すべての『ご主人様』に笑顔を
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
「茉莉亞、いつまで寝てんだ。遅刻するぞ」
「ん~……もう起きてるってぇ~」
「なら布団から出ろ」
「ちぇっ……フェル、お母さんみたい」
ベッドの上で体を起こしたマリアは、持っていた"SMAHO"から目を離して伸びをした。
「ねー、フェル」
「ん」
「これ見た? 昨日ついたリチャガの新しいMoogleのクチコミなんだけど」
マリアの部屋に入ってきてベッド際に立ったフェリスは、無防備な部屋着姿のマリアから受け取った"SMAHO"の画面に目を落とす。
ーーーーーーーーーーー
★★★★★
キャストがみんなかわいい!!(特に店長!!)
ーーーーーーーーーーー
「…………自己顕示欲の塊か?」
「え? ……もぉ~! 違うってば、その下!」
ーーーーーーーーーーー
★★★★☆
サービスは行き届いている
店も綺麗
ただ、パンケーキは変な味がする
ーーーーーーーーーーー
「フェルのパンケーキ、マズいって」
「別に不味いとは書いてねえだろ」
「え~? だって、変な味ってそういうことじゃないの?」
「…………」
黙ってマリアに"SMAHO"を返したフェリスに、マリアはクチコミを見ながら首を傾げる。
「わたしは美味しいと思うんだけどねぇ、フェルのパンケーキ。このお客さんは何が気に入らなかったんだろう?」
「たまたま口に合わなかったんだろ。100人中99人が美味いって言うなら放っておけよそんなの」
「だめ!」
「!」
マリアは強い瞳でフェリスを見上げた。
「リチャガは100人のお客さんを100人全員笑顔にするの! お見送りをしたときにひとりでも悲しい顔をしてたら、それは改善しなきゃいけないことなんだよ」
「(さすが、この世界に来る前からコンカフェ嬢だっただけあってプロ意識すげえな)」
ベッドからようやく出てきたマリアは体を伸ばしながら言う。
「ん~! 今日のミーティングでふたりにも聞いてみよっか」
◇
フェリスの作った朝食を食べてから身支度を整えたマリアは、彼と一緒に"Recharge Garden"を目指す。
ふたりが住んでいる家から店までは歩いて15分ほどの距離だ。
「茉莉亞、フェリス、おはよー」
「凛、おはよ!」
「おはよう」
店の近くでばったり会ったリンも一緒になり、セイラが鍵を開けておいてくれた"Recharge Garden"に着いてからメイド服に着替える。
棚卸をしてくれていたセイラにも挨拶をしてから、事務所のテーブルを囲んだメンバーを見回してマリアは微笑む。
「それじゃー今日も元気に楽しく! よろしくお願いしまぁ~す♡」
「よろしくー」
「よろしくお願いします♡」
フェリスが用意してくれたアイスティーを飲みながら、マリアはセイラを見る。
「じゃあ、まずは聖良から!」
「おう。今日の棚卸は完了した。野菜の使用期限があるから使い切りたいな」
「どれくらい出せばいい?」
「『無限弾奏ナポリタン』と『おかえりなさいませオムライス』が各7出れば使い切れる」
「りょーかい! 今日のおすすめは『無限弾奏ナポリタン』と『おかえりなさいませオムライス』で♡」
フェリスが事務所のホワイトボードの隅にペンで『無限ナポ』『おかえりオム』と書いた。
「次は凛!」
「おー。再来月の企画は3つまで絞ったよ。バニーか、ナースか、魔法少女」
「凛さんて意外とノリノリでなんでもやるよな……」
苦笑したセイラを横目で見ながら、リンは気にせずに続ける。
「個人的にはナース推しかな。リチャガのコンセプトからも大きく逸れないで済むし」
「えー! なんで魔法少女はだめなの?」
「見積もりとったら魔法少女は衣装代がめっちゃ高かったから、フェリスとオーナーの許可次第」
「却下」
慈悲もなくあっさり切り捨てたフェリスのことを、マリアはポカポカ殴った。
「もー! 堅物フェル! 衣装代ケチってどうすんの!」
フェリスはマリアの頭を押さえ込みながら顔色ひとつ変えずにリンに聞く。
「凛、ちなみにその衣装代ってのは予算をどれくらい超えた?」
「3倍」
「却下だ。少なくとも月の売り上げが今の3倍を超えるまでは」
「か、過労死するじゃん……」
マリアはがくっと項垂れた。
