魔力
「ちょっと、フィオナ・クロツェさん!」
授業間の休み時間、私はガイド科の派手なお嬢様グループに腕を強引に掴まれ、校舎の奥にある空き教室へと連れ込まれていた。
「……何かご用でしょうか?」
背後でバタンと不穏な音を立ててドアが閉められる。
中心に立つお嬢様が、扇子を優雅に揺らしながら、私を刺すような視線で見下ろしてきた。
「とぼけないでちょうだい。昨日、シリス様やイグニス様と何を話していたの? まさか、ただの人間であるあなたが、あの方々と親しい仲だなんて言わないわよね?」
周囲を取り囲むお嬢様たちからの冷ややかな視線。
……けれど、私からしてみれば、かつて父がやらかした事業の借金取りたちが怒鳴り込んできた時の圧迫感に比べたら、この程度はそよ風のようなものだ。
私は背筋をピンと伸ばし、制服の裾をわずかに持ち上げ、凛としたお辞儀を執った。
「いいえ、全く知り合いではございません。昨日が初対面ですし、ただ、名前をきかれただけですよ」
「なっ……! 名前を聞かれた"だけ"だなんて、何様のつもりよ!!」
「まあ、失礼いたしました。ですが、ヴェルハイト様方が私にお声がけされた理由につきましては、私にはわかりかねますの。もしご不満がおありでしたら、ヴェルハイト様ご本人に質問なさっては? 私の一存ではどうにもできかねますので」
一切の動揺を見せず、洗練された身のこなしとスキのない微笑みで、サラリと核心を突いて返した私。
「な……なによ!? その言い草……!!」
「なんなのよその余裕ぶった態度は!? 人間のくせに、私達を見下しているの!?」
お嬢様たちは顔を真っ赤にしてキーキーと怒りを爆発させ、プライドを激しく逆撫でされた様子で扇子をバサッと閉じた。
(あら……なんだかとてもお顔の色が赤いですわね。空気が悪くて熱中症にでもなりかけていらっしゃるのかしら?)
彼女たちがなぜそんなにイライラしているのかさっぱり解らない私は、これ以上体調を崩されては大変だと判断した。
「では、次の講義の準備がありますので、私はこれで失礼いたしますね」
圧倒的な姿勢の良さで優雅に一礼すると、私は「キーッ!」と地足を鳴らすお嬢様たちを置いて、スッと空き教室を後にしたのだった。
***
その直後に行われたのは『魔力測定』の講義だった。
ガイド科の生徒たちが大きなホールに集められ、中央に置かれた巨大な魔導水晶に一人ずつ触れていく。
「次、フィオナ・クロツェ」
名前を呼ばれ、私は水晶へ歩み出た。
そっと手を触れる。……けれど、透明な水晶はピクリとも光を発しない。
「魔力測定値、ゼロ。次」
淡々と告げられた結果に、周囲からクスクスと小さな嘲笑が漏れた。
「やっぱりね……」
「人間ですもの、魔力なんてあるわけないわ」「よくこの学園に入れたわね……」
(うん知ってた! 期待もしていなかったから傷つきもしないわ!)
