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ホームレス少女  作者: Rewrite
水無月彼方編
21/234

20話


 次の日、悪いとは思ったが彼方ちゃんに少しウソをついて一人で図書館までやってきた。

 理由はもちろん昨日の間宮さんからの情報の確認。

 図書館に入ると、空間が一気に静まりかえり、本のページをめくる音と本を探す人の足音だけが響く。

 ゆっくりと中を回って見てみたいところだが、今日の目的は図書館を見て回ることではない。

 さっそく僕は新聞を借りに受け付けに向かった。

 受け付けの人に頼んだら三分もしない間に、二週間から三週間前の新聞一式を用意してくれた。

 この中から一つの情報だけを探し出すのは骨が折れそうだが、頑張ろう。

 僕は古い新聞から目を通し始める。

 違う。これも違う。違う。違う。違う。違う。

こんな調子で一枚一枚の新聞紙を端から端までじっくりと見ていく。一字一句見逃さない様、慎重に。

 そして三十分ほど経った頃、ようやくそれらしい記事を見つけた。

 民事事件扱いで大きく取り上げられていなかったため、探すのに少し時間がかかった。少しでも気を抜いていたらきっとこの記事を見逃していただろう。


「えっと……」


 書いてあった内容はこうだった。

 三月三日、午後十一時頃、○○県○○村の山で車の転落事故がありました。

 原因は夜遅く、道はカーブが多く、街灯の数が少なかったことが原因とみられている。

 車のライトは点灯していたようで無灯火運転ではなかった模様。

 被害者は三人、水無月さん一家で父親、母親は意識不明の重体、長女の水無月彼方さんは軽傷で済んだ模様。

 このような事例はこの辺りで前から多く発生しているようで、現在警察と村の住民たちの間で街灯の増加が検討されています。


「そ……そんな……」


 運が良いのか悪いのか、どうやら昨日の間宮さんの話は本当だったようだ。

 正直ショックは大きかったが、昨日のようにショックで意識を朦朧とさせるわけにはいかない。こんなところで立ち止っている時間はない。

 まず、彼方ちゃんに勝手に情報を知ってしまったことを誠心誠意謝って、二人でこれからのことを話し合おう。

 話はそれからだ。

 それから他にもっと事故について詳しく書かれている記事がないか残りの新聞にも簡単に目を通し、自宅へ帰った。


「おかえりなさい。佐渡さん」


 彼方ちゃんが眩しい笑顔で出迎えてくれた。嬉しかった。

 でも、また僕は初めて彼方ちゃんと出会った日のように、彼方ちゃんに残酷な話をしなければならない。あの時は悲しませてしまうかもしれないだったが、今回は『かも』ではなく必然だろう―――

 それに今回は謝らないといけないこともある。

 正直気が重い。

 でも、ここで引いたらいけない。

 もしここで引いてしまったら、また今までのように何もしないだけの日々に戻ってしまう。

 いや―――知っているのに知らないふりをし続けるという、一番あってはいけない道に進んでしまう。

 だからこそ言わなければならない。

 僕は重たい口をゆっくりと開いた。


「……あのね彼方ちゃん……」

「はい。なんでしょうか?」


 きょとんとした表情で彼方ちゃんがこちらを見る。

 可愛い顔なのに今はその顔が辛かった。


「……僕……謝らなきゃいけないことがあるんだ……」


 彼方ちゃんがますますきょとんとした顔をする。


「……彼方ちゃんの両親は……今……病院に居るんだよね?……それも眠ったままで……」

「っ!?」


 彼方ちゃんの顔から笑顔が消えた。

 いや―――表情が消えた―――


「……どうして……」


 彼方ちゃんがどうにかといったように口を開く。


「じつは……」


 僕は昨日の間宮さんとの会話から何一つ包み隠さず話した。

 それが彼方ちゃんに対する最大限の礼儀だと思ったから。

 話しが終わったころには少し彼方ちゃんの表情が戻っていた。

 でも決して笑顔に戻ったわけではなく、悲しみの表情に―――


「……」


 彼方ちゃんは何も言わない。ただ無言で俯いている。

 簡単に許してもらえるとは思わないが、最大限の謝罪として床に頭をこすりつける勢いで土下座した。

それぐらいしか今の僕にできることを僕は知らない。


「本当にごめん……許してもらえるとは思ってないけど謝らせてほしい……」

「……」


 それでも彼方ちゃんからの返事はない。

 僕は何か言ってもらえるまで頭をあげるつもりはなかった。

 何にもない静かな時間が流れる。

 何分経っただろうか、一分? 三分? それとも一時間?

