22話
あれから三日後、僕たちは彼方ちゃんのご両親のいる町まで来た。
この辺りでは一番都会な場所らしいが、完全完璧な都会を見てしまうと、どうしても少しさびしく見える。
駅も僕たち以外降りる人がほとんど居なかったし、大きな建物も病院と二階建てのデパートが建っているだけで、あとは普通の商店街や一軒家。
それでもやっぱりこういう雰囲気を懐かしく感じた。
隣を見ると彼方ちゃんも何かを懐かしむように両手を左右に広げて深く深呼吸をしていた。僕も真似をして深呼吸してみる。
空気がおいしい。
空気に味なんてないし、都会とも大して空気は変わらないのだろうけどなぜかそう感じた。
空を見上げてもいつも見ている都会の空とは違う感じがしたし、近くに流れている川も、たくさん並んでいる木々も、いつもと違う感じた。
でもいつまでもこうしている訳にはいかない。
本来の目的を忘れては本末転倒だ。
「さて、行こうか」
「は……はいっ!」
彼方ちゃんが少し緊張気味に返事をした。久しぶりに両親に会うから緊張しているのだろう。
病院の場所はあらかじめ彼方ちゃんから聞いた話とネットで調べてある。病院はここから徒歩四十分ほどの場所で、バスを使えば二十分足らずで着くらしい。
近くにバス停がないか周りを見渡と、少し離れたところにバス停はあった。
「えっと……次のバスは……あはは……」
「どうしたんですか?」
何があったのか気になったのか、彼方ちゃんがこちらに来てバスの時刻表を見る。
「ああ。なるほどです」
何があったのかというと、田舎名物一時間に一本バスである。しかも五分前に行ったばかり、運が悪い。
都会の生活の慣れてしまうと、こんな小さなことでも不便に感じてしまう。
「どうしようか?」
一応彼方ちゃんにも相談する。
正直バスが行ってしまったばかりなら歩いて行った方が早い。
でもこの寒い中、四十分歩くのも結構つらい。
都会ならビルなどの高い建物が風邪を遮断してくれるが、田舎に近いこの都会じゃビルなんて建物は存在しない。
つまり、全体から寒い風に吹かれるのである。
「歩いていきましょう。私、久しぶりに田舎の感じを味わいたいです!」
「うん。彼方ちゃんがいいならそうしようか。僕も久しぶりにこういうところを歩いてみたいしね」
彼方ちゃんは僕と同じで田舎の感じを味わいたいと、言ってくれた。
ほとんど人の通らない並木道を二人で並びながら黙って歩く。
耳を澄ましながら歩いていると、小鳥のさえずりや川の流れる音、木々のゆれる音まで聞こえてくる。
ただ黙って歩いているだけなのに、この時間がすごく楽しかった。
しばらく歩いていたら病院に着いた。
しばらくといってもまったく疲れた感じはしない。むしろすっきりした感じだった。
二人で並んで病院の自動ドアをくぐる。
「じゃあ受付で部屋を聞いてくるから待っててくれる?」
「はい。ここで待ってますね」
彼方ちゃんは静かに返事した。
「すいません。こちらの病院に水無月さんという方が入院されているはずなんですが、何号室ですか?」
僕は一人受付に行って要件を言う。
「親戚の方ですか?」
「あっ。いえ、あちらにいる子が水無月さんの娘さんなんですけど……」
ナースさんが少し顔を背け、彼方ちゃんの姿を確認する。
「あっ。あのこ……わかりました。202号室です」
ナースさんが彼方ちゃんを見て、ハッと驚いたかと思うと、深刻そうな顔をして病室を教えてくれた。
特になにも言ってこないところを見ると、病状に変化は良くも悪くもないのかもしれない。
正直、病院に着いてナースさんがニッコリ笑顔で「実は何日か前に目を覚まされまして」とか言ってくれないか期待していたが、その希望はすぐに打ち砕かれた。
彼方ちゃんのところに戻り、二人で病室に向かう。
この間、お互いに黙ったままだった。
