第10話 実践訓練の準備
「いつになったらここから出られるんだ…?」
エザールは空間の狭間で1人そう呟いていた。
ユカルドが作り出したこの空間の狭間ではほとんど全ての概念が消されている。残されている概念といえば自分という人間がいてそのことを認識できるのと物事を考えられる…そのくらいだ。
「幸い空腹とかその辺の人間の5大欲求も概念ごと消されているから腹が減って死にそうになるってことにはならなさそうだが…」
「私の作り出した空間の狭間は気に入ってくれたかな?」
「…っ!ユカルドてめぇいきなり放り込みやがって」
「まあ落ち着けよ…あんまり暴れるなら…こうだぞ?」
「ぐっ…がぁぁぁ!」
エザールはいきなり体を全方位から圧迫されるような…逆に全方位に引っ張られるような壮絶な痛みに声を上げた。がそれはすぐに収まった。
「ここは私が作る出した空間の狭間だぞ?全て私の思うままに決まっているじゃないか…」
呆れたようにそう言うユカルドに対する怒りを堪えつつここに来た理由を聞こうとして…
「私がここに来た理由が知りたいか?」
先に言われてしまった…
「そんなことだろうと思ったよ…ちなみに私に攻撃しようとしても無駄だぞ?なんせここに“ある”のはお前の精神だけなんだから…」
「は?悪りぃがいってる意味が分からん」
「はぁ…説明する必要もないが簡単に教えてやろう。お前の肉体と精神を分離させて精神をこの狭間に、肉体をさらに作った別の空間に入れたんだよ」
説明を受けてもイマイチ分からなかったがつまりはこいつに逆らえないということだ…ちくしょう、いつか1発でいいから殴りてぇ…!
「ではエザール、お前に質問がある」
「んだよ…どうせ頭の中直接みれんだろ?ならなんでわざわざ聞くんだよ」
「あれは上級魔法だからね…1日の使用制限があるんだよ。」
実際は使用制限などないのだが代償として疲労感を多少なりとも感じるのである。
ちなみにユカルドの魔力量は無限に等しいほどあるので魔法の実験やら乱用やらができるのである。
「早速だけどギルド《コフィン》が保有している伝説級装備、呪われし装備を教えてもらおうか。嘘発見用魔法は発動してるから嘘はすぐバレるぞ?」
「っ!はぁ…分かった。その前に俺の肉体と精神を元の状態にしてくれ」
「なんのために?」
「どうせアクトとクリフェンの実戦訓練の相手は俺だろう?なら体を慣らしておきたい」
「確かにそうだな…それじゃあ今宣言してくれ。私たちの仲間になり裏切らないと」
「それで戻してくれんなら宣言してやるよ。俺はお前達の仲間になって裏切らないと誓うぜ」
所詮はただの口約束…俺に完全に気を許して背を見せたときに殺してやる …そう考え宣言したらエザールの中でガチリと何かがかかったような感じがした。
「ユカルド、お前何をした」
「何って…ただ今お前が宣言したことを魔法「契約」を使ってお前の精神に刻み込んだだけだ。もし自分の宣言に背くことがあったら魔法が発動して精神を強制破壊しお前は壊れるだろう…そうなってはいくらお前でも再生はできないだろう?“再生のエザール”君」
自分の正体がバレるだけでなくその対策までされていることにエザールは本格的に思ってしまった…「化け物め」と…
そして翌日…ユカルドにいわれていた実戦訓練当日…
朝起きたらクリフェンはもうすでにベッドにおらず食堂に行くと朝食を食べていた。
「ようアクト、装備の調整は充分か!」
「そのセリフ!この間図書館で読んだ本に似たようなのが書いてあった!それにそもそも装備の調整とかする必要とかないんだが?」
朝っぱらからテンション高めのクリフェンにツッコミながら自分は準備万端であることを伝える。
「それにしても今日は早いな、クリフェン。いつも俺が起こすまで起きないのに…」
「当たり前だろ?なんせ新しいスキルが発現したらその次に使わしてもらえるんだぞ?もうドキドキが止まらん…!」