さっきのお嬢様たちのイライラ視線も含め、周りのひそひそ話を完璧にスルーし、私は「ありがとうございました」と教官に綺麗にお礼を言って列に戻った。もうこんな扱いには慣れっこだ。
***
一方その頃——【特殊科】の訓練場では、過激な実践戦闘訓練が行われようとしていた。
なお、本日龍人のジュリアン先輩は政務のために公欠だ。
白銀の髪をなびかせたシリスは、腕を組んで佇んでいた。
午前中、ガイド科の教室でフィオナに会えなかったことが悔やまれる。けれど、前回は急に声をかけて逃げられてしまった。今度は逃げられないよう、放課後に完璧な状態で彼女のもとへ向かうつもりだった。
そんなシリスの耳に、訓練場の隅から不快な会話が飛び込んできた。
「なぁ、ガイド科に入ったっていう人間の女の噂、聞いたか?」
話しているのは、裕福な家柄で甘やかされて育ったネコ科のオスの獣人だ。周囲の取り巻きとニヤニヤしながら下品な笑みを浮かべている。
「没落貴族の貧乏人間なんだろ? なんでこんな最高峰の学園にいるんだよ。ま、顔はまあまあ可愛いし、俺が少し遊んでやろうかな」
——ピキッ。
周囲の空気が、一瞬で絶対ゼロ度まで凍りついた。
「おい」
背後から響いた氷のように冷ややかな声に、獣人生徒は跳ね上がるように振り向いた。そこに立っていたのは、殺気すら孕んだ瞳で自分を見下ろすシリス・ヴェルハイトだった。
「ひっ……! ヴ、ヴェルハイト様……!?」
「今……何と言った」
静かだが、あまりに恐ろしい圧迫感。獣人はガタガタと震え上がり、言葉を失う。
シリスの瞳の奥で、ドロリとした昏い怒りがヒートアップしていく。フィオナを侮辱された怒りで、胸の奥の魔力が激しく蠢き始めた。
「おいおいシリス、やめとけって! 授業前だぞ!」
異様な殺気を察知したイグニスが慌てて間に割って入り、シリスの肩を掴んで抑え込む。
「……ちっ」
シリスは不機嫌そうに舌打ちをし、苛立ちを隠さずに背を向けた。
だが、運命の悪戯か。
直後に始まった対戦訓練で、シリスの相手として指名されたのは——先ほどフィオナを侮辱したあのネコ科の獣人だった。
「始め!」
教官の合図と同時に、シリスの手から絶大な青い炎が爆ぜた。
「ぎゃああああっ!?」
一瞬だった。手加減など一切ない圧倒的力。魔力の威圧だけで、獣人生徒は武器を弾き飛ばされ、地面に転がされて悲鳴を上げる。
「参った! 参りましたっ……!」
「そこまで! 勝者、シリス・ヴェルハイト!」
教官が制止の声を上げる。しかし——シリスの耳には届いていなかった。
脳裏に焼き付いた『没落貧乏人間』『遊んでやろうかな』などの下劣な言葉。怒りで完全に理性のタガが外れたシリスは、倒れ伏す獣人に向けて、さらに膨れ上がった殺傷能力の高い青炎の槍を練り上げた。
「止めろ、シリス!!」
教官が叫び、全力の防御魔法を展開して間一髪で攻撃を相殺する。訓練場全体が凄まじい衝撃波と冷気で激しく揺れた。
「ハぁ……っ、ハぁ……っ!」
自身の荒い息遣いとともに、体内の魔力が完全に暴走を始めていた。制御の効かない猛烈な冷気と熱が、シリスの体から溢れ出していく。
「ちっ……!」
これ以上ここにいれば、訓練場ごと周囲の生徒を巻き込んで破壊してしまう。
シリスは湧き上がる不快感と荒れ狂う魔力を抑え込もうと苦悶しながら、風のようにその場を飛び去っていった。
「シリス……! クソッ、誰か救護班を呼べ! こっちの収拾は俺がやる!」
イグニスは去っていく白銀の背中を懸念の眼差しで見送りながらも、混乱する訓練場の収拾へと意識を向けざるを得なかった。
***
一人、学園の奥深く——広大な庭園の奥にある森へと逃げ込んだシリス。
「くっ……ハぁ……っ……!!」
大樹に背を預け、崩れ落ちるように膝をつく。
激しい怒りを引き金に暴走を始めた青炎の魔力は、もはやシリス自身の自制心では抑えきれないレベルに達していた。
視界が白く染まり、体内の魔導回路が焼き切れるような激痛が全身を走る。
誰の接触も拒む最高位のフェニックスゆえに、頼れるガイドもいない。
(クソっ……なにしてるんだ……俺は……)
圧倒的な絶望と激痛の中、シリスの意識は急速に暗闇へと落ちていくのだった——。




