静寂
校外学習の中止が決定し、生徒たちが重苦しい
雰囲気の中で合宿所の自室へと戻ったその夜。
外は、激しい雨が叩きつけるように降り続いていた。
フィオナは、あてがわれた自室のベッドに腰掛け、ずっと胸を痛めていた。
あの日、古代遺跡でジュリアンが連行されていくのを見送ったシリスの表情が、頭から離れない。
(シリス様……ずっと、一人で抱え込んでいらっしゃる……)
誰よりも冷静で、完璧で、強かったシリス。
けれど、一番信頼していた親友に裏切られ、そしてその親友を追い詰めてしまったという事実は、彼の心を容赦なく苛んでいたはずだ。
(……私のせいでもあるわよね)
いても立ってもいられなくなったフィオナは、静かに部屋を抜け出し、シリスの部屋の前へと向かった。
さすがに夜分遅くに男子の部屋に入るわけにはいかないので、フィオナは閉ざされたドアの前に立ち、小さく息を吸い込んだ。
——トントン。
「……シリス様。フィオナです。今……少しだけ、お話ししてもよろしいでしょうか」
静寂が流れる。けれど、扉の向こうから拒絶の気配は感じられなかった。
少しの間をおいて、かすれた低い声がドア越しに届いた。
「フィオナ……。すまない。今は、顔をみられたくないんだ。」
「わかりました。……ですが、そばにいさせてください。部屋には入りませんから……扉越しでいいので、お話しさせてください。シリス様を、一人にはできません」
フィオナは扉にそっと額をあてた。木枠越しに、向こう側にいるシリスの孤独な気配が痛いほど伝わってくる。
「……僕は、酷い奴だ」
シリスの呟きが聞こえた。
「ジュリアンが幼い頃から孤独で、居場所を求めていたこと……一番近くにいたはずの僕が、気づいてやれなかった。それどころか、僕は……君と出会えた幸せに浮かれて、彼の大切な時間を奪ってしまった。僕が彼を、追い詰めたんだ……」
あふれ出すのは、罪悪感からくる謝罪の言葉。
自分さえ完璧でいられれば、もっと周りを見ていれば、誰も傷つかずに済んだのではないか、ごめん、という、シリスの痛々しい心の叫びだった。
フィオナはそっと扉に手を添え、優しく語りかけた。
「シリス様……ご自分を責めないでください」
「フィオナ……」
「シリス様がどれだけ親友のみなさんを大切に思っていたか、私は知っています。……私を大切にしてくださって、私も少し浮かれていたのかもしりません。でも、シリス様が与えてくださった温かさがあったから、ジュリアン様も今まで救われていたはずです」
フィオナは扉の向こうのシリスへ届くよう、心を込めて言葉を紡ぐ。
「私は人間で、シリス様たちのような強い力はありません。……でも、シリス様が傷ついたときは、私がシリス様を支えます。シリス様が一人で抱え込む悲しみも全部、半分こにさせてください」
静まり返る廊下。
「……フィオナ……」
「ありがとう」
静かに涙を零す音が聞こえる。
フィオナは扉ごしに微笑んだ。
精神的な導き手としての『ガイド』ではなく、友人として。…友人?
そう思った瞬間モヤっとした。
「…おやすみなさい…シリス様」
フィオナはこの感情が何なのかわからないまま、挨拶をして、自室へ戻る。
扉越しにそう告げ、足音を忍ばせて自室へと戻ったフィオナは、ベッドに倒れ込むように体を預けた。胸の奥が、小さくキュッと痛む。
(シリス様は私を大切にしてくださっている。私にとっても、シリス様は誰よりも特別な存在……。……だけど)
『友人として』支えたい——そう思おうとするたびに、胸の奥に芽生える小さなモヤつき。
それは、ただの「友人」という言葉では括りきれない何かだった。
(……この気持ちは、何なのかしら……)
窓を打つ雨音を聞きながら、フィオナはそっと胸に手を当てた。