でもさっきのお互いしゃべらなかった時より空気が重い。
僕が受付から戻ってきて、いい報告が何もなかったからショックを受けているのかもしれない。
僕のここに来るという選択は間違いだったのだろうか。
そんなことを考えている間に病室に着いた。
彼方ちゃんにはあらかじめ用意しておいたお見舞いの花を持ってもらっているので、代わりに僕が静かにドアを開ける。
「っ……」
彼方ちゃんは一度顔をあげて両親の姿を見る。
そしてすぐ目線を足元に下げた。
それもそのはず、両親は未だに二人ともベットの上で眠っていた。
それこそ永遠に起きないんじゃないかと思うくらい、ぐっすりと……。
病室は普通の病院と同じ真っ白で、患者は彼方ちゃんの両親二人だけ、おそらく重傷な患者なので、他の人と同じ病室にはできないのだろう。
僕は何となく閉じられていた窓を開ける。
ナースさんが換気はしてくれているだろうから、本当にただ何となくだ。
外から冬の冷たい風が入ってきて、部屋の空気が換気されていく。
なのに、この重たい空気は変わらなかった。
病室に入ってから五分ほどたったが、彼方ちゃんは一向に動かない。
ただ黙って、両親の前で椅子に座り込んでいる。
僕は持ってきた花を入れるための花瓶に水を入れに行くことにした。
ひどいかもしれないが、今は一人にしてあげたっかったのと、僕がこの空気に耐えられなかった。
情けない。
「……彼方ちゃん……僕、ちょっと花瓶に水を入れてくるよ」
「……」
彼方ちゃんからの返事はない。
僕は一人黙って病室を出た。
近くの水道で花瓶に水を入れてから、近くの椅子に腰を掛ける。
少し自分の心を落ち着かせたかった。
本当はもう少しうまくやるつもりだったのに、全然ダメだ。
ここにきて彼方ちゃんを両親に会わせてあげて、目を覚ましていなくても大丈夫だと安心させてあげたかったのに、これではただ彼方ちゃんを落ち込ませているだけだ。
僕はまったく役に立てていない。
いざとなるとまったく行動できない。
「はあ~……」
重いため息がこぼれた。
でも、いつまでもここで座り込んでいる訳にはいかない。
僕はどうにかといったように重たい体を動かした。
そしてなかなか前に進んでくれない足を強引に動かす。
気が付くとゆっくり移動していたはずなのに、あっという間に病室の前に戻ってきていた。
「ぐすっ……」
「ん?」
部屋の中から泣き声のような声が聞こえた。
「お父さん……お母さん……お父さん……お母さん……」
彼方ちゃんの声だ。
「私頑張るから……今は一人でも大丈夫だから……佐渡さんが居てくれるから頑張れるから……だから……だから……少しでも早く体……よくしてね……」
僕は自分がやったことは間違いじゃなかったと思いなおした。確かにつらい思いはさせてしまったけど、彼方ちゃんだって両親に会いたかったんだ。
それに今の言葉は嬉しかった。
僕を信用してくれてると思えた。
だからいつまでもうじうじしてないで、頑張らなきゃ。
僕は大きく息を吸い込んだ。
「よしっ!」
そして病室には戻らず、一旦受付に向かう。
受付での用事を済ませてから再び病室前まで戻ってきた。
病室のドアに手を掛ける。
病室のドアがさっきとは全く違うドアのように、簡単に開いた。
「彼方ちゃん!」
「は……はいっ!」
彼方ちゃんが服の袖で目の辺りをぬぐいながら振り向いた。
よく見なくてもはっきりわかる。
目元が赤いし、ベットのシーツが少し濡れている。
やっぱり彼方ちゃん、泣いてたんだ。
「看護士さんに連絡先言っておいたから両親が起きたらすぐに連絡もらえるよ! あっ。でも今日彼方ちゃんが会いに来たから起きちゃうかもしれないね」
「そ……そうですよね! 帰ろうとしたらバッて、起きてきてくれますよね!」
彼方ちゃんの顔がさっきまでの悲しそうな顔からいつもの元気いっぱいの顔に戻った。