  実際にはまだ三十秒くらいしか経っていないだろうが、そう錯覚してしまうくらい今は時間が長く感じられる。

 お互いまだ沈黙を貫いている。


「……頭をあげてください」


 しばらくして彼方ちゃんの口が開いた。

 言われた通り、一度頭をあげる。目の前に見えるのは未だに俯き続ける彼方ちゃんの姿。


「事情はわかりました……佐渡さんに悪気がなかったのもよくわかりました……」


 彼方ちゃんの口から言葉が一つ一つ絞り出される。

 油断すれば聞き逃してしまいそうなほどか細い声を、彼方ちゃんから顔を逸らさず、彼方ちゃんの言葉をまっすぐに受け止める。


「だから……謝らないでください……」


 彼方ちゃんの頬から涙が流れた。

 彼方ちゃんは今、涙を見せないように顔を伏せていて、流れる涙は行く先を求めるように下へと落ちていく。声は少し震えていて、体もワナワナと震えている。

 そんな表情で、そんな状態で、そんなことを言われたら何を言ったらいいか、何をしたらいいかわからないじゃないか。

 謝ったら彼方ちゃんの意に背く、かといって無言では何も変わらないし進まない、それでも僕は黙っていることしか出来なかった。


「……ちょっと話を聞いてもらえますか……?」


 沈黙は今度も彼方ちゃんの方から破ってくれた。


「うん」


 僕はこのまま流れに乗るしかない。

立ったままではなんだと思い、テーブルを出してお互いに向かい合って座った。


「では……話しますね……」


 彼方ちゃんが少しさみしげな顔で話を始める。


「まずは事故の話からですね……あの日、私たち家族は星を見に山に行っていました。とても楽しい時間でした……」


 その時を思い出すように彼方ちゃんは目を閉じ、顔を少し上に向ける。


「そしてその帰りに知ってのとおり事故が起きました……ライトもついてましたし、もちろん父は飲酒運転もしていません……ただの……純粋な事故です」


 彼方ちゃんの話は概ね僕が図書館の新聞で読んだ通りだった。


「私は運よく崖から落ちてすぐに窓から投げ出されて木がクッション代わりになって軽傷で済みましたが、崖から落ちて車の中で体中を打った父と母は違いました……二人とも意識不明の重体……それどころか植物状態です……」


 彼方ちゃんの声がどんどんか細くなってゆく。

 僕は慰めようと声を出そうとしたが、どうやら彼方ちゃんの話はまだ続きがあるらしい。

 僕は出かけた言葉を飲み込み、口を閉ざす。

 そして彼方ちゃんは再び口を開く。


「それから私は親戚の家へ引き取られました」


 今の彼方ちゃんの一言に違和感を感じた。

 おかしい、両親が植物状態になってすぐに親戚の家に引き取られたなら、なぜ彼方ちゃんは路地裏にあんな格好で居たんだ?

 親戚の家に住んで居たなら、食事も家もそれこそ服だって十分なものがあったはずだ。

 なのになぜ彼方ちゃんは一人であんなところに居たんだろう。


「変に思いますよね? なんで親戚に引き取られたのにあんなところに居たのか」


 僕の心を読んだように彼方ちゃんは確認してくる。

 僕は静かに首を縦に振った。


「私の両親……実は親戚の方たちにお金を借りていたんです……それも結構大きな額を、理由も生活に困ってではなく……遊ぶお金のために……」


 頭を何かで殴られたような衝撃が奔った。

 彼方ちゃんのご両親に限ってそんなことはないんじゃないかと、今の言葉を頭が否定した。


 でも、それはただの僕の中での彼方ちゃんのご両親……


 最初こそひどい親なんじゃないかと想像したりもしたが、彼女と過ごしているうちにそんな考えは頭の中からすっかり消えていた。


 彼方ちゃんがこんなにいい子なんだから、親もきっと素晴らしい人なんだという、僕の勝手な幻想……


 僕が思っていた以上に彼方ちゃんの周り、日常は大変だったようだ。


「……ひどい親だと思いますよね……遊び歩くためにお金を借りて、それを返してないんです。親戚の方々だってそんな人の娘を預かりたくないですよ……だから私は親戚の家をたらいまわしにされていました……」


 もう十分辛い目に合っているのに彼方ちゃんの話はまだ続く……


「そして……三件目で私は家を飛び出しました……理由は……両親を悪く言われたからです……最低で屑な親だと笑われたからです……確かに皆さんからしたらろくな親ではないかもしれません……それでも私にとっては大切な親だったんです……」


 彼方ちゃんの目から大粒の涙がこぼれた。

 そうだ、確かに借りたお金を借りて返していないことは悪いことだ。

 周りから見たらろくでもない人に見えるかもしれない。

 それでも彼方ちゃんにとってはいい両親だったのだ。この世界でたった一人しかないお父さんとお母さんだったのだ。それなのに僕ってやつは……


 僕はバカだ。


 星を見に娘をわざわざ山まで連れて行くような人たちが悪い人なわけないじゃないか、お金に関してだらしない人だったかもしれないけど、娘のことを第一に考える、ただの優しい人たちだったのに、それなのに僕は一瞬とはいえひどい人だと思ってしまった。

 彼方ちゃんの両親なら心の底から悪い人なわけないのに、いや……心の底から悪い人なんているはずないのに。

 僕は彼方ちゃんをそっと胸に抱いた。


「……いいご両親だね……とっても優しいご両親だ……」

「佐渡さん……ぐすっ……ありがとう……ございます……」


 彼方ちゃんはそれからしばらく静かに僕の胸の中で泣いた。



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