26話.バラバラ
「助けてくれぇー!」
休憩を取った後、ダンジョンの奥を目指して進むオレ達の耳に飛び込んできたのは、男の叫び声だった。
喉の奥から捻り出したようなその声は、男の置かれている状況が如何に余裕の無いものかを物語っている。
――――!
そして、そんな人間を見逃せない奴がいる。助けを求める人間を、絶対に助けてしまう奴がいる。
隣にいた二つの影は、既に声の方向へ駆け出していた。
「おい! 落ち着け!」
慌てて、静止の為に声をかける。あの声は尋常では無い声だった。おそらく、相当強い敵に遭遇したのだろう。それこそ、通常のスケルトンとは比べ物にならない程の怪物と。
助けに行くのはいい。だが、少数で向かうのは明らかに危険だ。絶対に四人で向かうべきだろう。
だが、オレの静止の声がアルル達に届く事は無い。いいや、届いてはいるのだろう。唯、オレの声が勇者が足を止める理由とはなり得ないだけで。
兎に角、男の声が聞こえると同時に、走り出したハルトとアルルを止める術は、オレには無かった。
……ああ、もう!
「おい、テン! あの二人を追うぞ!」
「おう!」
慌てて、アルル達を追走する。勇者である彼らの速度は凄まじい。離されない為にはオレも必死で足を動かす必要がある。
だが、ダンジョンのレベルが上がって、多少身体能力は上昇したといえど、オレの身体能力は勇者に及ぶべくもない。
何が言いたいかというと、走り出してすぐに、オレ達はアルルとハルトを見失ってしまった。
助けを求める男の声も、既に止んでしまっている。大体の方角は覚えているが、正確な位置を判断する材料は、もう無い。
……! くそっ、こんな時に!
そして、オレを嘲笑う様に目の前には分かれ道が配置されていた。右か、左か。単純ながら、絶対に間違う事の出来ない選択をする必要がある。
ここで間違えた道に進んだ場合、このダンジョン内でアルル達と合流出来る可能性は著しく低下する。
それは、余りにもリスクが大きい。
――どうする?
今、オレは二つの選択肢を取ることが出来る。新しい情報が出るまでこの場所で待つか、それとも一か八かに掛けて、どちらかの道へ進むかの二択。
「どうするんだ? シン。俺はお前の意見に従うぜ」
どうやら、テンは此方に選択を任せてくれるようだ。
……考えろ。
ダンジョン内を少数で動くのは自殺行為だ。そんなのはずっと前から知っている。アルル達と安全に合流できる道ならば、きっとここは勇者を信じて待つのが最善だろう。下手な道を選んで、合流できなくなるのが一番最悪だ。だから、この場からは動かない方がいい。
でも、それでオレはいいのか?
勇者を殺したくない、死なせたくない。口だけでは何とでもいえる。心の中では何とでもいえる。それを、オレは行動で示せているのか?
ダンジョンを攻略するという目的の為なら、ここから下手に動くのは愚の骨頂。
……でも、勇者を助けたいなら? 勇者と、共に戦いたいのなら?
最善手は、前に進む事だ。信じるだけじゃ、勇者は救えない。だから、オレは前に進む。
……いいや、違うな。こんな手は最善手じゃない。どうしようも無い愚策だ。取り返しのつかない事態を招くかもしれない。最低の行動だ。
右か左、間違っている道を選んだらどうする? 取り返しがつかなくなる?
――知るかよ、そんな事。大事なのは、オレが、アイツ達を助けたいんだ。あの自らの身も省みない奴らを、オレは助けたいんだ。
だから、オレは進む。この分かれ道の先へ。
「……行くぞ、テン」
選んだ道は――右。選んだ理由は、勘だ。
――ゴッ!
後頭部から、鈍い音が響き渡った。持ち上げた足は、地を踏みしめる事無く崩れ落ちる。同時に、身体全体に強い衝撃を感じた。どうやら、オレは今地に伏しているらしい。
…………え?
「悪いな、こっちも生きるのに必死なんだ」
意識が朦朧として、何が起こっているのか理解できない。
でも、薄れゆく意識の中、テンの声が聞こえた。
……それだけは、はっきりと覚えている。




