デート
古代遺跡での事件を受け、学園はしばらくの間、全校生徒を休校とすることを決定した。
合宿先から自宅へ戻った私は、静かな自室で過ごす日々を送っていた。
急にできた休みの中で、ふとした瞬間に思い出すのは、あの雨の夜の扉越しの温もりと、シリス様の言葉だった。
(シリス様……今頃、どうなさっているかしら……)
学園では、先輩であるはずなのに、何かと会いに来てくれていたため、こうして離れ離れになってみると、シリス様の存在がどれほど自分の心の大半を占めていたのかと自分でも驚いている。
そんなある日の午後、我が家に一羽の美しい伝書鳥が舞い降りてきた。
添えられていたのは、シリス様からの手紙だった。
『親愛なるフィオナへ
休校で、君と会えない日々がこんなにも長く感じられるとは思わなかった。体調は崩していないかい?
君が僕にくれた言葉のおかげで、僕は前を向くことができている。本当にありがとう。
実は、少し君に会いたくなってしまったんだ。
もし差し支えなければ、次の休日に街へ出かけないだろうか? 君とゆっくり話がしたい。
返事を待っているよ。
シリス・ヴェルハイト』
丁寧で美しい筆跡で書かれた手紙を胸に抱きしめると、小さく鼓動がはねた。
(シリス様からの……お誘いだわ)
(…嬉しい)
私はペンを取り、「お供させていただきます」と心を込めて返事を書き上げたのだった。
***
シリス様と手紙を交わしてから数日後。
私たちは学園の休校期間を利用して、王都の賑やかな中央街で待ち合わせをすることになった。
いつもの制服姿ではなく、落ち着いた紺色の私服で現れたシリス様は、街行く誰もが振り返るほど洗練されていて、見とれてしまう。
「待たせてしまったかい、フィオナ?」
「いいえ! 私もいま着たところです……! あの、シリス様、本日はお誘いいただきありがとうございます」
「ふふ、そんなに緊張しなくていいよ。……私服のフィオナも、とても可愛らしいね」
愛おしそうに目を細めて褒められ、私の頬が赤くなる。
私たちはカフェで甘いお菓子を楽しんだり、活気あふれる商店街を巡ったりと、学園の喧騒を離れた穏やかな時間を過ごした。
道中、ふと立ち寄った魔導具店や道具屋の立ち並ぶ路地で、前髪の長い見覚えのある姿を見かけた。
「あ……クロウ?」
「……ん? ……フィオナ?」
同じ学科のクロウだ。彼は手に小さな魔導具の部品のようなものを抱えていて、私に気づくと前髪の隙間から目を丸くした。
「クロウ、買い出し? お休み中も熱心なのね」
「……別に。必要な部品があったから、探してただけ。……それより、二人で出かけてたんだ」
クロウはシリス様と私を交互に見比べると、すぐに察したように「邪魔したな」という顔をしてボソッと呟いた。
「……あ、そういえば。イグニス先輩って……休校中も自警団の手伝いで、王都の外周を見回ってるらしい。……街の方には来ないみたいだけど」
「イグニス先輩が……? 相変わらずお忙しそうなのね」
「……うん。僕も頑張んないと…じゃ、これで」
相変わらず無口で素っ気ないけれど、憧れのイグニス様の情報をしっかり把握しているあたりがクロウらしい。彼は軽く手を振ると、そそくさと雑踏の中へ消えていった。
「ふふ、クロウさんは相変わらずイグニス様が好きなのね」
「……そうだね。でも、僕としては彼が君に長居しなくて助かったよ」
「え……?」
シリス様を見ると、少し頬を曇らせて私を見つめていた。その青い瞳には、どこか嫉妬の色が混ざっている。
「僕以外の男と仲良さそうに話しているのを見ると、少し……ううん、かなり嫉妬してしまうんだ」
「シリス様……っ」
ストレートな言葉に動揺してしまう。
しばらく街を歩いた後、シリス様は不意に少し真剣な表情を浮かべ、私の目をまっすぐに見つめた。
「フィオナ。実は……今日君を誘ったのは、街を楽しむだけじゃなくて、どうしても君に伝えておかなければならない大事な話があるからなんだ」
「大事な……お話、ですか?」
「ああ。ここじゃ少し人が多いから……静かな場所へ移動しよう」
シリス様に手を取られ、私たちは王都の外れにある、静かな丘の上の花畑へと足を運んだ。風が優しく吹き抜け、遠くに王都の街並みが一望できる美しい場所だった。
シリス様は私に向き直ると、私の両手をそっと包み込むように握りしめた。その手は、かすかに震えているようにも思えた。
「フィオナ。今まで君には、俺の専属ガイドとして側にいてもらっていたけれど……俺が君をここまで大切に想い、誰にも渡したくないと感じているのには、もう一つ理由があるんだ」
「理由……ですか?」
首を傾げる私に、シリス様は意を決したように青い瞳を輝かせ、まっすぐな情熱を込めて呟いた。




