短編3「洗い桶に海」
洗い桶のなかに海がひろがっていた話です。すこし不思議系。
※こちらの短編にあるもの
・ホラー要素(R-12)、かもしれないもの
以下、ホラー要素について、かんたんな説明をしています。
必要に応じて、ご活用ください。不要であれば、読み飛ばしてくださると幸いです。
※ホラー要素について
・R-12
・急に、洗い桶のなかに海が現れる。理由や原因は、とくに判明しない。
海が広がっている。桶のなかに。
深夜。台所。食事につかったお皿をつけ置きしておくための、洗い桶。そこに海水らしきものが湛えられている。
潮のかおりが漂う。時間帯は一致しているのか、夜の暗い海に見えた。
しめって暗い灰色をしている泥。ごつごつとしたこげ茶色の岩盤。黒っぽい赤色の藻まで生えている。ほのかになまぐさい臭いすらした。海に行ったときにかいだことがある気がするにおい。
魚影はいまのところ見かけない。夜だから、魚たちは安心できる寝床で眠っているのかもしれなかった。
ちゃぷ、ちゃぷ、と音を立てて、桶のなかで水面がゆらめいている。おだやかな海なのか、波はちいさなものがときおり立つ程度だった。
あたたかいのか、つめたいのか。気になって、おそるおそる手を差し入れた。生ぬるい。浅瀬なのかもしれない。初夏のことだった。季節がら、海もあたたかいのかもしれなかった。
思いきって、でものろのろと、肘くらいまで水に腕を沈める。初夏の汗ばむくらいの室温と、海水の生ぬるさ。濡れているところと、かわいたところとで、腕に感じるあたたかさが違う。ちぐはぐで奇妙に感じた。
泥に届く手前で、手を止めている。肘から先が、じんわりとあたたまっているような、冷えていくような感じがしている。水が生ぬるいから、どちらとも言えない感覚だった。
ゆっくりと、海水から手を引き抜く。腕が空気にさらされてすこし涼しさを覚えた。腕から水滴が、ぽたぽたと、桶のなかに落ちる。海にちいさく波紋がつくられる。
手から、潮のかおりがほのかにする。触れるのをやめてなお、海は洗い桶のなかにあった。夢のように立ち消えてしまうことはなかった。
(完)
お読みいただきありがとうございました。