"Recharge Garden"はいつでも人手不足だ。
「じゃあ、再来月はナースを最終案にして、企画は各自で考えてきてまた次回のミーティングで持ち寄ろー……」
落ち込みながらも話をまとめたマリア。
フェリスはホワイトボードの来月の『踊り子』の隣に、再来月『ナース』をペンで書き加えた。
「最後にわたしから! 実はひとつ気になるクチコミを見つけたんだ。ふたりとも、これ見てくれる?」
マリアは自分の"SMAHO"をタップすると、クチコミページのホログラムを起動させた。
宙に今朝マリアが見つけたクチコミが浮かび上がる。
「日付は……昨日か」
「へー。ウチに星4つ付ける客って珍しいな。しかも理由が……パンケーキ?」
「フェルが直々に監修してくれただけあって、わたしは真剣に美味しいと思うけど、ふたりはどう思う? 『三尾猫パンケーキ』のどこがこのお客さんを満足させられなかったのかな」
リンとセイラは同時に腕を組んで考え始める。
「私、元の世界でかなりパンケーキを食べ歩いてたけど、ウチのパンケーキはかなり美味しい部類だと思うけどな……」
リンもマリアと同じく、『三尾猫パンケーキ』が好きなようだ。
「んー、甘いのがあんまり得意じゃない俺でも、このパンケーキは美味いと思うよ。生地の小麦とバターの香りがいいし、クリームは甘すぎないし。ただ……」
「?」
セイラが言葉を切った様子に、マリアとリンは首を傾げる。
何か心当たりがあるのだろうか。
「……『ワイバーン親子丼』食ったあとすぐにこのパンケーキ食べると、一瞬納豆っぽい味がするんだよな」
すぐにフェリスに『ワイバーン親子丼』と『三尾猫パンケーキ』を作らせたマリアは、それを事務所のテーブルに置いて2人にフォークを渡す。
「先にワイバーン親子丼を食べてぇ~……はむっ」
甘辛いタレがとても美味しい。
「その後すぐにパンケーキ……もぐもぐ」
口の中に広がる小麦とバター、クリームの甘い…………
「……ん!? 聖良の言ったとおり、なんかどこかに納豆いるかも! なんで? 懐かしっ!」
「いや私ら的には確かに懐かしいけど、この世界じゃいたらマズイやつじゃん? しかもパンケーキの中になんて」
「まあ、でもその『ご主人様』が本当に『ワイバーン親子丼』と一緒に『三尾猫パンケーキ』頼んだのかはわからないけどな」
「いや、どうやら聖良の言うとおりらしい」
前日の売り上げと店内の魔術モニター映像、Moogleでクチコミを書き込んだ人物の解析を済ませたフェリスがそう言った。
「今3人の"SMAHO"に情報を送った」
フェリスに言われて3人は同時に手元のSpell Matrix Holo-boardに目を落とす。
「こいつは昨日がリチャガ初来店、『ワイバーン親子丼』と『三尾猫パンケーキ』、『月兎ミルクティー』を注文。その際パンケーキの味に違和感を覚え、Moogleのクチコミに加えてSNSでもMagiGramとXに『噂のリチャガのパンケーキ、腐った味して草』と投稿してる。とはいえほぼ誰にも相手にされてねえけど」
「こっわぁ……」
「正直このままじゃ今後の売り上げにも関わる可能性がある。とはいえ今から開店までの時間にパンケーキのレシピを変えるのは無理があるから、取り急ぎ今日は……茉莉亞」
「りょ! 特別に『三尾猫パンケーキ』には『応援魔法オプション(マリア)』をつけて、おいしくなぁ~れ♡しちゃうね!」
フェリスは頷く。
『応援魔法オプション(マリア)』は、彼女の能力でもある《希望創造》を料理に対して発動し、本当に少し料理が美味しくなり元気が出る、本来は有料のオプションである。
「俺はこの情報の詳細発表の準備と食べ合わせに影響されない新しいレシピをできるだけ早く考案してみる」
さすが天界監査官でもある最高位神獣、本気を出すと仕事がデキるというレベルではない仕事っぷりで頼もしい。
「じゃあわたしたちはいつも通り! 今日も楽しく元気に営業していこー♡」
「おー」
「おー♡」
口では元気なことを言いつつ、マリアはクチコミを書いた客のことを少し心配していた。
わたしたちの魅力をもっとちゃんと伝えたい。
料理だってほんとはどれもすっごく美味しいし、おもてなしだって最高だって、心から思ってほしい。
どうかもう一回リチャガに足を運んでくれますように!
