授業
ファリヤーナ学園での登校初日。
私の淡い「お友達ができるかも」という期待は、教室のドアを開けた瞬間に脆くも崩れ去った。
「見て、あの子よ……」
「昨日ヴェルハイト様とお話ししていた人間……」
「身の程を知らないわね……」
教室中に広がる、刺すような冷たい視線とひそひそ話。
エリート貴族のお嬢様たちは、あからさまに私と距離を置いている。私の両隣と前の席だけポッカリと空いていて、見事なまでの隔離状態だ。
(……結局、完璧なぼっちね。知っていたけれど……ハハハ)
私は心の中で力なく笑いながら、一番後ろの席で小さく背中を丸めた。
「静かに。これよりガイド科第一回の講義を始める」
重厚な声とともに教室に入ってきたのは、本日の担当教官。鳥人の中でも知識に長けたフクロウ族のウィーン・フロウ先生だ。大きな眼鏡をクイッと上げ、黒板に魔法陣と複雑な図表を描き出していく。
「本日学ぶのは『各種族におけるガイドの役割、および番の概念』についてだ。非常に重要であるため、しっかりノートを取るように」
ウィーン先生の講義が始まった。私は急いでペンを取り出す。
「まず、魔力を持たない人間には不要だが、我々獣人、鳥人、龍人といった魔力持ちの種族にとって【ガイド】は不可欠な存在だ。
ガイドの接触や介在によって、我々は体内の魔力を正しく循環させることができる。
上位の強い者ほど自制はきくが、それでも限界はある」
先生の指先が黒板の図表をトントンと叩く。
「ただし、ガイドなら誰でも良いというわけではない。ガイドと対象者には『相性』が存在し、相性が悪ければ魔力の循環効率は著しく落ちる。
さらに龍人族や『青炎』『赤炎』のフェニックスといった超希少種は、自身が許可した者以外の接触を激しく拒むため、ガイディング自体が極めて困難なのだ」
(……なるほど、だから相性の良いガイドを探すのが大変なのね)
感心しながらメモを取る私に、先生はさらにトーンを下げて言葉を続けた。
「そして……ガイドとは明確に異なる、もう一つの概念が【番】だ」
その言葉が出た瞬間、教室内の緊張感が跳ね上がった。
「番とは、魔力持ちの種族同士が直感で解る『生涯の伴侶』だ。出会った瞬間、一生をかけて守りたい、そばにいたいと本能で理解する。だが、生涯で番に出会える確率は10%にも満たない。見つからずに他の者と結婚する者や仕事に生きる者が大半だ。ゆえに、番に出会えた者の執着と思いは凄まじく……それが希少種であればあるほど、その愛は狂おしいほど重くなる」
お嬢様たちがうっとりと息をのむ。
「なお、魔力持ち同士ならば一目で互いが番だと解るが……人間側には番を感知する能力が一切ない。相手から一方的に察知されるのみだ。もっとも、歴史上人間が番に選ばれた例など数人程度しか存在しないがな。……以上だ。本日の講義を終わる」
(へぇ……人間が番になるなんて奇跡中の奇跡なのね。私には到底関係のないお話ね)
世界の仕組みに納得してノートを閉じ、席を立った、その時だった。
「——ちょっと、あなた。フィオナ・クロツェさん」
キツめの声に振り返ると、華やかな装飾の制服を着たガイド科のお嬢様グループが、私を包囲するように立っていた。
「……何かご用でしょうか?」
「とぼけないで。昨日、中庭でシリス様やイグニス様と何を話していたの? まさか、ただの人間であるあなたが、あの方々と知り合いだとでも言いたいのかしら?」
あからさまに睨みつけられ、私は心の中で溜め息をついた。やっぱり来たわね、と。
「いいえ、全く知り合いではございません。昨日が初対面ですし…」
「そうよね! あなたみたいな没落寸前の貧乏人間が、あの方々と関係あるわけないものね!」
「ちょっと話を聞かせてもらうわ。こちらへいらして?」
断る隙も与えられず、私は腕を強引に掴まれて廊下の奥にある空き教室へと連れ去られてしまった。
***
——フィオナが教室から連れ出された、まさに数分後。
普段なら【特殊科】の専用校舎から出ることのない雲の上の存在たちが、ガイド科の教室前に現れていた。
「「「きゃあああぁぁぁ……っ!?」」」
廊下に悲鳴のような歓声が響き渡る。
白銀の髪をなびかせたシリス、チャラけた笑みを浮かべるイグニス、そして生徒会役員として穏やかに微笑むジュリアンの三人だ。
「おいおい、すごい人集まりだな……」
「シリス、本当にここにいるのかい? 君が自ら1年生の教室まで足を運ぶなんて珍しいね」
呆れ顔のイグニスと、不思議そうに尋ねるジュリアンを無視して、シリスは氷のような瞳でガイド科の教室を見渡した。
「……いない」
シリスの落胆した低い声をだす。
フィオナの匂いを追ってきたイグニスが、ふと廊下の奥に視線を向け、鼻腔を鳴らした。
「あれ……? 匂いはさっきまでここにあったけど、なんか別の奴らに連れていかれたっぽいぞ?」
「……何?」
シリスの温度のない青い瞳に、瞬間、恐ろしいほどの鋭い熱が宿った。




