恋…?
静かな丘の上でシリス様と秘密の約束を交わしてから数日後。
長い休校期間が終わり、学園には再び生徒たちの賑やかな声が戻ってきた。
登校初日、大通りの並木道を歩いていると、すれ違う生徒たちから羨望と納得の視線が向けられる。
(まだ……自分のこの気持ちが『恋』なのかは分からないけれど……シリス様の特別でいたいという気持ちは、本当だから)
「フィオナ、顔が赤いけれど大丈夫かい?」
隣を歩くシリス様が、心配そうに青い瞳を覗き込んできた。差し出された手の温もりは、あの丘の上の時のままだ。
「あ、大丈夫です……! ただ、また学園でシリス様と一緒にいられて嬉しいなって……」
「ふふ、そうかい? 俺もだよ。……君とこうして学園で並んで歩けるだけで、胸がいっぱいになる」
耳元で甘く呟かれ、私の心臓はまた跳ね上がってしまう。
***
昼休み、廊下を歩いていると後ろから気さくな声が聞こえてきた。
「よっ、フィオナちゃん! シリス! 2人とも元気にしてたか~?」
振り向くと、手を大きく振りながらやってきたのはイグニス先輩だった。相変わらず明るくて太陽みたいな笑顔だ。
「イグニス先輩! はい、おかげさまで元気にしていました。イグニス先輩も、お休み中はお変わりありませんでしたか?」
「おう! 俺は休み中も体がなまらないように運動したり、街の見回り手伝ったりしてたぜ! いやー、それにしても……」
イグニス先輩はニシシと悪戯っぽく笑うと、シリス様と私の顔を交互に見比べた。
「なんかお前ら、休み前よりグッと距離が縮まってねぇ? いい感じじゃん!」
「っ……!? い、イグニス先輩っ!?」
急に突っ込まれて私が顔を真っ赤にしていると、横でシリス様がどこか誇らしげに、でも少しイグニス先輩を牽制するように微笑んだ。
「イグニス、あまりからかわないでくれ。」
「へいへい、 じゃ、俺は飯行ってくるわ。またな~!」
イグニス先輩はカラカラと笑いながら爽やかに去っていった。
ふと視線をやると、廊下の陰からクロウが前髪の間から目を輝かせてイグニス先輩の後ろ姿を見送っていたけれど……イグニス先輩の明るい雰囲気に、緊張も一気に吹き飛んでしまった
放課後。私は専属ガイドとしての資料を探すため、静かな図書室を訪れていた。
高い本棚の奥で目当ての本を見つけ、背伸びをして手を伸ばすけれど、あと少しのところで届かない。
「う、う~ん……もう少しなのに……っ」
その時、後ろからすっと影が差し、頭上から大きな手が伸ばされた。
簡単に目的の本を取ってくれたのは——シリス様だった。
「はい、どうぞ。フィオナ」
「シリス様! ありがとうございます……あっ」
お礼を言おうと振り返った瞬間、息が止まった。
シリス様が本棚と自分との間に私を閉じ込めるような形になっていて、顔が目と鼻の先にあるのだ。
「シ、シリス様……? 近いです……っ」
「……ふふ、嫌かい?」
シリス様は逃がさないようにそっと私の腰に手を回し、青い瞳で愛おしそうに私を見つめた。図書室の静寂の中で、お互いの吐息を感じるほどの距離。
「あの丘で言った通り、君が自分の気持ちにがはっきりするまで待つといわれたけど……アピールするのはかまわないだろう?…こうして二人きりになると、どうしても君に触れたくなってしまうんだ」
「あ……っ」
「フィオナ。君のその真っ赤な顔も、潤んだ瞳も……俺だけのものにしたいと思ってしまうのは、我儘かな?」
耳元で囁く低くて甘い声に、私の全身の力が抜けてしまいそうになる。
胸がキュンと甘く締め付けられて、鼓動がうるさいくらいに鳴り響いていた。
(シリス様の手が熱い……。どうしよう、私……シリス様に見つめられると、胸が苦しくて……頭がどうにかなりそう……っ)
「……フィオナ。少しだけ、このままでいさせてほしい」
シリス様は優しく私の額に自分の額をコツンと重ね、そっと目を閉じた。
まだ「恋」という名前をつけられていない私の気持ちだけれど、シリス様に抱きしめられているこの時間が、たまらなく愛おしくて幸せだ
ということだけは、痛いほど分かっていた。