◇
「茉莉亞」
その日、"Recharge Garden"での営業を終えて家に帰ってきたマリアは、フェリスが家のダイニングテーブルに置いた大量の料理を前に「うっ」と言葉を詰まらせた。
「ど、どうしたのフェル……気合い入ってんね」
「リチャガの全メニューだ。加えて改良した『三尾猫パンケーキ』を3種類。全部と食べ合わせてみて変な味がしないか、どのパンケーキが美味いか教えてくれ」
「いやわたしひとりじゃ無理がありすぎる……す、助っ人呼んでいい?」
「ダメだ」
「なんで!?」
「凛も聖良ももうプライベート時間だろ。明日は休業日なんだからゆっくりさせてやれ」
「え~!? わたしだってそうなんだけど! わたしはどうでもいいっていうのー!?」
「たまには俺の飼い主としての責任くらい果たせよ。それに、リチャガに来るすべての『ご主人様』を笑顔にするんだろ?」
「うぅっ……! それ言われたら食べるしかないじゃん……夜なのにぃ……」
マリアはフェリスに手渡されたナイフとフォークを受け取ると、意を決したような顔で彼を見た。
「フェル! 明日は王都ランニング100周に付き合ってもらうからね!」
フェリスはふわりと笑った。
「望むままに、ご主人様」
結局日付が変わってからもしばらくの間は『三尾猫パンケーキ(改)』についてフェリスと話し合っていたマリアは、目を覚ましたのは昼前になってからだった。
せっかくの休日の半分近くを無駄にしてしまった気になった上に、
「(い、胃もたれがえぐいし顔がめっちゃむくんでる……!)」
今日ばかりは朝起こさずにいてくれたフェリスにほんのちょっとだけ感謝しつつ、マリアは軽装に着替えると階段を下りてダイニングに向かった。
「ずいぶんゆっくり寝てたな。おそよう」
ダイニングで新聞を読みながら"SMAHO"を操作していたフェリスが顔を上げてマリアにそう言った。
「うぐっ……! だ、誰のせいでぇ~! 夜中に塩分摂りすぎたせいで顔ぱんぱんにむくんでるんだけどー!」
「よかったじゃねえか、今日が休みで」
「ガチでおっしゃるとおりです!!」
プンスカ怒りながらダイニングテーブルの自分の席についたマリアの前に、フェリスは黙ってバナナと水、そして温かいハーブティーを置く。
マリアが澄ました顔を見上げると、その整った顔には「どうせ胃もたれで何も食えねえとか言うんだろ」と書いてあった。
その上、バナナもハーブティーもむくみを取るためのものらしい。
さすがマリア専属サポーターとして女神から派遣されたシゴデキ天界監査官だ、マリアのことをよくわかっている。
「…………いただきます」
マリアはバナナとハーブティーに手を合わせると、丁寧にそう言った。
結局朝食のバナナを2本食べ終えたマリアは軽くストレッチをするとフェリスを引きずって外に出る。
「フェル! 昨日の夜のカロリーをチャラにしに行くよ~」
「はいはい……」
マリアたちは並んで王都の街中を走り始めた。
道を行く人の多くがマリアに手を振り、明るい声援をくれる。
そのひとつひとつに丁寧に手を振り返しながらも、マリアはなかなかのペースで走っていた。
「(女神の加護を宿してるとはいえ、茉莉亞の身体能力は他の勇者より頭ひとつ抜きん出てる……元の世界でもそうだったのか?)」
「フェル聞いてる?」
「聞いてる、『三尾猫パンケーキ』のトッピングだろ」
走りながら喋るマリアに改めて「こいつの心肺機能どうなってんだ……」と思いながら、フェリスは返事をする。
「そう! リチャガに来る『ご主人様』は男性が多いから、せっかくならこの機会に今までのベリー系から柑橘系に変えてみたらどうかなって話」
「男が多いと柑橘系がいいのか?」
「うーん、なんだろ……元の世界のお店でも女性にはベリー系が、男性には柑橘系が人気だったイメージなんだよね」
「なるほどな……。俺は柑橘はダメだから、作ったらまた試食してくれ」
「ふふ! フェルってそういうとこちゃんと猫ちゃんだよねぇ~♪」
「………………」
もしかして今、バカにされたのか……?
