23話
あれから二時間が経過した。
窓から外をのぞくと、空は青から茜へと色を変えていて、昼間より寒さが少し増していた。
「彼方ちゃん……そろそろ帰ろうか……」
言い出しにくい言葉を口に出した。
本当はまだ居てあげたいけど、時間も時間だ。
今から帰っても家に着くのは早くて八時過ぎにはなるだろう。
泊まる準備なんてしてきてないし、この病院に来るまでの道のりにホテルらしき建物は見当たらなかった。今からどこかに泊まろうにも場所がない。
彼方ちゃんの方を見ると、残念そうにゆっくりと椅子から立ち上がった。
それもそうだろう。結局、彼方ちゃんのご両親は起きるどころかピクリとも動かなかった。
「……はい……」
そう言うと彼方ちゃんはゆっくりと扉の方へ移動して最後にご両親に別れの言葉を口にした。
「……またくるね……」
と、たった一言だけ。
扉を閉めると名残惜しそうに彼方ちゃんは両親に向かって手を伸ばした。
けど、自分の意志でその手を止めた。
「……佐渡さん……行きましょう」
「もういいの……? それとももう少しぐらいなら居られると思うから居ようか?」
僕は念のため、彼方ちゃんに問いかける。
「いえ、これ以上は佐渡さんのご迷惑になりますし、今から帰っても家に着くのは八時を回りますよね。両親には会う気になればまた会えます。だから今日はもういいです」
そう言って彼方ちゃんはゆっくりと歩きだした。
僕は居たたまれない気持ちでその後に続いた。
病院の入口まで来て僕は立ち止った。
「……あれ?」
ポケットに手を入れ、中を探る。
「どうかしましたか?」
彼方ちゃんがどうしたのかと言ったような顔でこちらを見た。
「ごめん。病室に携帯を忘れちゃったみたいなんだ。ちょっと取ってくるから待ってて」
「え? わたしも……」
僕は彼方ちゃんの返事を待たずに病室に向かって走り出した。
少ししてから病院なので徒歩に切り替えた。
後ろを見ると、どうやら彼方ちゃんはついてきていないようだ。
僕はもう一度ポケットを探る。
「よし!」
ポケットには確かに携帯と財布の感触があった。
そう、僕は本当は忘れものなんかしていない。
三分も経たないうちに病室に戻ってきた。
僕はゆっくりとドアを開ける。
先ほどと変わらず彼方ちゃんのご両親は二人ともベットの上で横になっていた。人形なんじゃないかというくらいピクリとも動かない。
その二人に僕は話しかける。
「あの……自己紹介が遅れました。佐渡誠也です。今、娘さんの彼方さんと一緒に生活させてもらってます」
もちろん横になっている二人からの返事はない。
わかってはいても話しかけても返事がないのは悲しい。
それでも僕は続ける。
「彼方さん毎日頑張ってます。僕の代わりに洗濯してくれたり、料理してくれたり、本当に頑張ってます。自分が一番つらいはずなのに一番頑張ってます。だから……早く元気になって彼方さんを笑顔に……本当の笑顔にしてあげてください……それまで彼方さんは僕がなんとかします」
それだけを口にして僕は病室を後にした。
本当はまだ言いたいことがたくさんあった。
最近の彼方ちゃんの話をもっとたくさん聞かせてあげたかった。
彼方ちゃんが毎日をどんなふうに過ごして、何があって笑って、どんなことがあって喜んで、どんなに頑張っているか、もっと聞かせてあげたかった。
でも、彼方ちゃんには携帯を探してくると言って来ているから、あんまり長くいると変に思われてしまう。
僕は泣く泣く部屋を出て、少し早足で彼方ちゃんの待つ入口へと向かう。
「あれ?」
病院の入口まで来たのに彼方ちゃんの姿がない。
辺りを見回しても患者さんとナースさんの姿がほとんどで彼女は見当たらなかった。
彼方ちゃんが僕の後をついてきていたならどこかですれ違うか、病室で鉢合わせになっているだろうし、彼方ちゃんの性格上少々無理やり僕が行動しても怒って先に帰ったりしないだろう。
「どこへ行ったんだろう?」
僕が頭の中を自分なりに回転させていると、廊下の方から見慣れた女の子がとことこ走ってきた。
「彼方ちゃん!」
僕はつい衝動的に彼方ちゃんに抱き着きそうになったがどうにか思いとどまった。
彼方ちゃんに嫌われたくないもんね。
「どこ行ってたの? 心配したんだよ」
僕はもっともな疑問を口にした。
「すいません。その……お手洗いに……」
「……」
「……」
妙な沈黙が生まれた。
またやらかしてしまったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー
どうして僕はこうもデリカシーというか空気を読んだ行動ができないんだ。
「……ごめんね」
「いえいえ……気にしないでください……ほら帰りましょう」
「うん」
こんな感じに僕たちの彼方ちゃんのご両親のお見舞い計画は失敗した部分もあったけど、結果的に成功に終わった。
でも、彼方ちゃんがトイレから戻ってきたときに若干顔が赤くなっていたような気がしたんだけど、気のせいだったのかな?




