初めての依頼
宿の中は木造で、正面には受付のカウンターがあった。
受付には、髪を後ろで一つにまとめた、ふくよかな女性が立っていた。私に気づくと、親しげな笑顔を向ける。
「いらっしゃい。お泊まりかい?」
この服にも驚いた様子はない。
……感じのいい人だ。
「ええ、泊まれますか?」
「二階の六号室が空いてるよ。食事付きで一泊銀貨1枚だ」
「とりあえず三泊したいのだけど、大丈夫ですか?」
「はいよ!三泊だね」
銀貨を三枚置き、部屋へ向かおうとすると女将に呼び止められた。
「そうだ。大浴場は一階の奥にあるよ。今の時間なら、まだ空いてるはずさ」
思わず足が止まる。
「大浴場があるの?」
「ああ。食事の前に入ってくるといいよ」
お風呂に入れるのは嬉しい。
……ただ、この服を脱いだら顔も元に戻るのよね。
気になることがあり、先に部屋へ向かった。
部屋に着き、アイテムボックスを開く。
森ではゆっくり見れなかったけど、確かここに…
衣装欄と書かれた部分を指で押す。
《紅薔薇》
《蒼月》
《紫苑》
《白雪》
「やっぱり替えのゴスロリ服……
今着ている《黒曜》とはまた違う感じかな?」
……試着してみたいけど、この魔法で着替えると、下着まで着替えられちゃうからお風呂に入ってからにしよう。
自分の下着をそっと確認する。
服に合わせてかなり派手だった……。
大浴場に向かい、ゆっくり汗を流した。
その後脱衣所で、誰もいないタイミングを見計らい、
「《月影の転装》紅薔薇。」
小声で唱えると、一瞬で着替えが済んだ。
……やっぱり念じるだけじゃ物足りないわね。
少しだけ満足して部屋に戻る。
鏡の前に立って、《紅薔薇》を眺める。
深紅と黒のドレスは、最初の服より少し大人っぽい。胸元と髪飾りには薔薇があしらわれていた。
着替えは残り三着…
洗濯方法も探さないとね。
食事は部屋に運んでもらった。
……美味しい。
お風呂もあるし、いい宿を教えてもらったわ。
明日はリネットの店に行って、服を買おう。
少し硬めのベッドに横になる。
……この服、見た目のわりに寝やすいのね。
私はすぐに眠りについた。
翌朝、一階の食堂へ向かう。
焼きたてのパンと野菜のスープ、それに薄く切った肉が並んでいた。
「美味しい…」
……朝ご飯が美味しい宿は当たりね。
気づいたら、少し食べすぎていた。
満足しながら宿を出る。
昨日教えてもらった道を通り、リネットの店へ向かった。
今日は何を買おうかな?
昨日の作りかけの服も気になるけど、まずは完成している服を見せてもらいましょう。
そんなことを考えながら店の前まで来たが、扉は閉まっていた。
「お休み?」
隣の店先で、籠を並べていた女性に声をかける。
「すみません。こちらのお店は今日はお休みですか?」
「ああ、リネットのお客さんかい? あの子なら朝からギルドへ行ったよ。森へ行くために護衛を頼むとか言ってたね」
「護衛…そう。ありがとう」
昨日来た道を戻り、ギルドへ向かう。
扉を開けると、壁際の長椅子に座るリネットを見つけた。膝の上に大きな鞄を置き、依頼掲示板をじっと見つめている。
掲示板に、リネットの名前が書かれた依頼書を見つけた。
【銀糸草採取の護衛】
【目的地・東の森】
【依頼人・リネット】
一人の冒険者が依頼書を手に取ったが、報酬を確認すると元の場所へ戻した。
「東の森まで護衛して、この金額か。割に合わないな」
その後も何人かが依頼書を見たが、受ける者はいなかった。
「また変わった服の材料だろ?」
「売れない服に、よくやるよな」
そんな声が聞こえても、リネットは俯いたまま鞄を抱えていた。
……昨日は、あんなに楽しそうに服の話をしていたのに。
私はリネットには声をかけず、受付へ向かった。
昨日と同じ女性職員が、私を見ると穏やかに微笑む。
「おはようございます。本日はどうされましたか?」
「冒険者登録をお願いするわ」
「昨日は身分証だけでいいとおっしゃっていましたが……」
「少し気が変わったの」
職員はリネットと掲示板へ目を向け、それ以上は何も聞かなかった。
「冒険者にはFからSまでのランクがあります。最初は全員Fランクから始まり、実績に応じて昇格します。基本的には、ご自身のランクに合った依頼を受けてください」
渡された用紙に必要なことを書き、登録を済ませる。職員から名前とランクの刻まれたカードを受け取った。
【黒瀬澪・Fランク】
……これで私も冒険者ね。
昨日はなるつもりなんてなかったけど。
依頼掲示板からリネットの依頼書を取り、長椅子へ向かう。
私に気づいたリネットが顔を上げた。
「ミオさん?」
「この依頼、登録したばかりの駆け出しでも構わないかしら?」
リネットは依頼書と私の顔を交互に見る。
「受けてくださるんですか?」
「ええ。服を買いに行ったら、店が閉まっていたから」
リネットは鞄を抱えていた手をゆるめ、ほっと息をついた。
「……誰も受けてくれなかったら、どうしようかと思っていました」
「もう大丈夫よ。私でよければ、一緒に行くわ」
「ありがとうございます。どうしても銀糸草が必要で……」
リネットは私の手にある依頼書へ目を落とした。
「ミオさんは大牙猪を倒した方です。駆け出しとは呼ばないと思います」
「登録証にはFランクと書いてあるわ」
カードを見せると、リネットは少しだけ笑った。
「それなら、よろしくお願いします」
「任せて。銀糸草を採りに行きましょう」
依頼書を受付へ持っていき、正式に受注を済ませた。