マリアたちの王都ランニングが20周目を超えてきたころ、離れた場所で突然爆発音が聞こえた。
ドォン!!
さすがの2人も足を止める。
「なんの音?」
「……中央エリアのほうからだな」
「まさか……魔王軍が?」
音がしたほうへ走り出そうとしたマリアのことを、フェリスが呼び止める。
「茉莉亞! 今のお前は……」
「もー! そんなこと言ってる場合じゃないかもしれないでしょ! わたしは先に行ってるから、心配なら凛と聖良を呼んできて!」
そう言いながらマリアは足元に光を収束させると高く跳躍し、そのままその場から姿を消した。
フェリスはぐっと奥歯を噛み締めると身を翻す。
マリアと反対方向に立ち去ったのは白髪のイケメンではなく、3本の尻尾を持つ真っ白な猫だった。
『ゲキャキャ! 魔王様の大砲はすげえなぁ! 本当に女神の結界をブチ破っちまった!』
『ふむ。しかし女神も無能ではない様子。すでに結界の穴は閉じられ、我らはその内側だ』
『え? それって俺たちどうやってここから出るんだよ?』
「出すわけないでしょ。ここで死んでってもらうんだから!」
『!!』
溌剌とした声が聞こえたかと思うと、次の瞬間強烈な光がその場を包み込む。
『あぢぢぢぢ! あっつ!!』
「! (出力が落ちてるとはいえ、《希望創造》で焼き払えない……?)」
マリアが駆けつけたのは、王都の隅々にまで魔力を行き渡らせるためのエネルギー施設だった。
そしてその場にいたのは人間の言葉を操る、魔王軍の…………魔人。
魔人は知能が高く、魔王軍の中でも高い能力と高位の権力を与えられているという。
『ふー、ふー! おー、イテテ……俺様の鋼の皮膚を溶かすたぁ、とんでもねえ人間だな!』
『よく見ろ、エディ』
『あ?』
2本の角が生えている魔人が、1本の角を持つ魔人に何かの紙を見せた。
その紙には顔写真と金額が書かれていて、まるで手配書のようだ。
『彼奴は憎き女神の使徒…………勇者だ』
「(なるほど……魔人との戦いは初めてだけど、確かにただの魔獣とは比べ物にならないみたい。それならわたしだって全力でかからないと!)」
マリアがぐっと拳を作ると、彼女自身が強烈な光に包まれた。
「わたしは誰よりもわたしのことを信じてる! わたしは強いっ!」
そう言うと、ランニング中の運動着だったマリアが一瞬で戦闘用メイド服へと換装した。
《希望創造》はマリアが強く思い描いた未来を現実にする力だ。
マリアの中で『仕事着』でもあるメイド服は、周囲だけでなく自分自身をも鼓舞し、気合を入れるために必要だという思い込みがある。
そのため、メイド服を着ていない彼女が使う《希望創造》は出力が本来の20%に制限されてしまうのだ。
マリア自身に暗示をかけるためだけに魔力で編んで着ているメイド服は魔力の消費も大きく、長期戦には向かない。
一瞬の決着にすべてを賭けるための諸刃の剣だった。
とはいえそんなマリアの事情を知らない敵の魔人たちは、彼女の魔力の急上昇に、強力な魔術が放たれることを察して冷や汗を垂らしながら身構える。
『これが女神の使徒……!』
『こ、こりゃあ確かに、下っ端の魔獣どもじゃいくら束になっても相手にならねえな! 俺様でも気ぃ抜いたら焼け死にそうだぜ……!』
マリアはにっこり笑う。
「魔王軍に、わたしたちの世界は渡さないよ♡」
次の瞬間、マリアはもうそこにはいなかった。
ドンッ!
ドォォンッ……!
エネルギー施設内で何度も爆発音がする。
マリアは地面を蹴り、跳躍して相手の攻撃を避けながら、手元の光の弾を魔人に向かって勢いよく放つ。
光の弾は逃げる魔人を追尾し、彼らがその攻撃を受けるまで執拗に追い回した。
『ロード! このままバリア喰われまくってりゃ俺らが魔力切れでジリ貧だぞ!』
『ぐっ……!』
何か……あの勇者の猛攻を止めるための打開策が、何かないのか……!?
