楽園の壊滅
『9月12日。今日も神谷さんと話をした。神谷さんと話をしている間は、他の嫌なこと全部忘れられる。もし母さんが生きていたなら、彼女のように優しく僕を励ましてくれたのだろうか』
「イブが誘拐された?」
もっと詳しく聞こうとしたが、兵士は既に息絶えており、これ以上のことは聞けずじまいだった。
「リンカ。この町は使徒が護ってたはずだよね」
「ええ、そのはずよ」
「じゃあどうしてこんなことになってるんだよ。使徒ってのは最強の守護神じゃなかったの?」
「そんなの私だって分からないわよ。一体何がどうなってるのよ」
あまりの悲惨な状況に、僕たちはどうやら気が動転しているようだ。
気を落ち着かせようと、僕は一度目を瞑り、燦々たるこの光景を視界から消し去った。
死体の中には子供もいた。血に染まった噴水近くで横たわっているあの子の側には親の死体も一緒だったから、おそらく買い物の最中だったのだろう。
道化師のような格好をしたまま、散乱した商売道具に囲まれて血を流し息絶えているものもいた。街の至る所に、商品だけが置き去りになった店の残骸が残っていた。それらは、如何にこの町が活気に溢れ、平和な時間が流れていたのかということを物語っている。
本当に桃源郷だったのだ。ほんの少し前までは。
桃源郷を地獄に変えた張本人。さっきの兵士はそれが「アルファリオン」であると言った。
先日のドルトリエ達の件といいアルファリオンとは一体何者なのだろうか。
以前マルコも、ゴブリン達が人を襲うようになったのはアルファリオンが関係しているのではないかと推測していた。彼らの目的はなんなんだ
「ガー、ガー」
気を落ち着かせるはずが、余計に考え込んでしまった。
そんな僕を、リンカに抱えられたこぶりんが僕の袖をクイッと引っ張った。
「うん?どうしたんだこぶりん」
こぶりんは、少し先の石畳で倒れている派手な鎧を身につけた兵士を指差していた。
兵士はそこら中で血を流しながら倒れているが、その鎧の兵士だけは明らかに他と一線を画しており、おそらく死んでいるのであろうが、それでもなお威厳の様なものを彼から感じ取れた。
「リンカ」
「ええ」
僕たちはその鎧の兵士の元へと歩み寄る。
改めて近くで見ると、やはり立派な鎧だ。
鎧のあちこちに黄金が敷き詰められ、背中には金色のリンゴの刺繍が施されている。このリンゴのマークは恐らくエデンの国章だ。城下町のあちらこちらにリンゴのマークが記された旗が立っている。
しかし、僕達の目を引いたのはそんなところではない。
鎧を外すことで露わになった、その兵士の額だ。
「リンカ。これって」
「うん間違いないわね」
その兵士の額に刻まれていたのは蛇の刻印。
これが意味することは……
「この兵士……いや騎士は、12守護聖騎士団「使徒」のうちの一人ね」
最強と呼ばれた「使徒」
その亡骸は、大層威厳に満ちたものであった。
身体には何本もの矢が打ち込まれ、皮膚は雷にでも撃たれたのかと思えるほどに黒くただれている。それは、この騎士がここまでの攻撃を受けなければ倒れなかったという証だ。
だが、その威厳ある死体を見れば見る程、それに勝利し、この騎士を屠ったアルファリオンの恐ろしさに僕は身が震え上がった。
「この様子だと、他の「使徒」も全滅でしょうね」
「うん。残ってたらここまで町が荒らされることもないだろうしね」
そう言って、僕はもう一度町を見渡す。
「これからどうしようか」
「管理者がいないんじゃ、どうしようもないわね」
結局、僕達は元の世界に帰る方法がわからないままだ。
そして、仮に帰る方法があったとしても、今の状況で帰るわけにはいかない。
この世界は管理者イブの管理によって成り立っているのだ。管理者が拉致され、管理者不在の今、この世界にどのような影響を及ぼすのか、はっきりとは分からない。だが嫌な予感がする。
「マルコやアリサ、それに町の人たちは大丈夫かな?」
「アリサ、この世界の天気や食べ物の供給は全部イブが管理してるって言ってた。そのイブが居なくなったっていうなら、彼らの生活はどうなっちゃうの?」
考えれば考えるほど不安は膨らんでくる。
そんな僕達が出す答えは一つしかなかった。
「マルコ達の町に帰ろう。イブが連れ去られたってことを報告するんだ」
僕達は急いでエデンを後にし、2週間かけて来た道のりを再びなぞって、マルコ達の町へと向かっていった。
ここまでで第一章が終わったので、文字数は少ないですが今回はここで区切らせてもらいます!
次回から新章に入りますのでよろしくお願いします!