鼻息も荒くそう力説するクリフェンに少し呆れながらも準備万端なんだなと察した。
2人は朝食を食べながら相手があの先生だったら嫌だなとかこの先生だったらこうするのが有効だとか話し合っていた…
色々話し合っているうちに時刻は6:30を迎えた。そろそろ部屋を出ないと学園長室に10分前に着くことができなくなる時間である。
「じゃあそろそろ行くか。本当に装備の調整は問題ないんだろうな、クリフェン?」
いつもよく手を抜くクリフェンに念のために聞いておくが…
「装備の…方は…問題な…(ギュルルルル)」
うん、装備の方は大丈夫そうだけど本人の方は大丈夫じゃないな…
「何!?なんで腹下してんの!?」
「いやー…さっきさ、緊張のあまりアイスを食べ出したら止まんなくてさ…あはははは」
「あははじゃねーよ!お前何やってんの!?」
「仕方ないだろ!新しい味だから一個だけって思って食べたら予想よりも美味しかったんだか(ギュルルルル)」
「で?何食べたんだよ」
「うまニコのバステル味」
「よく食べようと思ったな!?」
うまニコとは「あまりのうまさに思わずニコニコ」をキャッチフレーズに一年ほど前から発売されたアイスである。一番最初のバニラ味がかなりの評判で一年経った今でも絶大な人気を誇っている。味の種類も最初は普通だったのが途中からズレ始め今では次は何味が出るかドキドキするのも人気の秘訣なのかもしれない…
「んで、この状況をどう対処しようと考えているのですかクリフェン君」
「敬語やめて!?敬語で話している時のお前の目ってマジで怖いから!」
「とりあえずお前はトイレにいけよ…顔が凄いことになってるから…」
「わ、悪いな…」
そう言葉だけ残して残像が見えるレベルの速度でトイレに駆け込んだ。いつものスキル訓練の授業でもそのくらいの速度で行動できれば先生から問題児認定受けないってのに……
そのままクリフェンがトイレにこもってから20分が経つ…
念話でユカルドにはクリフェンがお腹を壊している等の理由で遅れることはとっくに伝えているがそろそろもう一報入れておこうと思ったら…
「随分と苦戦しているみたいだね」
「うおっ!ってユカルドさんか…移動魔法でいきなり現れるのやめてもらえます?」
アクトの後ろに移動魔法を使いいきなり現れてきたことにクレームをつけられることに苦笑いしながら「悪い悪い」と謝罪した。
「クリフェン君がお腹を壊した聞いて望遠魔法で様子を見ていたんだがね…」
少し険しい表情をしながらクリフェンが入っているトイレを見ながら言って…
「気がついていないと思うが…あれはただお腹を下しただけってわけじゃなさそうだぞ?」
「え…それはどういう…」
「ぐああああああああああ!」
「「……」」
それはどういうことなのか聞こうと思ったらトイレの方から悲痛の叫びが聞こえた。あいつ本当に大丈夫か…?
「で、ユカルドさん。クリフェンがお腹を下しただけじゃないって…どういうことですか?」
「ありゃ試されてるな…」
「試されてるって……まさか…!」
「あぁそのまさかだ。新しいスキル「守護神現化」が暴走していると考えてもらって違いないだろう」
「そんな…!でもユカルドさんならなんとかできるんですよね!?」
「確かにできるが…私には守護神自身が自分を扱うに足る器か試しているように感じられるんだよ。だから…少し待ってみないか?」
「もし…もし扱うに足る器と判断されなかったら…?」
「クリフェン君の自我を崩壊、削除し守護神が己の肉体として暴れまわるだろうな」
「そんな…そんなのって…」
「ひどすぎると思うかい?だがいつの時代も力を得るにはそれなりの代償が必要なものさ」
懐かしいものを見ているかのように遠くを見ながらユカルドはそう呟いた。冷酷な発言をしていながら心の中では暖かく応援しながらそう呟いた…