2本の角の魔人が辺りを見回したとき、近くでカタンと小さな音がした。
『! エディ、誰かいる』
『ん?』
「ひ、ひぃッ…………!」
1本角の魔人が近くにあった装置を切り刻むと、その影に隠れて震えていた人間の男と目が合った。
2人の魔人は顔を見合わせるとニンマリと悪く笑い、ヘルメットを被っているその男の首根っこを掴んでその場から引きずり出すと、マリアに向かって盾のように掲げた。
男の首に鋭い爪を当てることも忘れずに。
『おい、女神の使徒ぉ! 指一本でも動かしたらこの人間の首を刎ねんぞぉ!』
「う、うぅぅ……た、助けてくれぇ……!」
マリアはそれを見て動きを止める。
その男は"Recharge Garden"の星4レビューを書いた新規の客だった。
このエネルギー施設の職員だったのだ。
「……人質をとってどうするの? どのみちあなたたちは逃げられないけど」
『そんなもんなぁ! テメェの動きを止めるのに使えりゃ充分なんだよォ!!』
「っ!」
ズドォン!!
マリアを目掛けて炎をまとった拳が振り下ろされ、地面に大きな穴が開く。
『オラオラ動くんじゃねえ女神の奴隷がよぉ! ゲキャキャキャ! あの人間がどうなってもいいのかァ!?』
ドォン!
ドンッ
ズドン!
「(《希望創造》は攻撃対象をわたしが選べるけど、こいつの無差別攻撃はここの施設を傷つけるかもしれない。……王都のど真ん中でそんな大事故、絶対に起こさせない!)」
マリアは足を踏ん張ると、腕を交差させて防御壁を展開した。
魔人の炎をまとった拳がシールドごとマリアを強重力で押し潰そうとする。
「うっ……!」
『どこまで耐えられるかなァ!?』
地面に蜘蛛の巣状のヒビが入り、マリアのヒールがミシミシとめり込んでいく。
「ま、マリアちゃん……!」
「大丈夫大丈夫! わたしは負けないよ♪」
人質に取られたその男を振り返って、マリアは笑顔になる。
「わたしは夢と元気を与える最強のメイドだからね! 『ご主人様』の前で、敵に膝つかされたりなんかしないんだから!」
『一歩も動けねぇヤツが何言ってやがんだ! オラッ、さっさと潰れろや!』
「一歩も動けないのはあんたのほうでしょ?」
『…………あ?』
『エディ! 上だ!!』
パァン!
マリアに拳を突きつけていた1本の角の魔人の頭が撃ち抜かれて派手に吹き飛んだ。
「ひゅ~♪ よく踏ん張ったね、茉莉亞」
エネルギー施設の上部に銃を構えたリンの姿があった。
リンはそのまま照準をわずかに変えて、人質をとる魔人に向かって銃を放つ。
『くっ……! …………っ?』
咄嗟に人質を盾にしようとした2本の角の魔人は、体がびくとも動かないことに不思議そうな顔をしてリンから目を離した。
「ダメですよぅ、人質を盾になんかしちゃ……♡」
『!?』
気配もなく目の前に現れたのはセイラだった。
人質の男を抱える魔人の腕を掴んでいたセイラは、そのまま鋼に包まれた魔人のその腕をあっさりと捩じ切る。
『ぐあぁぁッ!』
「こっち!」
解放された人質の男はマリアの声に振り返る。
自分に向かって伸ばされたその救いの手を、男は必死に掴んだ。
「凛さん!」
「はいよー」
『ぐぅぅぅッ!』
腕を再生しようとしている魔人をガッチリと取り押さえたセイラがリンに合図をする。
リンはすかさずその頭と心臓を的確に打ち抜いた。
ビクンッと一瞬痙攣してから、2本の角の魔人はぐったりとして動かなくなった。
「ふぅ……やったか。…………ん?」
高い位置から辺りの安全を確認していたリンは上空でキラリと光った何かに目を凝らす。
「なんだ……あれ……?」
それは猛スピードでこちらに向かってくる赤い炎の弾だった。
「や……やばいやばいやばい、着弾点ここじゃん!! 茉莉亞、すぐ防御壁張って! この施設周辺だけでいい!!」
「え、えへへ♡」
照れたように笑ったマリアからは魔力によるメイド服の換装が解けて、ランニングをしていた時の軽装に戻っていた。
こうなってしまってはシールドの耐久力にも期待できない。
「『大地の恵みよ、女神の声に応えよ』」
落ち着いた声がそう唱えた直後、エネルギー施設の周囲に眩い銀色の半透明の防御壁が展開された。
「大魔術師フェル~♡」
「死にたくねえなら全員動くな」
3本の尻尾を持つ真っ白な猫が、マリアの前に立って空を見上げていた。
直後、女神の結界を突き破り、フェリスの展開した防御壁に炎の球が直撃して空気を震わせる。
ドォォォォンッ!
