか?」
まだ疑っている者もいる。
だが、さっきまでとは明らかに違う眼差しで、彼らは僕のことを見始めた。
「お前が……最高階位?」
おっさんがそう僕に言い寄ったその時だった。
「た……大変だ!!」
緑の制服に身を包み、星型のバッジを肩につけた若い男がものすごい形相で、人だかりの前に割って出てきた。
この緑の制服は、緊急伝令官の制服だ。
「みんな聞いてくれ!」
緊急伝令官が動くなどよっぽどのことがあったに違いない。
皆僕から彼の方へと視線を移した。
「どうしたんだ?」
「ゴブリンが、ゴブリンの大群が……この町に向けて攻めて来ているらしい!!その数……恐らく2000程だ!!」




