24話
彼方ちゃんのご両親のお見舞いに行ってから三日が経った。かれこれ彼方ちゃんと共同生活を始めてから二週間近くになる。
あれから病院の方からの連絡はない。僕らはただ、ただいつも通りの生活を送っていた。
「佐渡さん朝ご飯出来ましたー」
「うん。ありがとう」
うん! 今日も彼方ちゃんの作ったご飯がおいしい。
最近、料理を当番制に変えてみた。朝は彼方ちゃん。お昼は僕、夕は二人でと言った感じだ。
こんな風に今となってはもう当たり前の生活を送っていると、僕の携帯が震えた。
画面を見ると、彼方ちゃんのご両親の入院している病院からだった。
恐る恐る僕は通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。
「もしもし! 佐渡さんですか!?」
声を聴くと、この前連絡先を渡したナースさんの声だった。
ナースさんはひどく慌てている様子で、その声の調子が僕に嫌な予感を与える。
「はい佐渡ですけど……。彼方ちゃんのご両親に何かありました?」
僕はできるだけ冷静に答えた。
「っ!?」
今まで遠慮して黙っていた彼方ちゃんも、電話の相手が僕の友人などではなく、病院からだと気づいて緊張した様子でその場に正座した。
「実は……水無月さんご両親の病状が悪い方に動いてしまいました! いつお亡くなりになってもおかしくない状態です! 至急病院にお越しいただけますかっ」
嫌な予感が当たってしまった。
本当に嫌な予感が……
「はい……」
電話を切って彼方ちゃんの方を見ると、彼方ちゃんは落ち込んだように下を向いた。
僕の表情や声の調子からどういう電話だったか、察しがついたのだろう。
彼方ちゃんがゆっくりと口を開く。
「お母さんたちの病状がよくないんですね……?」
「うん……だから早く行こう!」
僕は急いで立ち上がり、病院に行くための準備を始めた。
まず、着替えを用意しようと、箪笥の引き出しを片っ端から開けて、必要最低限の着替えを取り出す。
そして鞄を用意しようと後ろを振り返ると、彼方ちゃんはまだその場で正座していた。
おそらく、相当なショックを受けているのだろう。
その気持ちは僕にも痛いほどわかるけど、今はそんな時じゃない。
ご両親がいつどうなってもおかしくない状況なんだ! 少し強引にでも彼方ちゃんにも動いてもらわないと。
僕はそう思って、彼方ちゃんに声をかける。
「彼方ちゃんも早く準備しないと!」
「……いいです……」
「え?」
彼方ちゃんの口からとんでもない言葉が口に出された気がした。
「だから……病院に行かなくていいです」
「なんで!?」
悲しいことに聞き間違いでもなんでもなかったみたいだ。
でもどうして彼方ちゃんのような優しい女の子がご両親に会いにいかないなんて言うのだろう。それもご両親が危ないっていうのに。
下手をしたらもう二度と生きた両親とは会えないかもしれないのに。
僕が混乱していると、彼方ちゃんは下を向いたまま次の言葉を発した。
「だって……この前も病院に行ってお金もないし……佐渡さんに迷惑に……」
「ねえ彼方ちゃん。……それ以上言ったら怒るよ」
彼方ちゃんの言葉をさえぎるようにそう言った。
僕だって怒るときは怒る。
彼方ちゃんも混乱しているのはわかるけど、言っていいことと悪いことがある。
もし、彼方ちゃんが間違った方向に行こうとするなら、僕が全力で止めてあげないと。
それが今彼方ちゃんの面倒を見ている僕の務めだ。
「さあ。病院に行こう」
優しく微笑んで、彼方ちゃんに手を差し伸べる。
「……」
彼方ちゃんは僕の手を取ることなく、ゆっくりと立ち上がり、突如玄関へと駆け出した。
「彼方ちゃん!?」
急いで止めようと僕も慌てて追いかけるが、余りの出来事に僕も混乱していて靴を履くのに少し戸惑ってしまった。
どうにか靴を履き外に出るも、すでに彼方ちゃんと僕との距離は結構な距離になってしまっている。
それでも僕は彼方ちゃんを追いかけた。
走っているうちに僕の方が若干足が速かったようで距離を確実に少しずつ詰めていくことができた。
しかし、そこで彼方ちゃんは作戦を変えたのだろう。いきなり次の角を曲がった。
彼方ちゃんも最近僕とこの辺りを出歩いているので、少しは道に詳しくなっている。その結果、彼方ちゃんに細く曲がり角の多い道を使われてしまい、僕は上手くまかれてしまった。
「……ハア……ハア……彼方ちゃんどうして……」
その場で一旦立ち止まり、息を整えながら彼方ちゃんがどうして出て行ったのか思考する。
心の優しい彼方ちゃんなら両親の危機に黙っていられるはずがない。
それも下手をすると、二度と生きた両親と会えなくなってしまうのだ。
それなのにどうして彼方ちゃんは病院に行くのを拒んだのだろうか。
最初に言っていた通り、僕にお金の負担をかけないためか? 何か違う気がする。
僕もあの時は少し感情的になってしまっていたが、彼方ちゃんがとても平気な顔をしているようには見えなかった。
むしろ誰よりも辛いはずだ。
なら親戚の人に会いたくないから? 論外だ。
そんな理由で両親のことをあきらめるはずがない。
なら……本当にどうして……
「……考えるのは後にしようっ」
僕は再び彼方ちゃんを探しに足を踏み出した。