「(……なんだ? 妙に重い魔術だな)」
「あっ!」
マリアがそう声を上げた瞬間、その場の全員が目を見開く。
頭から血を流している1本の角の魔人が、両腕を失いぐったりしている2本の角の魔人を肩に担いで跳躍し、女神の結界に開いた穴から外に逃げ出したのだ。
『ゲキャキャ! 魔王様の大砲万歳~ってな! あばよォ、女神の奴隷ども!』
魔人はリンの銃による追撃を俊敏な動きで避けると(正確には数発末端に当たっていたが)、そのまま結界の外で転移魔術を使い姿を消してしまった。
フェリスの防御壁によって相殺された炎の球は空中分解し、やがて消えてなくなり、その場には再び静寂が訪れた。
「チッ……逃がしたか」
リンが舌打ちをしてからエネルギー施設のタンクの上から飛び下りると、地上ではマリアが人質にされていた男の前に膝をついて笑顔で声をかけていた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「だ、大丈夫、です……」
「よかったぁ~」
「ま、マリアちゃん……俺…………」
「勇者様ぁぁーーーっ! ご無事ですかぁーーーッ!?」
エネルギー施設での騒ぎを聞きつけた憲兵団が続々と集まってくる気配がした。
ここからは聞き込みや取り調べてゆっくり話せなくなりそうだ。
マリアは男に手を差し出す。
「『三尾猫パンケーキ』、さらに美味しい味に改良中なんだ!」
「! お、俺があのレビュー書いたって、気づいて……!?」
「ふふ! ぜひまた食べに来てほしいな」
「……! あ、ありが、とう…………ありがとうございます、マリアちゃん」
男はマリアの手を握ると、自分の足で立ち上がった。
◇
数日後。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
「た、ただいま、マリアちゃん…………」
開店直後の"Recharge Garden"には星4レビューを書き、魔人に人質にされた男の少し気まずそうな姿があった。
「お昼ご飯はお決まりですか?」
「は、はい。『ワイバーン親子丼』と『フェアリーハニーラテ』……それと、『三尾猫パンケーキ Ver.2』をお願いします」
「はぁい、ありがとうございます♡ すぐ準備するのでちょっとだけお待ちくださいね♪」
しばらくして用意された食事に、男は目を丸くする。
前回来たときに感じたパンケーキの生臭さはまったくなくなっているどころか、何段階も味がグレードアップしていた。
生地はよりもちもちに、クリームはより軽くてふわふわで甘すぎず、イチゴやブルーベリーに彩られていたトッピングはオレンジやマンゴーへと彩りを変えている。
「お、美味しい……!」
「わぁ、今度こそ美味しく食べてもらえてよかったぁ~♡」
「ま、まさか、これ……俺のあのレビューを見て……?」
マリアはその言葉を否定も肯定もせずに、ただウィンクをして口元に人差し指を当てた。
「……っ! ありがとう、マリアちゃん……! マリアちゃんの『立体ホロチェキ』追加してください!」
「ありがとうございます♡」
店の裏の事務所の魔術モニターでマリアの様子を見ていたメーさんは、隣に立つフェリスに言う。
「改良したパンケーキ、人気みたいだねぇ♪」
「SNSで例のレビューが炎上してから、パンケーキ単体の売り上げは1.4倍になってます。柑橘だけじゃなくてマンゴーも入れたほうがいいって、最終的には茉莉亞が言ってたのを採用して正解でした」
「酸味と甘味のバランスがうまく取れたんだね♪ さすが私の茉莉亞♡」
「(別にあんたのではねえけど……)」
「あ! 例の客、早速レビューを変えてくれたみたいだよ♪」
ーーーーーーーーーーー
★★★★★
サービスは行き届いている
店も綺麗
ただ、パンケーキは変な味がする
◇
貴重なご意見をありがとうございます
今後のより良いサービス提供の参考にさせていただきます
店舗スタッフより
◇
パンケーキが改良されていた
3倍くらい美味しくなってたので星5に変えさせていただきます
ごちそうさまでした
また食べに来ます
ーーーーーーーーーーー




